金正恩氏に20mまで大接近、10万人のマスゲーム、平壌を駆け抜ける国際マラソン…写真家が北朝鮮で27年撮り続けた「10万枚の記録」
北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は、2020年1月から新型コロナウイルスへの防疫措置として海外からの入国を停止。しかしそれが収束してからも、入国できた外国人は極めて限られており鎖国状態が続く。
フォトジャーナリストの伊藤孝司は1992年8月から2019年10月まで43回の現地取材を敢行し、約10万枚の写真を撮影。その中からベストショットを、さまざまな切り口でお届けする。
金正恩氏に大接近
北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の最高指導者である金正恩(キム・ジョンウン)氏を撮影する機会は何度もあった。最も近づいた時は、その距離約20メートル。満面の笑顔や、強い日差しをまぶしがる表情などもはっきりと見えた。大接近したのは、高層マンションの竣工式だった。
首都・平壌(ピョンヤン)では近年、高層マンションが次々と建設されてきた。それも1棟や2棟といった数ではなく、マンションが林立する地区を建設するという方法。2017年4月13日には、市内中心部の「黎明(リョミョン)通り」に建設された高層マンション地区の竣工式が行われた。
これは労働党第一書記だった金正恩氏が2016年3月に建設を指示し、わずか1年間でさまざまな高さとデザインのマンション40棟と公共施設60棟を完成させた。最も高いマンションは、82階建てなのだ。入居者は、この通りにある「金日成(キム・イルソン)総合大学」の教員と職員らだという。
2017年4月の金日成主席生誕100年では、海外メディアが祝賀行事取材のため入国が認められた。米国が最多の23人で、日本は私を除く20人、他に中国とロシア、ヨーロッパやアジアからの約120人が入国。北朝鮮が米国から、共和党寄りの「フォックス・ニュース」まで受け入れていることに驚いたが、敵対する国の保守メディアをあえて受け入れたのだ。
竣工式会場近くでバスを降りた海外メディアは、良い撮影場所を取ろうとして押し合いへし合いになる。張られたロープをジリジリと押していたが、堰を切ったように走り出した。記者は最前列でなくても良いが撮影はそうはいかない。私は何とか、人の隙間からレンズをステージへ向けることができた。
金正恩氏が車で到着するのを待って、午前10時から竣工式が始まる。関係者の長い演説が終わるや否や、正恩氏は何の余韻もなくテープをカットして式典はすぐに終了した。
平壌市内にはそれまでに、倉田(チャンジョン)通りや未来科学者通りなどに高層マンション地区が建設されていた。だがこの黎明通りのマンションは、それらよりもはるかに派手なライトアップがされた。夜間に何度か見に行ったが、夜遅くまで点灯されていた。
また、高齢者が光り輝く最先端の高層マンションの外に椅子を出して涼んでいるのが印象的だった。
他国では真似できないマスゲーム
北朝鮮には、他の国では実施が不可能な大規模イベントがある。その一つがマスゲームだ。この大集団で行うパフォーマンスは、かつてはヨーロッパの社会主義国や独裁政権下の韓国でも行われてきた。だが北朝鮮のマスゲームはスケールが大きく、「アリラン」という演目では、出演者は何と10万人だった。
マスゲームの中でもっとも代表的演目で長期にわたって開催された「大マスゲーム・芸術公演『アリラン』」は、2002年から始まった。抗日パルチザン活動から植民地支配からの解放、朝鮮戦争を経て現代にいたる北朝鮮の歴史を描くという壮大な物語だ。2007年4月には、「ギネス世界記録」に登録されている。
マスゲームが開催されるのは、平壌市を流れる大同江(テドンガン)の中州にある「綾羅島(ルンラド)5月1日競技場」。通称は「メーデースタジアム」で、1989年5月1日に完成している。
マスゲームの見どころは、競技場のフロアでの演技だけではない。客席の向かい側にある「背景台」で、平壌市内の中学生たちが一抱えもあるカラーボードを信号に合わせ、瞬時に次々と取り替えて文字や絵を描く。
「アリラン」は2013年に終了し、内容を変えて「輝く祖国」や「人民の国」が上演された。しかしプロジェクションマッピングを多用したりしたため、「アリラン」ほどの圧倒的な迫力はなくなった。2025年には、朝鮮労働党創建80年に合わせ、5年ぶりに開催されている。ちなみに、2019年に私が見た「人民の国」の外国人観覧料は、100ユーロ(当時のレートで約1万2000円)〜800ユーロ(9万6000円)だった。
北朝鮮のマスゲームは、単なる娯楽のための興行ではない。最高指導者への賛美と感謝が貫かれており、中国との関係が良い時期には友好親善を強調する内容を加えたりした。
また、その時の国内での重要政策が反映されることもある。私は同じ演目であっても訪朝期間中に公演があれば必ず見て、前回との変化をチェックしてきた。
平壌市内を駆け抜ける国際マラソン
北朝鮮には、外国人に大人気なイベントがある。「太陽節」と呼ばれる金日成主席の誕生日である4月15日の前には、さまざまな祝賀行事が開催される。その一つとして、「国際マラソン競技大会」が1981年から開催されてきた。「ワールドアスレティックス(世界陸連)」が公認する大会である。
2014年からは外国人の参加ができるようになり、世界中からランナーがやって来た。「未知の国」の首都・平壌で、象徴的建造物の凱旋門や金日成広場などを見ながら駆け抜ける。しかも発着をする「金日成競技場」や沿道にびっしりと並んだ市民たちが、熱烈な声援を送ってくれるので人気が高かった。
2017年の「第28回大会」にも、日本からの多数のランナーが参加していることが分かっていた。何としてでもインタビューしたい……。だが、スタートを待つランナーは46か国・地域の約1000人もいる。意を決してその中に分け入り、「日本人はいませんか!」と大声を上げて探し出し、インタビューすることができた。
この大会は新型コロナウイルスへの防疫措置で、2020年から2024年の間は行われなかったが、2025年4月6日に6年ぶりに開催。中国・ルーマニア・モロッコなど、45の国・地域から約200人の外国人が参加したという。ただ今年は、なぜか中止されている。
祭りのような選挙投票日
私は北朝鮮の関係機関に対し、思いつく限りのさまざまなことを取材申請してきた。選挙投票日の様子を知りたくて、日本からリクエストした。2019年7月21日の朝に訪れたのは「平壌第一高級中学校」。この日、4年ごとに道・市・郡で実施される「地方人民会議代議員選挙」の投票がこの学校でも行われた。
投票所へ着くと、校庭に停められた宣伝カーから大音響で音楽が流れていた。男性はスーツ、女性はチマチョゴリで正装をして投票場へ来ている人が多い。校舎の正面玄関に掲示板が設置されていて、左側には候補者2人が顔写真付きで紹介されている。その右側には有権者全員の名前が張り出されていて、人びとは自分の名前を確認してから投票所へ入って行く。
校舎へ入ると、投票所の教室までの廊下は造花などで派手に飾り立てられていた。投票箱が置かれた教室の前の廊下では、係員が「公民証」という身分証明書を確認してから投票用紙を渡している。投票所の中は非公開ということで、入ることはできない。
そのため、投票所の責任者に話を聞く。有権者は中に入ると金日成主席と金正日(キム・ジョンイル)総書記の肖像画に一礼してから、候補者名が印刷された投票用紙を投票箱へ入れるという。つまり候補者を選ぶのではなく、定数に合わせて立候補している人への信任投票なのだ。
校舎の外へ戻ってみると、投票を終えた住民たちが音楽に合わせて踊っていた。歌と楽器演奏をしているのは、地区の女性宣伝隊とこの学校の生徒たちだ。たくさんの住民がそれを取り囲んで見ているが、踊りに加わる人もいる。投票後にみんなで踊るというのは、昔からの慣例になっているのだ。
この時の地方選挙の投票率は、99.99パーセントだと発表された。今年3月に実施された国政選挙の「最高人民会議」代議員選挙でも、投票率は99.99パーセント。立候補者687人の全員が当選し、賛成票は99.93%で反対票は0.07%だったという。
(写真はすべて筆者撮影)
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