「いまとなっては、賃貸もアリだった…」月20万円の住宅ローンを払って完済した74歳夫妻、持ち家で漏らした老後の後悔【FPが解説】
高額の住宅ローンを組んだマイホームが終の棲家になる--。その「当たり前」の前提が、いま静かに変わりつつあります。住まいの選択肢は、持ち家だけではないのかもしれません。本記事ではFPオフィスツクル代表・内田英子氏がAさんの事例とともに、人生100年時代に知っておくべき「住まいの考え方」について解説します。
「当たり前」に払い続けてきた月20万円の住宅ローン
「いまになって思うと、賃貸でもよかったのかもしれませんね」
そう話すのは、74歳のAさんです。
Aさん夫妻がマイホームを建てたのは、30年以上前の1990年代初め。当時は子どもを育てながら夫婦で働き、現役時代の世帯年収は、多いときで2,000万円ほどありました。とはいえ、希望する条件をすべて満たす土地を選べたわけではありません。広さ、環境、予算。いくつもの条件を照らし合わせた結果、選んだのが山の上の高台にある土地でした。
借りた住宅ローンは約4,000万円。当初の金利は年5%ほど。その後、より低い金利の住宅ローンへ借り換え、金利は年3.5%ほどになりましたが、毎月20万円程度の返済を長く続けました。
当時、家を買うことそのものに大きな迷いはなかったといいます。ところが74歳になったいま、これまでの人生を振り返るなかで住宅ローンをもう少し減らしていれば、と思うことがあるそうです。
自分たちの希望を詰め込んだ家。設備や内装にはもちろん満足していますが、若いころにはさほど気にならなかった高台という立地と維持管理が、負担になってきました。
家族の形も、家を建てたころに思い描いていたものとは違いました。子どもが増えることを想定していたものの、授かった子どもは1人だけ。いまとなってみれば、「この広さ、この場所にこだわる必要はあったのだろうか」と考えることがあるそうです。
仕事を頑張り、少しずつ収入も増えていったAさんでしたが、暮らし向きに劇的な変化は感じられませんでした。そして、退職金以外に老後資金づくりができないまま、Aさんは老後を迎えることに。退職金は2,500万円ありましたが、現在手元に残っているのは約1,000万円。思っていたよりも早い取り崩しに直面し、「将来のために、もう少しお金について考えていたらよかった」と思うようになったそうです。
「いまとなっては、家にこんなにお金をかけなくてもよかったのではないかなと。もしかしたら、賃貸という選択肢もあったのかもしれませんね」
Aさんは、少し寂しそうにつぶやきました。
持ち家か、賃貸か…老後に出る答え
現役時代を振り返り、高額な住宅ローンを支払ってきたことに後悔の色を滲ませているAさんですが、もっとも、お金の面だけをみてこれまでの人生の答え合わせをするのは適切ではないでしょう。
実際のところ、夫妻が働き、住宅ローンを返してきた30年ほどのあいだに、家計を取り巻く環境は大きく変わりました。
たとえば、国土交通省の資料※1では、当時の賃貸住宅市場は「未発達」の状況で、大都市圏では「良質なファミリー向け賃貸住宅が不足している」との課題が取り上げられていました。1993年の賃貸住宅の平均床面積は45.1平方メートルで、持ち家の半分以下。ファミリー層からみると特に、十分な広さや質を備えた賃貸住宅の選択肢が、いまより限られていたことがうかがえます。
「結婚したら家を持つ」「家を持って一人前」といった空気も強く、住宅を購入することが一つの人生のゴールとして捉えられやすい時代でもありました。子どもを育てるために一定の広さや住環境を求めたとき、「自分たちで家を持とう」と考えることの合理性は、いまよりも大きくあったはずです。
Aさんが退職金以外の資産形成を十分にできなかった背景には、収入だけではなく、税・社会保険料など家計を取り巻く環境の変化もあったでしょう。加えて、近年は物価上昇によって、日々の支出を自分たちの努力だけで抑えることも難しくなっています。いずれも自分たちだけではコントロールできないものです。
たとえば、財務省の資料※2によると、税と社会保障負担をあわせた国民負担率は、1990年度の38.4%から2019年度には約6%上昇しています。なかでも社会保障負担率は約8%上昇しました。現役時代のAさんのように、住宅ローンで大きなお金が差し引かれる場合、「お金があっという間になくなる」という実感を持っていた人は、きっと少なくないでしょう。
ただ、Aさんの後悔から学びを得るとすれば、住宅ローンの返済額については、再考の余地があったといえるでしょう。住宅購入時に、家にどれくらいのお金をかけ、住宅ローン返済をどの程度にするのかは、自分たちである程度調整することができます。住宅ローン返済を抑えていれば、資産形成やそのほかの暮らしに回せるお金を残せたかもしれません。
近年は住宅に関する国の政策目標も変わっています。2016年と2026年の住生活基本計画※3では、現役時代に買った家を、必ずしも終の棲家とするのではなく、高齢期でも必要に応じて暮らしにあった住み替えができる環境を目指しています。具体的には、2016年には、「住宅すごろくを超える新たな住宅循環システムの構築」が、2026年には「人生100年時代における時々のライフスタイルに適した住宅」を過度な負担なく確保できる社会モデルが掲げられました。
「住宅すごろく」とは、その時々のライフステージに合わせて住まいを替えながら、最終的な住宅購入を「ゴール」とする、従来型のライフスタイルを指します。現役時代に買った家を終の棲家と考えている人は多いですが、国の方向性としてはすでに10年前から、人生の変化に応じて住まいを選び直せる住まい方へと舵を切っているのです。
住み替えを前提とする場合、住宅以外の資産、つまり金融資産がその時の選択肢を左右する可能性があります。これからの住宅購入では特に、家以外の資産形成を妨げない住宅購入が重要になってくるでしょう。
「買うか借りるか」より重要なこと
もちろん、持ち家には持ち家のよさがあります。自分たちの住まいを確保できる安心感があり、間取りや設備にも手を入れやすい。修繕費用や税金などの負担、資産の流動性が低くなりやすいリスクはある一方、住宅ローンを完済すれば、その後の住居費を抑えやすいという利点もあります。
対する賃貸など「所有しない」住まい方には、仕事や家族構成、身体の状態が変わったときに、住む場所や家の広さを変えやすいという利点があります。家賃が上がったり、希望する家が借りられなかったりするリスクはあるものの、大きな修繕費用の負担をさけることができるでしょう。どちらが正解とはいえません。
だからこそ、持ち家か賃貸か、といった住まいを検討するときには、将来残しておきたい選択肢を現在のライフステージから逆算し、大きすぎるリスクを負わなくてすむ住まい方をフラットに考えてみることが重要です。
人生には、家を買う以外にも、必要になる大きなお金は複数あります。子どもの教育費や老後生活資金はその代表的なものですが、近年の物価上昇下では、家計の経済的な余力も重要でしょう。
住宅ローン契約を済ませてしまうと、負債が確定します。返済額は自分たちの都合で簡単に減らすことができません。そのうえ、物件価格に見合った修繕費や火災保険料・地震保険料といった維持費も必要となります。資産形成にあてるお金が不足する場合は、収入が大きく増えない限り、家以外の費用を減らすことで捻出することになります。
住まいの選択は、その後に持てる人生の選択肢に大きな影響を与えうる決断でもあるのです。人生は長くなり、これから先になにが起こるのかを正確に予測することはできませんが、だからこそ時代の変化についていくことができる、家計の柔軟性を長く維持できることに価値が生まれます。
「どの家を選ぶか」だけではなく、その選択の先に、どんな未来の選択肢を残しておきたいのか。まずはそこから夫婦や家族で話してみてもよいのではないでしょうか。
〈参考〉
※1 国土交通省「21世紀の豊かな生活を支える住宅・宅地政策について」
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/press/h11/110920-3.htm
※2 財務省
「令和8年度の国民負担率を公表します」
https://www.mof.go.jp/policy/budget/topics/futanritsu/20260305.html
「国民負担率(対国民所得比)の推移」
https://www.mof.go.jp/policy/budget/topics/futanritsu/sy202603a.pdf
※3 国土交通省「住生活基本計画(全国計画)(令和8年3月27日閣議決定)」
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk2_000032.html
内田 英子
FPオフィスツクル代表

