通常、マンションの維持管理は管理組合が担っているが、住民の高齢化で組合の役員のなり手が減っている。ノンフィクション作家の山岡淳一郎さんは「若い世代は多忙を理由に管理組合の活動を敬遠し、入居時点で『管理会社にお任せ』の人も多い」という--。

※本稿は、山岡淳一郎『マンション 狙われる修繕積立金』(平凡社新書)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/kuppa_rock
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■「顔が違う、あなた誰ですか?」

2025年5月17日の土曜日、神奈川県地方は朝から降っていた雨が午後には弱まり、どんよりとした雲が垂れこめていた。

ある大型マンションの会議室に、大規模修繕工事に向けた「修繕委員会」のメンバーが集まった。住民有志の委員たちは、管理組合の理事会の募集に応募して選任されている。

コの字型の机に8人の委員が座り、会議は始まった。マンション関係者への取材と、公開された録音記録(ANNnewsCH 2025年7月5日)によると、開会から30分ほど経過して、出席していた委員の一人が、

「(よそのマンションで)ほかの人が修繕委員会の会合に入り込んで、都合のいい施工業者に誘導される事例があった」

と、口火を切った。そして、40歳前後の関西弁を使う男の委員を名指しし、「居住者とは違うんじゃないかという情報が、わたしのところにきていて、今日は、(この場で)確認をしてもらいたい」と踏み込んだ。

身元を疑われた男は、「誰のどういう話。僕からしたら心外なんですけど」と言い返す。

「すみません。あなた誰ですか。防犯カメラと部屋番号の記録を突き合わせると失礼ながら(居住者とは)顔が違う」と委員は迫った。

■「警察呼びますよ」に「もう呼んでいるから」

男は、「保険証を持ってきたらいいんですか。とりあえず家に見に行って(身分証を)一回探してみます」と会議室から出る。外にいた住民が引き留めると、「なんで、こんなところで囲まれなあかんの」「めっちゃ触ってくるから警察呼びますよ」と抗った。

「もう(警察を)呼んでいるから」と関係者が応じた。

「もういいですって」。居住者になりすましていた男は、脱兎のごとく走りだす。

「こらっ。止まれ!」。住民の声を振りきり、男は姿をくらました。

会議室には、もう一人、身元不審の男が残っていた。その男は、「区分所有者の息子」を名乗っていたが、マンションに住んでいる形跡はなかった。修繕委員会が開かれる日に車でマンションに来て、住民用ではなく、来訪者用の駐車場に車を停めていた。

通報を受けた神奈川県警の警察官が会議室のなかに入り、残っていた男に任意同行を求めた。男はすぐには応じず、警察官にとり囲まれてマンションのなかを移動した後、外に出て最寄りの駅に近づいたところで、「住居侵入容疑」の現行犯で逮捕された。

■潜入した2人の容疑者の正体

それから17日後の6月3日、逃げた男も捕まった。

マンションでは1年ちかく検討してきた大規模修繕への工程が崩れた。議事は白紙撤回され、振りだしに戻った。

逮捕された男たちは、処分保留で釈放されるが、7月4日、神奈川県警は「詐欺未遂」と「偽計業務妨害」の容疑で捜査を始めた。

潜入した2人の容疑者は、大阪府東大阪市に本社を置く修繕施工会社の営業部員だった。この施工会社は、1997年に創業している。業界に精通した人の話では、同社はマンションの修繕で業容を拡大したが、2020年に粉飾決算にかかわる修正損で大幅な債務超過に陥った。翌21年から体制をあらため、以降は黒字決算で推移しているという。年商は120億円。修繕施工業界では、年商400億円規模の大京穴吹建設、長谷工リフォーム、建装工業など元請け大手には及ばないが、中堅上位にランクされている。

業界内で、「東大阪の施工会社」の名は知れ渡っており、警戒する管理組合団体や一級建築士事務所は少なくない。

管理組合に社員を潜入させ、大規模修繕へ誘導して工事を受注しようともくろむ、その実態とは、どのようなものか。管理組合をどう操ろうとしていたのか。

同社に取材を申し込むと、「警察の捜査中なので応じられない。事件については、深くお詫びする」と返事があった。

私は各方面への取材を重ねた。

■チラシ配布と住居購入、2つの手口

関係者へのインタビューと独自に入手した資料から、東大阪の施工会社は、別の施工会社や市場調査会社、建築士事務所などとグループ(以下、東大阪グループ)を形成していることがわかってきた。主に2つのルートで管理組合にもぐり込んでいる。

まず、グループ内の市場調査会社が、そろそろ大規模修繕の検討が始まると目星をつけたマンションに「内部調査に協力してくれれば、月1万5000円の謝礼を渡します。アルバイトをしませんか」といった内容のチラシを撒き、住民に網をかける。チラシを見て応募した住民に調査会社の社員が接触し、大規模修繕の情報を吸い上げ、潜入担当者がその住民の親族(夫や息子など)に扮して管理組合の修繕委員会に加わる。これを「チラシ・ルート」と呼ぶことにしよう。

白昼の逮捕劇がくり広げられたマンションの現場から逃走した男は、このチラシ・ルートから潜入していた。

同マンションに「ミステリーショッパー(覆面調査)のアルバイトをしませんか」と誘うチラシが配布されたのは、2024年3月だった。覆面調査とは、調査員が一般客を装って店を訪れ、接客態度などを店側に気づかれないように調べることをさす。

学生時代に覆面調査をした経験のある女性の居住者が、月1万5000円の小遣いほしさに応募した。すると調査会社の社員がコンタクトを取ってきた。当初、飲食店を対象とする調査の話だったが、途中で風向きが変わる。相手は修繕委員会に居住者の代理で参加したい、と言いだしたのだ。

■修繕委員会にもぐりこむまでの一部始終

調査会社の社員は、代理参加の理由を、次のように語ったという。

「このマンションの管理会社の幹部からうちの社員を含めて、修繕委員会で不正がおこなわれていないか調べてほしいと依頼されています。その調査のために代理参加させてほしいのです」
「こんなに大きなマンションの大規模修繕工事を知る機会はそうそうない。ぜひ、他のマンションの参考にしたい」

不正を防ぐと聞かされた女性居住者は、マンションのためになると信じ、潜入者の指示どおり、管理組合の理事会に修繕委員の公募を求める投書をする。委員の公募が始まると、女性は夫の名前で応募した。こうしてお膳立てが整えられ、夫になりすました男が、修繕委員会にもぐり込んだのである。

このチラシ・ルートの男は、一級建築士と自称し、“専門家”っぽく振る舞い、修繕委員会の議事を仕切るようになる。

■「区分所有者の息子」と称する男も潜入

チラシ配布と並行して、もう一つのルートからも、「区分所有者の息子」と称する男が修繕委員会に潜入していた。こちらは、マンションの住戸を買って入るルートだ。

狙ったマンションの住戸を東大阪グループの会社が購入し、社員が区分所有者として理事会や修繕委員会に加わり、議事を誘導。大規模修繕に参加できるように動く手口である。

一見、区分所有者なので法的な問題はなさそうだが、自分たちの利益のために大規模修繕を受注すれば、多数の住民の利益に反した背任的行為の誹(そし)りを受ける。策謀が発覚すれば、「マンションを食いものにするな」と住民に反発されるのは言うまでもない。

逮捕劇のあったマンションの住戸を買ったのは、過去に東大阪の施工会社と物件取引の実績がある大阪市のビルメンテナンス会社の社長だった。潜入男は、その社長の息子だと嘘をつき、修繕委員会に参加していた。社長本人の協力がなくては不可能であろう。

東大阪グループは、多くのケースで、チラシ配布と住戸購入、二つのルートを同時並行で使ってもぐり込み、大規模修繕工事への参入を企てているとみられた。

■「他人任せ」のツケ

なぜ、これほど手の込んだ、マンション版の「地面師(地主になりすました不動産詐欺師)」のような策謀をめぐらせるのだろうか。

それは、策を弄して、多少しくじっても、十分に元がとれるからだ。

多棟型のマンションやタワーマンションの大規模修繕の工事費は、数億円から数十億円にも上る。その下請けに入って「中抜き」したり、本書で触れた談合の構図で「リベート」を取ったりすれば、大きな利益を得られるのだ。

国土交通省の「マンション総合調査」(2023年度)によると、全国704万戸のマンションの一戸あたりの修繕積立金は、平均で月額1万3378円(駐車場使用料等からの充当額を含む)。廊下や階段、軀体など「共用部」の修繕工事の市場規模は、22年の約5700億円から30年には約8200億円に膨らむ。修繕積立金の他に一戸あたり月額平均1万1503円の管理費を負担している、と国交省の「マンション総合調査」は報告している。

出典=国土交通省「経年マンションに居住する70歳以上の世帯主が半数以上に 令和5年度マンション総合調査結果(とりまとめ)」

■住民の「共同体意識」が弱体化

侵入者は、拡大する市場のなかで、獲物を虎視眈々と狙っている。

ところが、侵入される側の管理組合は、住民の「共同体意識」が弱まり、“防衛力”が衰えるばかりだ。大勢が一つ屋根の下で暮らすマンションの維持管理は、住民どうしが互いの生活を尊重しながら、ともに運営していく共同体意識を基盤にしている。維持管理の主体は、区分所有者で構成される管理組合だ。

しかし、住民の高齢化が進んで管理組合の役員(理事や監事)のなり手が減っている。

若い世代は多忙を理由に管理組合の活動を敬遠し、共同体の活力が衰える。入居時点で「管理会社にお任せ」して、ずっと安泰だと信じている人があまりに多い。

■「計2万5000円」の使い方に無頓着

多くの区分所有者は、毎月、修繕積立金と管理費を合わせて平均2万5000円支出しているが、その使い方には無頓着だ。概して日本人は、税金や保険料の金額を批判する割にその使いみちへの関心が低いといわれる。そんな国民性がマンションの維持管理にも投影されているのだろうか。

住宅政策を司る国土交通省は、役員のなり手不足に対し、外部の専門家(管理会社、マンション管理士、弁護士など)が区分所有法上の「管理者」や「理事長」に就き、管理組合を運営する「外部管理者方式(第三者管理者方式)」を推している。

山岡淳一郎『マンション 狙われる修繕積立金』(平凡社新書)

管理者とは、「区分所有者全員の代表者として、建物および敷地等の管理を実行する者」とされ、総会で承認された大規模修繕工事の業者の選定や、契約などを結ぶ権利と義務を負う。ほとんどの管理組合では理事長が兼務しているが、国交省は、外部の専門家に、そうした大きな権限を委ねてもよいとしている。

だが、専門家は無給のボランティアではない。頼めば費用がかかり、管理費にはね返る。

管理会社は自社のグループ会社などに工事を発注しがちで利益相反の影がつきまとう。

管理組合が外部に依存すれば、維持管理のノウハウは蓄積されず、住民の自治、共同体の意識はさらに薄れる。マンションの資産が第三者にかすめ取られてもわからず、修繕積立金の残高はどんどん減って、二進(にっち)も三進(さっち)もいかなくなる事態が発生している。それでも「他人任せ」の風潮は強まり、外部の利害関係者が入り込んでいるのである。

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山岡 淳一郎(やまおか・じゅんいちろう)
ノンフィクション作家
1959年愛媛県生まれ。ノンフィクション作家。『炎と水 中村哲と名もなき人たちの旅』(集英社)で、第48回講談社 本田靖春ノンフィクション賞を受賞。「人と時代」「公と私」を共通テーマに政治、医療、建築、近現代史と分野を超えて執筆。他の著書は、『後藤新平 日本の羅針盤となった男』(草思社文庫)、『気骨 経営者 土光敏夫の闘い』『神になりたかった男 徳田虎雄-医療革命の奇跡を追う』(ともに平凡社)、『生きのびるマンション 〈二つの老い〉をこえて』(岩波新書)など多数。一般社団法人デモクラシータイムス同人。
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(ノンフィクション作家 山岡 淳一郎)