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「不倫は絶対に嫌」。交際を始める前、女性はそうはっきり伝えていた。

それでも、男性は「離婚していて独身」と嘘をつき続けた。女性の両親や親戚にあいさつし、婚姻届に署名・押印。婚約指輪を注文し、不妊治療にも同意した。

約2年にわたる交際の末、女性は妊娠した。ところが、その直後に明らかになったのは、男性には妻子がいるという事実だった。

女性はその後、男性を提訴。東京地裁は6月23日、「独身偽装」による貞操権侵害と婚約不履行という2つの不法行為を認め、約466万円の支払いを命じた。

独身偽装が社会問題化する中、女性(30代)は裁判に提出した陳述書で、自らの被害について「心を殺められた」とつづった。

なぜ、約2年間も男性を信じ続けたのか。そして、妻子がいると知ったとき、何を思ったのか。女性に聞いた。

●「子どもに何があったか説明できるように」

「最近、ママって言ってくれるようになりました」

少しずつ成長していく我が子のことを、女性はうれしそうに話す。男性を提訴した理由の一つには、子どもの存在があったという。

「きちんと判決という形で残して、子どもに何があったかを説明できるようにしたかったというのが大きな理由です。

それから、世の中に対しても、二度とこういうことが起きないよう、女性には注意してほしいし、男性には独身偽装なんてしないでほしいという気持ちもあって、判決をいただきたいと思っていました」

裁判の争点は大きく2つあった。

1つは、既婚者であることを隠して交際したことによる「貞操権侵害」。もう1つは、結婚を前提に進んでいた関係を一方的に破棄した「婚約不履行」だ。

東京地裁はいずれについても不法行為の成立を認め、慰謝料400万円を含む計466万1070円の支払いを男性に命じた。

●紹介した友人にも「独身」と偽っていた

では、男性はどのように女性を信じ込ませたのか。

2人が交際を始めたのは2022年8月。友人たちの紹介がきっかけだった。男性はグローバル展開する一流企業に勤めていた。

出会った当初、女性は「不倫は絶対嫌」「結婚しているのであれば、2人で出かけることはしない」と明確に伝えていた。男性は「離婚していて独身」と答えた。

後になってわかることだが、男性は2人を引き合わせた友人たちにすら「独身」だと偽っていたという。

交際は順調に進んだ。2022年10月には、男性が翌年の交際開始記念日にプロポーズ予定だと女性に伝えた。さらに、自ら婚姻届を書くことを提案し、署名や押印もした。

その後も、女性の両親との顔合わせ、婚約指輪の注文、妊活、同居用マンションの仮契約と、結婚に向けて一つずつ話が進んでいるように見えた。

ところが、次第に男性の不審な行動が目につくようになる。

●進まない結婚、返ってこないお金

「財布を紛失したが、仕事が多忙でキャッシュカードを再発行できない」

男性はそんな理由をつけて、たびたび女性に現金を貸してほしいと頼んだ。女性が貸した金額は計40万円ほどになった。

女性は同居用マンションの手付金も支払っていた。ところが、契約がどうなっているのか尋ねると、「オーナーとトラブルになっているから、もう少し待って」などと説明した。

一方で、男性は転職を考えており、アメリカやカナダに行くとも話していた。

お金は返ってこない。結婚の話もなかなか進まない。

女性は2023年6月、男性に手紙を渡した。結婚に向けた具体的な話がないことや、立て替えた現金の返済について説明を求めた。

男性からの返事には、転職の話がまとまってから入籍するのが筋だと考えていることや、自分の両親へのあいさつを調整したいこと、現金は翌月中に返済することなどが書かれていた。

それでも、お金は戻ってこなかった。

男性は「不安にさせてしまっているかもしれないが、結婚したいと思っている」と伝え続けた。

●不妊治療にも同意、そして妊娠

結婚を信じていた女性は2023年9月、妊活がうまくいかなかったことから、不妊治療を男性に申し出た。男性も同意した。

産婦人科に提出する書類でも「私たちは事実婚関係にあります」との欄にチェックを入れた。

その後も男性は女性の家族との交際を続け、2024年夏、女性の妊娠がわかった。

それでも、男性は女性を自分の両親に会わせようとしなかった。貸したお金も戻ってこない。返済期限を設けても入金されず、男性は「銀行システム障害で入金されていなかった」と説明した。

その後、入金はされたものの、不審に思った女性は2024年10月、友人に同席してもらい、男性に説明を求めた。

そこで、ようやく嘘が崩れた。男性は、現在も結婚しており、子どももいることを認めた。転職の話も進んでおらず、女性が妊娠したことすら自分の両親に話していなかった。

女性は大きなショックを受け、その後、抑鬱状態に陥った。

●「まさか自分が」悲しいを上回る衝撃

当時のことを、女性はこう振り返る。

「独身偽装という言葉は知っていましたし、友人でも同様の被害に遭った話もありました。でも、『まさか自分が』と思いました。

彼はバツイチだから、再婚に踏み切れない部分があるのかなと思っていたので、彼が既婚者という想定は全然していませんでした」

男性の嘘を知り、それまで不可解だった行動について、「だからだったのか」と合点がいく部分もあった。一方で、それだけでは理解できないこともあった。

「不妊治療をして子どもを授かったり、私の両親だけでなく親戚中にあいさつに行っていたので、なんでそんなことをしたんだろうという思いもあります。

言葉は悪いですが、本当に女性と遊びたいだけなら、他にやり方はいくらでもあったはず。なのに、私や私の両親の気持ちを裏切ってまで、自分が遊びたいという気持ちを貫くというのはどういうことなんだろうと。

そんなことをする人がいるとは思っていなかったので、悲しいを上回る衝撃でした」

●「堕ろしてほしい」その後、連絡は途絶えた

女性をさらに傷つけたのは、妻子がいることを認めた後の男性の態度だった。

発覚した当日、男性はその場で土下座し、一言、謝罪したという。しかし女性にはその姿も「パフォーマンスの一つ」としか感じられなかった。

その夜、LINEに届いたのは「すみませんでした」という短いメッセージ。それが男性からの最後の連絡になった。

お腹にいる子どもの将来についても、男性から具体的な話は一切なかったという。

「独身偽装の自白があった日に、堕ろしてほしいというようなことを言われました。その後も、養育費どうするかとか、認知をこうしていきたいとか、相手からは何も言われませんでした」

出産後、認知と養育費については調停で決着した。だが、その過程でも女性は男性の対応に傷ついた。

女性が認知を求めると、男性側は子どものDNA検査を要求した。女性は、他の男性との性行為を疑われているに等しく、屈辱をされたように感じたという。

●「どこまで本当で、どこまで嘘なのか」

こうした男性との話し合いは難しいと考え、女性は提訴に踏み切った。

「交際していた2年間、彼から聞いていた話がどこまで本当で、どこまで嘘なのか、私だけでは判断できないし、きちんと弁護士さんに入っていただいて話をまとめないといけないなと思いました」

判決言い渡しの日、女性は法廷にはいなかった。結果は、代理人の溝口矢弁護士からの報告で知った。

「相場より大きな金額で判決が出ただけで、本当に良かったなというか」

一呼吸置いて、女性は続けた。

「子どもを出産して一人で育てながら、なかなかゴールが見えない中、やっと判決という形が出たので、少し気持ちが落ち着いたような感覚です」

もちろん、判決が出たからといって、失ったものが戻ってくるわけではない。

「どんな判決になったとしても、私たち家族が心の底からすっきりすることはないんですけど、できることはやったという気持ちはあります」

女性が法廷に提出した陳述書には、夫や、子どもの父親のいる人生が壊され、「心を殺められた」と思っていると記されていた。

東京地裁の判決に対し、男性側は控訴した。女性側も控訴した。裁判で最後まで決着をつけるという意志の表明だという。

●「本当に悪いのは独身偽装をしている男性」

今も、独身偽装の被害に遭って苦しんでいる人たちがいる。

そうした人たちに伝えたいことはあるか。女性はしばらく考え、言葉を選びながら答えた。

「本当に悪いのは、独身偽装をしている相手です。もしも被害に遭ったとしても、自分を責めたりする気持ちは持たないでほしいです。

とても悲しいし、大切な人生の大事な時期をそういう人に捧げてしまったこと、自分のせいなんじゃないかとか思うかもしれませんが、法律の力を借りて手続きを取ってもらって、いろんな方に支えてもらって、次の人生を新しく歩んでもらいたいと思います」

(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)