月野ゆりね氏

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華やかな芸能界から離れ、結婚したのち出産を経験。今は一般人として静かに暮らしているーーなんてエピソードは枚挙にいとまがない。
しかし、今回話を聞いた月野ゆりね氏(53歳)の人生は一味違う。驚くことに、出産後に選んだのはセクシー女優という道だったのだ。いったいなぜ? 本人の口から紆余曲折の歩みを語ってもらおう。

◆劇団で演技を勉強しはじめた中学時代

――そもそも芸能界にはいつから興味を持ったのですか?

月野ゆりね(以下、月野):保育園の頃から、お遊戯会みたいな場が好きだったんです。その頃は引っ込み思案でしたが、担任の先生が主役に選んでくれることが結構多くて。目立てる機会に恵まれていたんですよね。そんなことがきっかけで、「アイドルになりたい」と思っていたんですけど、「自分はアイドル顔じゃないな」とも感じていて……。でも中山美穂さんや小泉今日子さんみたいに女優をやりながらアイドル活動もする人たちを見ていると、「その路線なら自分もいけるかもしれない」と思ったんです。それで、自分で劇団に履歴書を送りました。これが中学生のときでした。

――そこで演技の勉強をされていた感じですか。

月野:そうですね。毎週レッスンがあって、演技、発声、日本舞踊、バレエのお稽古がありました。ただ、バレエと日本舞踊はつまらなくて(笑)。先生も厳しかったし、「これは私には無理だな」って思って、ダンスのお稽古には行かないで、お芝居のレッスンばかり受けていました。今から振り返ると、ダンスの経験もお芝居に生きてくるっていうのはわかるんですけど、当時はまだ子どもだったので、「これがなんで女優に何の役に立つんだろう」って思っていました。そうしていると、少しずつエキストラの仕事とかももらえるようになりました。高校野球を題材にしたドラマで、応援する生徒役などをやりましたね。とにかく自分じゃない誰かの役を演じることが楽しかったです。

◆大人気ドラマ出演で夢を叶える

――そうして、『3年B組金八先生』に出演することになる。オーディションがあったんですか?

月野:劇団に入って1年後くらいだったと思います。シリーズのものじゃなくて単発のスペシャルでした。オーディションがあって、同じ劇団からも10人くらいが受けに行ったんです。「どんな役がやりたいの?」などの質問があったのは覚えているんですが、私はなんて答えたんだろう……。とにかくそれで合格となりました。学園ものに出演するのは夢だったのですごくうれしかったです。

――同い年ぐらいの方が集まる現場だと思います。共演者と待機時間などに仲良くなったりもしたのですか?

月野:顔合わせからリハーサルとか全部含めて、多分2か月くらいだったと思います。みんな仲良くなって、放送日は、集まれる人は集まって、共演者のみんなで見たんですよ。

――共演者同士で仲良くなって、恋愛関係に発展したりは?

月野:私も好きな人はいたんですよ。でも……残念ながら叶わなかったです。今でもいい思い出ですね。

――大人気ドラマへの出演。学校でも反響は大きかったのでは?

月野:学校ではみんな見たよ見たよって言ってくれて。学芸祭では、じゃあもうここはドラマにも出たんだから主役をやってもらおうってなって。ただ、目立ってしまったので妬まれたりもありましたね。辛かったですが、「絶対に負けないぞ」って思ってました。

◆芸能活動に終止符を打ち、寿司屋に就職

――それからの芸能活動は?

月野:人気のドラマに出演して、達成感を感じてしまったのも事実です。劇団のマネージャーさんがいっぱいオーディションの話を持ってきてくれたのですが、全然受からなくて。何が悪いんだろうって落ち込むことばかりで、そこからは劇団のレッスンからも足が遠のいてしまいました。その後に1回、高校生になって深夜番組で毎週やっていた短編もの恋愛ドラマに出演したのですが、それが最後でした。高校生になると、やっぱり部活もあるし、アルバイトもあるし。それに彼氏もできてプライベート優先になっていました。結局、芸能活動は自然消滅みたいな形になりました。