送信先をミスった結果、後始末に「約1兆2000億円」の悪夢…“史上最も高くついたメール事故”の甚大な代償
いまや私たちの生活に欠かせない「メール」。利用する機会が多ければ、凡ミスが起こりやすくなるのも必然でしょう。宛先の誤字やアドレスの打ち間違い、BCCのつもりがCCにしていた、添付ファイルを忘れたまま送信していた……仕事で冷や汗をかいたことがある人も多いのではないでしょうか。本記事では、クイズ作家の近藤仁美氏による著書『世界を変えた「凡ミス」図鑑』(三笠書房)より一部を抜粋・再編集し、現地メディアから「史上最も高くついたメール」と報じられたイギリス国防省職員のエピソードをご紹介します。
イギリス国防省職員が送った1通のメール…「送信先ミス」が巻き起こした大騒動
メールに送信ミスはつきものだ。宛先の誤字、メールアドレスの打ち間違い、BCCのつもりがCCにしてしまい関係者丸見え、添付ファイルを忘れて送信… …などなど、便利なツールは意外と地雷原でもある。
メールはもはや、凡ミスの宝庫。個人のやりとりから会社の業務まで「あるある」極まりないが、これを国の機関がやってしまったら、さあ大変だ。
2022年、イギリス国防省の職員が1通のメールを送った。コトがまずすぎるためか、送信側も受信側も、詳しい身元はいまだ伏せられている。送信側の職員は、いったい何をしたのか。
アフガニスタンから亡命したい人のリストを、間違ってアフガニスタン国内に送ってしまったのだ!!
リストに載っていたのは、イスラム主義組織・タリバンへの対応のため、イギリス軍に協力していた人たちだった。
このメール送信ミスの前年、停戦合意によってイギリス軍やアメリカ軍がアフガニスタンから撤退した。これにより、タリバン政権が復活。かつてイギリス軍に協力していた人たちは報復を恐れ、亡命を希望した。その数、実に1万8000人以上。家族まで含めれば、約10万人もの人がメールのミスで危険にさらされた可能性があったという。
イギリス国防省がこの事態に気づいたのは、メールが送られてから約1年半後のことだった。とあるアフガニスタン人がFacebook上で「関係者のデータを持っている」と自慢し、一部を公開したのだ。
これを見たイギリスの人が、地元出身の議員と国防省副長官に通報。政府が慌てて事態の収拾に乗り出した。対応の一環で、時のイギリス政権は裁判所に「報道の差し止め」を申し立てた。これは、報道によって関係者にさらなる危険が迫ると考えられたためだという。
裁判所は申請を受理し、報道の禁止だけでなく、のちに差し止め命令が出たという事実そのものの公表も禁じた。この対応は、「スーパー・インジャンクション」と呼ばれている。日本語に訳すと、「超差し止め」。「超差し止め」って… …。この言葉をニュースで知ったとき、事態の深刻さと日本語のおマヌケさのギャップに、不謹慎ながら頬がゆるむのを抑えられなかった。
あれ? 報道できないんじゃなかったの? 私、ニュースで知ったけど?
もとはそうだったのだが、2025年7月、裁判所が差し止めを解除したのだ。これにより、一連の漏洩や対応が公開され、一斉に記事が出た。
解除時の説明によると、タリバン側は漏洩された情報の多くをすでに入手している可能性が高く、命令の存在が明らかになっても関係者の危険性が大幅に高まるほどではないとのことらしい。
……ん? なんか、しれっとバッドニュースが増えた気がするな。情報はもう渡ってしまっていて、すでにだいぶ危険ってこと!?
今も膨らみ続ける「史上最も高くついたメール」の損害額
さて、たった1通のメールが引き起こした被害は甚大だった。
イギリス政府は事態の収拾にかかるコストを、60億ポンド(1兆2,000億円弱)と見積もり、現地のメディアに「史上最も高くついたメール」と報じられた。
この莫大な金額は、協力者を極秘で国外に脱出させる作戦などに使われたのだが、うまく亡命できたとしても、今後が危なくてしかたがない。
ファイルに載っていたうちの数百名は、イギリス国防省を相手に取って損害賠償を請求するそうだ。今後、原告はさらに増えることが予想されるため、この凡ミスによる損害額はまだ決着をみていない。
アメリカ国防総省とマリ、アドレスが似すぎな件
ちなみに、イギリスは2023年にもメールの送信ミスを起こしている。このときは、アメリカ国防総省に送るはずのメールを、アフリカの国・マリに送信してしまった。
アメリカ国防総省のアドレスの末尾は、military(軍事)の略で「.mil」だったのだが、マリの国別ドメインは「.ml」なので、打ち間違えたのである。
[図表]「アメリカ国防総省」と「マリ」のアドレスの末尾 出典:『世界を変えた「凡ミス」図鑑』(三笠書房)より抜粋
なお、これはイギリスによる失敗だが、アメリカ側はさらに深刻で、長年、国防総省宛てのメールが、ドメインミスでマリに届き続けていたという。恐ろしすぎる。
余談だが、メールの送信ミスを防ぐ意外と有効な手段は、コピー&ペーストだと思う。よく「情報のコピペはダメ!」などといわれるが、人名やメールアドレスは公式情報をコピペするに限る。
ここでいう公式情報とは、宛先となる個人・法人のウェブサイトや、先方から送られてきたメールの署名欄のことだ。これなら、先方が自ら出している情報なので、たとえ間違っていてもこちらは相手方の見解を尊重しただけ、ということになる。
特に、人名は間違うとムッとされやすい。それでいて、ほかのデータと結びつきにくい情報なので、誤るリスクが高いとされている。「ほかのデータ」というのは、たとえば出身地や職業のことだ。
また、取引先の担当者名は思い出せなくても、その人が属する会社や顔はするっと出てくる。そうした現象を、「ベイカー・ベイカー・パラドックス」という。これは、パン屋(ベイカー)なのは思い出せるけれど、名字がベイカーなのは思い出せないという、ある種のシャレから名づけられた。
こんなこともあるので、メールに限らず公に情報を出すときは、面倒でも都度公式情報を確認する癖をつけておくと、やらかす回数が減る。私自身、この方法で何度も事なきを得ているので、一度試してみてほしい。
■明日からの教訓
メールアドレスの入力には細心の注意を
近藤 仁美
クイズ作家

