福島県内を走る磐越道。被害者の傷はいまだ癒えていない

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 私立北越高校のソフトテニス部員20人を乗せたマイクロバスが、福島県郡山市内の磐越道上りでガードレールに激突し、部員1人が亡くなり、17人が重軽傷を負った事故から3か月あまりが経った。

【写真を見る】「ズボンがずり下がって下着が見えて…」 “異様な姿”が目撃されていた運転手

 厳格な安全管理が求められるはずの部活動の中で起きた悲劇を受け、文部科学省と国土交通省は、「『学校教育等に関する移動の安全確保のための対策』のとりまとめについて」と題する通知を、6月30日に全国の学校関係者らに対して行った。

 そこには、〈今回のような痛ましい事故が二度と発生することのないよう、対応の徹底をお願いします〉との文言のもと、学校や交通事業者は担当者任せにせず組織として対応する旨や、適切な事業者を選ぶことなどを要求。レンタカーを使用する場合にも、運転者の免許や事故歴、交通違反歴、当日の健康状態などを確認するよう促している。

福島県内を走る磐越道。被害者の傷はいまだ癒えていない

 一方、事故から3か月が経ち、安全と保護者負担をどう両立させるかという新たな課題も浮上している。

 FNNプライムオンライン(福島テレビ)の8月2日付記事では、事故を受けて安全対策を見直した高校を取材している。安全対策によって負担は増加し、〈大型バス2台で日帰りの遠征をした場合、26万円を超える金額が記されていた。ガソリン代の高騰などもあり、全体的に値上がりしていて、保護者に負担を求めざるを得ない状況〉だという

 被害者の傷はいまだ癒えていない。7月初旬の時点でも北越高校の複数の生徒は入院していると報じられており、被害生徒の保護者は「事故が風化しつつある現状に不満や怒りがある」とBSN新潟放送の取材にコメントしている。

 事故前から幾度も発せられていた“予兆”は、なぜ見過ごされたのか。「週刊新潮」では、事故を起こし、過失運転致死傷容疑で逮捕された若山哲夫容疑者(68)が事前に見せていた異変を報じている。近隣住民らが目撃していた“危険信号”を、改めて振り返る(以下、「週刊新潮」2026年5月21日号記事をもとに加筆・再構成しました。年齢・肩書は当時のまま)。

ずさんな運行

 事故があったのは5月6日の朝。新潟市にある私立北越高校のソフトテニス部員20人を乗せたマイクロバスが、対外試合のため福島県富岡町に向かっていた。

「バスは郡山市内の磐越道上り線の道路脇ガードレールに衝突して大破しました。ガードレールは車両前方から後部まで突き抜け、反対車線に投げ出された3年生の稲垣尋斗(ひろと)さん(17)が亡くなり、後続車を含めて20人が重軽傷を負いました」(全国紙デスク)

 北越高校から車の手配を依頼されたというバス会社「蒲原(かんばら)鉄道」は6日夜の会見で“今回は予算の都合で(事業用の緑ナンバーの)貸し切りバスではなくレンタカーを使いたい”と学校側から話があり、併せて運転手の手配も求められたと説明。一方、7日夜に会見した高校側はこれを否定。同社のバスと運転手が手配されると想定し、遠征の終了後に料金を支払う予定だったという。

「双方の言い分は真っ向から食い違い、しかも、7日に過失運転致死傷容疑で逮捕された運転手の若山哲夫は、蒲原鉄道の営業担当者も面識のない“知人の知人”でした。さらにレンタカー業者に提示した免許証は、若山ではなくこの担当者のものだったと判明。若山は、旅客運送に必要な二種免許を所持していませんでした」(同)

 ずさんな運行が、惨事を引き起こしたともいえよう。

「現場の制限速度は80キロだったにもかかわらず、若山は“90〜100キロほど出していた。見極めが甘かった”などと供述。福島県警は、無許可で営業運行したとする道路運送法違反の疑いも視野に捜査を進めています」(同)

「ボンネットがひしゃげた車が」

 会社側は、若山容疑者の持病や事故歴などを「把握していない」と説明。事故後に入院していた若山容疑者も、民放の取材に「(これまで事故は)起こしたことがない」などと語っていたのだが、まったくの虚偽だった。

「若山は、この数カ月の間に複数の交通事故を起こしています。直近の5月1日をはじめ、物損事故ばかりで大事には至りませんでしたが……」

 そう明かすのは、さる交通関係者である。実際に、新潟・胎内市にある若山容疑者の自宅の近隣住民が言うには、

「若山さんの家の隣が医院の駐車場になっているのですが、ここにGWのある日、ボンネットがひしゃげた車が置かれていました。車はその後、若山さん宅の敷地に移されていたのです」

 これと前後して若山容疑者は、周囲に「免許を返納したい」などと心境を吐露していたという。

「居眠りしているのではと疑うぐらい、ひやひやする場面も」

 青森県出身の若山容疑者は、学生時代は早稲田大学の競走部に所属し、円盤投げの選手として活躍した。教員免許も取得し、新潟市の東京学館新潟高校や胎内市の開志国際高校で指導をしていた。

 もっとも、開志国際高で教えを受けた男性が明かすには、

「逮捕されても不思議ではないと思いました。私も監督の運転するマイクロバスで試合や合宿に行ったことがありますが、当時から運転が危なっかしかった。まさか居眠りしているのではと疑うぐらい、ひやひやする場面もありました」
 
 陸上関係者もいう。

 「もともと若山さんは、新潟市内に一軒家を新築し、家族と住んでいました。その後は胎内市内の開志国際高の寮に住み込み、退職前に現在の住まいに移ったと聞いています」

 妻とはその間に離婚したといい、22年度からは胎内市の会計年度任用職員として3年間勤務。時給1100円ほどで月に数回、農協のイベントなどの際にマイクロバスの運転を担ってきた。現在の住み処(すみか)は、土蔵が併設されている民家である。

「数年前に越してきた時から一人暮らしでした。最近はうつろな感じで、あいさつしても何の反応もなかった。いつも猫背で両手を垂らしながら、たどたどしく小幅で歩く。傘やスキーのストックなんかをつえ代わりにしていました」

 とは、別の近隣住民。

「回覧板を回してもあの家で止まってしまうから、みんな困っていて、時には若山さんを飛ばすこともありました。家の中は散らかり放題で庭の草も伸びっ放し。手入れなんか全くできていなかった。それでも、よく車で買い物に出かけていたから、あんな状態で運転なんかできるのかと思っていたのです」(同)

「立ち上がる時はズボンがずり下がって下着が見えていた」

 元指導者の気晴らしはもっぱら酒だったようで、胎内市内のあるスナックのママによれば、

「ワインが好きで、ロゼをよく飲んでいました。カラオケは札幌五輪のテーマソングだったトワ・エ・モワの『虹と雪のバラード』を上手に歌っていました。自宅は近いのですが、どこに行くにもタクシーを使っていましたね」

 現に地元では、ワンメーター乗車で酒場に向かう姿が頻繁に目撃されている。

 事故の前夜にも、

「市内の居酒屋で一人飲んでいました。私が18時半ごろに入店したら既にカウンターにいて、横からじーっと見つめてくるので気持ち悪かった。酔っているふうでもないのに、一点に見入る感じで奇妙でした。立ち上がる時はズボンがずり下がって下着が見えていたし、帰りもよちよち歩き。明らかに具合が悪そうでした」(若山容疑者宅の近隣住民)

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 事故を繰り返していた若山容疑者に対し、警察は2回にわたり免許の返納を促していたとも報じられている。事故から3カ月が経った現在も、マイクロバスと運転手の手配をめぐる経緯について、調査結果は明らかにされていない。福島県警は蒲原鉄道を家宅捜索し、北越高校にも任意捜査を行うなどして、運行の実態を調べている。

デイリー新潮編集部