KRY山口放送

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広島で被爆し12歳で亡くなった「折り鶴の少女」として知られる佐々木禎子さん。

岩国市ではおととい(22日)禎子さんの兄・雅弘さんによる講演会が行われ小さな思いやりの心を持つことの大切さを訴えました。

(佐々木雅弘さん)
「キラキラきれいな飛行機が2機飛んでいるわけです。おばあちゃんがご飯食べに入りんさいというもんですから、禎子と私と母はちゃぶ台に座った途端、原爆がさく裂した」

岩国市錦町で被爆の体験を語ったのは佐々木雅弘さん85歳です。

佐々木さんは広島の自宅で4歳の時に被爆し、2つ下の妹・禎子さんは被爆から10年後、12歳のときに白血病で亡くなりました。

入院中1600羽以上の折り鶴を折り、平和記念公園内にある「原爆の子の像」のモデルにもなった禎子さん。

折り鶴には禎子さんの生きたいという願いのほかに苦しい生活を送っていた家族への願いが込められていたといいます。

(佐々木さん)
「あれはお父さんの借金が早くなくなりますように。12歳の少女が自分の痛みがなくなりますようにではないんです。お父さんの借金がなくなりますようにと祈りながら折っていたんです」

雅弘さんは、闘病中の禎子さんが最後まで家族を気遣ったような小さな「思いやり」の心を持つことが平和への1歩になると訴えます。

(佐々木さん)
「大きな平和は突然は絶対やってきません。私たちが小さな自分の心の中にある平和を追求してこそ平和はつながっていく。心の終戦を始めた時に初めて相手の心が変わるということを体験できるのです」

( 話を聞いた人は)
「禎子さんは苦しくても自分じゃなくて他人を思いやる、わがままを言わないのがすごいなと思って。今の当たり前が当たり前じゃないと気付けていい機会だった」
「(核兵器を)絶対使ってはいけないと思いますし、使わせない工夫をするためには話し合いをしていくことが大切。身の回りにある小さな思いやりを積み上げていくことが大切だと感じた」

この日は、81年前に広島駅近くの民家で被爆したピアノを使ったコンサートも行われ、訪れた人は平和への思いを強くしていました。