ウクライナ軍総司令官が警告「プーチンが戦争に負けているわけではない」という残酷な現実
戦争のリアリティー
7月8日、イギリスのデイリー・テレグラフ紙に元ウクライナ軍総司令官で現駐英大使、ヴァレリー・ザルジニーが寄稿した。タイトルは「ロシアの敗けであると決めつけてはならない(Do not assume Russia has lost the war.)」。
要約すると、「多くの西側のアナリストが、ロシアは事実上、この戦争に負けたのだという議論をしているが、これは戦争を明らかに誤った形で、読み違えている、これは個別の戦闘や戦場での成功を拡大レンズを通じて、より大きな戦略的な構図と解釈しようとする傾向が反映している。個別の作戦が成功したことが、戦争全体の勝利につながるかどうかというのはわからない。
現代の戦争では、もはや個別の戦術的な勝利が、かつてのように、何か戦争全体に恩恵を与えるような状況にはもはやない。例えば、ドローンの技術や精密攻撃の能力やサーベイランスの技術の発展は、確かに戦争のやり方は変えた。でもそれはお互いにとって同じことであり、このことが決定的なブレイクスルーを難しくしている。もはや、この戦争は、作戦の優劣で決まるのではなく、明らかに消耗戦となっている」という見解になっている。
ロシアのウクライナ侵攻開始から約2年間、戦場の責任者であったザルジニーは、今行われている戦争のリアリティーを最もよく知りうる人物といえる。
ザルジニーが指摘するように、最近、ウクライナ側のドローン攻撃の戦果が、西側のメディアで大々的に報じられている。ロシア奥地の石油精製施設の破壊、ロシアの危機、クリミア半島への補給経路の破壊、ロシアの兵員の大量損失等々、これらだけを見ていると、確かにロシアは敗勢にあるかのように思える。これに合わせ、西側もウクライナ支援を一層強めている。
7月7、8日の2日間、トルコの案からで開かれたNATO首脳会議で行われた、トランプ−ゼレンスキー会談では、トランプはウクライナに対する地対空ミサイル「パトリオット」の製造ライセンス供与を許可した。トランプは第二期就任以来、ロシア寄りの立場でウクライナ戦争の早期停戦を主張していたが、このライセンス供与は、ヨーロッパ諸国に同調してウクライナ寄りの立場に変わったようにも見える。が、果たしてそうなのか。
今、この戦争の実態はどうなっているのか、何を当面の目標として争っているのか、解き明かしてみたい。
「ディ」エスカレーションのための
パトリオットの製造ライセンスが供与されたところで、直ぐに戦況に影響が表れるわけではない。技術面での移転交渉をメーカーと行った上で、生産体制を整えなければならず、戦力化するまで数年かかるとみられている。
しかし、なぜパトリオットが、ここで話題に挙がるのか。
実は、ウクライナがドローン攻撃で攻勢をかけているのと同様に、ロシアも弾道ミサイルによる攻撃を強めており、首都キーウを中心にかなりの被害が出ている。問題は、ウクライナは、ドローンの迎撃は独自技術で可能になったが、弾道ミサイルに対しては迎撃能力がないことだ。
今年1月から3月にかけて、アメリカの仲介でロシアとウクライナは3回、停戦に向けての三者協議を行った。その際のウクライナ側の主導者の一人、ブダノフ大統領府長官は、あるインタビューでゼレンスキーから、この冬までに、この戦争を決着させるように指示を受けていたと明かしている。
なぜ冬かというと、去年もそうだったが、ロシアの弾道ミサイルとドローンの攻撃で、キーウ周辺の電力インフラが徹底的に叩かれた。キーウの市民は、本当に凍える冬を強いられた。このように、ロシアの攻勢にウクライナもまた痛みを感じている。またロシアは、ドネツク地域で、大量の犠牲を顧みず占領地拡大のための攻勢も続けている。
ブダノフ自身は、今年4月、米国を含む三者協議を振り返り、「彼ら(ロシア)は皆、この戦争を終わらせる必要性を理解している。だから彼らは交渉しているそうは長くはかからないと思う」と述べていた。冬までの停戦を「それは可能だと思う」と話しているが、ところが、アメリカがイラン問題が泥沼化し、もうウクライナの停戦交渉に関与できなくなるという状況が続く中で、ロシアとウクライナ双方がアメリカを待ちつつ、ある種の条件闘争としてそれぞれ攻勢を強め続けている。つまり、エスカレーションのフェーズに入ったのだ。
この状況をブダノフは最近のインタビューで「最終的にディエスカレーションするためのエスカレーションのフェーズ」と説明している。合意するために、エスカレーションしつつ交渉をやる。それが5月頃から始まっているというのだ。なぜこのような現象が起きているのか。
これはトランプに対するアピール合戦だ
まず前提として、双方とも戦争に勝ちきる力も決め手ももはやなく、現時点では、ただ消耗戦を続けており、アメリカの、というより「早く停戦させる」ことを選挙公約にしたトランプの仲介によってしか戦争を止めることができないことにある。その上に、トランプ自身が、戦争自体や国際社会の状況を深く理解しているというわけではなく、はっきり言って、その時々の認識で判断を変える節があるのだ。
もともと、トランプはプーチン寄りのスタンスとみられていた。2025年8月のアンカレッジでの米露首脳会談では、停戦条件として、ロシアが2022年9月に併合した4州のうち、ドンバスの2州(ドネツク、ルハンシク)については、ウクライナはまだロシアが占領していない地域から撤退しロシアに渡す。残りのザポリージャ、ヘルソンの2州にに関しては現在の戦闘ラインを境界とする。さらにウクライナはNATOに加盟しないとし、そうすればロシアは停戦に応ずるという基本線が合意された。
トランプはそれをウクライナ並びにヨーロッパに受け入れさせようとしたが、ウクライナとヨーロッパは、要するにそれを飲まなかった。
なおかつ、この流れがもう一度復活してくるのが、2025年11月からで、当初からウクライナ問題に関与していたトランプの女婿クシュナーと彼のビジネスパートナーで中東特使のウィトコフが主導する形で28の停戦案を出した。これはアンカレッジ枠組みに沿ったもので、かなりロシア側寄りの内容だった。恐らくウィトコフにこの案を吹き込んだのはロシア側だったのだろう。
ウクライナは領土では妥協しない
これに対して、米議会に近い国務長官のルビオが、逆にウクライナ、ヨーロッパの側に立って20の停戦案を打ち出した。
トランプ政権と言っても一枚岩ではなく、担当者によって色合いは明確に違う。この2つを揉み合いながら、最終的にはアメリカが関与する形で今年1月から3月の3回の停戦交渉が行われたが、結局まとまらなかった。
ウクライナからしたら、領土に関する件では妥協はあり得なかった。アンカレッジ枠組みは、明らかにウクライナに領土の譲歩を強いる解決法であり、それをひっくり返すために、トランプに対して、戦況は我々に有利だと、明確に印象付けるために、まさに今、ドローンで、これまでにないような長距離の攻撃で正確に製油所のようなロシアの重要インフラに被害を与え、ことごとく成功している。
そして、この6月15日から17日に開かれたG7サミットで、トランプはゼレンスキーと会談をし、「ロシア領内の長距離攻撃は非常に印象的だ」と、ウクライナの軍事的成功に対して、とうとう好意的な判断を示した。
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