爽やかな笑顔を見せる長山洋子(撮影・石井剣太郎)

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 歌手・長山洋子(58)といえば、いまや演歌界で確固たる地位を築いている。だが、1984年のデビューはアイドルだった。洋楽カバー曲「ヴィーナス」を大ヒットさせながら、25歳で転身。さらには米国人との結婚、出産と世間を驚かせてきた。現状を「ノリノリ!」と表現する半生を聞いた。

 長山のデビューのきっかけはTBS「8時だヨ!全員集合」だった。

 「民謡を習っていた父の影響で幼稚園のときから、少年民謡会に入っていました。中学生のときに『全員集合』で出演者に民謡を教える見本の歌い手として私が出て、所属事務所の社長にスカウトされました」

 出自が民謡だけに、周囲も演歌でのデビューを計画した。作詞・阿久悠さん、作曲・市川昭介さんのデビュー曲も決まっていた。しかし16歳の少女には「演歌は若すぎる」という意見が上がる。その結果、1984年のデビュー曲は、「春はSA-RA SA-RA」というポップスだった。

 最初のころは鳴かず飛ばずだったが、86年には英国人女性グループ、バナナラマのユーロビート曲「ヴィーナス」をカバーして大ヒット。その後は「ユア・マイ・ラブ」「反逆のヒーロー」などカバー曲が好セールスを記録した。

 それでも演歌歌手への道は、着実に続いていた。90年に時代劇ドラマシリーズ「3匹が斬る!」に出演。「当時の演歌歌手といえば新宿コマ劇場で座長公演が定番。そこで時代劇ものをやるので、その勉強になるって考えてくれたみたい」と周囲の思惑があった。

 京都の撮影所通いが続くのと同時進行で、演歌修行が始まる。美空ひばりさん、島倉千代子さんらを手がけた日本コロムビアの音楽プロデューサー、境弘邦氏に弟子入りし、二人三脚で唱法や歌心を学んでいった。

 「厳しかったですね。ボイトレをしても『まだダメだな。これじゃオリジナル曲の制作を頼むには失礼になる』となかなか作ってもらえなかったです。でも私のことを必死に考えてくれていると信頼していたので、私も精いっぱい付いていきました」

 1年後にようやくOKが出た。93年、演歌歌手としての再デビュー曲「蜩-ひぐらし-」は大ヒット。同年のNHK「紅白歌合戦」にも初出場した。

 突然の変わり身に戸惑う声はなかったのだろうか?

 「ありましたよ。演歌の先輩たちからも『なんでアイドルが急に演歌を?』って言われました」。いぶかしむ周囲に味方になってくれた恩人が現れた。「島倉さんがご飯に連れていってくれて。『若いころの私にどこか似ているの。心配事があるなら何でも聞くわよ』っておっしゃってくださった。すごく安心しました」

 同じ境氏が手がける“姉弟子”の大先輩による励ましもあり、演歌道は順調に進む。95年には「捨てられて」で歌詞の「♪でもね」が、2003年の「じょんから女節」では、現在も持ち味の津軽三味線の立ち弾きが、それぞれ話題となり、演歌歌手として一人前に育っていった。

 09年にはプライベートでもサプライズがあった。米国人の人材派遣会社社長のマーク・スミスさんと結婚した。テレビ番組での共演をきっかけに親密となり、ゴールインしたが、このときばかりは両親も師匠・境氏も大反対だった。それでも愛を貫いた。

 「私、血液型がABなんで、二面性があるのかな。人生のレールの上に乗っかるタイプだと思っているんですけど、みんながダメって言っても『これが私の人生だから』って思うときもあって。いざとなったら突拍子もないことをやっちゃう。結婚は後者でした」

 夫を認めなかった両親は、2年後、42歳になって長女が誕生するとすっかり変わった。

結婚したら子供はほしいと思っていた。夫はアメリカ人なので、家族をすごく大事にするんです。うちの両親、いまは夫のこと大好きになりました(笑)」。長女は現在、16歳。普段は洋楽ばかりを聴くが「ひそかに私の曲のMVとかチェックしてくれてます」とちょっとだけ鼻を高くした。

 19年9月には乳がんが見つかった。乳房を全摘出する手術を受けたことで心境に変化が訪れた。

「着物を着てステージに立って歌うことが当たり前じゃないと気づかされました。病気を告知されたときは『私、死ぬんだ』と思いましたもん。お医者さんからは、治りましたと言われても、一生付き合っていくものと思って、油断したり元気とか絶対思わないようにしています」

 出合った1曲、1度のステージを大切にする。58歳となった今年、6月に1年ぶりの新曲「羽後の恋唄」を発売した。作曲した岡千秋氏からは「練習してこないでね」と指示されたという。

 「歌い慣れて、妙なこなれた感じが嫌な感じになる。その加減が難しいですね。永遠のテーマです」。歌うことへの探究心はつきない。

 歌手としての現在を聞かれ「ノリノリですよ!」と声を弾ませた。コンサートで共演する細川たかし、前川清や小林幸子ら先輩歌手の姿に見ほれる瞬間があるという。

 「衣装を着て舞台に立つとパリッとして、格好いいなと思う。先輩たちのノリノリの姿を見たら、自分もそれで行こう!って。まだ『疲れた』なんて言えないです」

 58歳。♪でもね。演歌界ではまだ中堅。これからも、ノリノリの歌手人生が続いていく。

 ◆長山洋子(ながやま・ようこ)1968年1月13日、東京都大田区生まれの58歳。堀越高校の同級生には、岡田有希子さん、桑田靖子らがいた。84年に「春はSA-RA SA-RA」でデビュー。1988年には「恋子の毎日」で映画初主演。「ヤヌスの鏡」「花嫁衣裳は誰が着る」などドラマにも出演。93年に「蜩-ひぐらし-」で演歌歌手として再デビュー。紅白歌合戦には14回出場した。