過去10年で最大の流行「マイコプラズマ肺炎」とは
流行拡大が続くマイコプラズマ肺炎。正しい知識を持って対処しましょう(写真:shimi/PIXTA)
「咳が続くのですが、マイコプラズマ肺炎ではないでしょうか」
外来診療をしていると、このような質問を受けることが増えた。連日のようにメディアがマイコプラズマの流行を報じている影響だろう。
例年より流行が急拡大している
事実、マイコプラズマの流行は急拡大している。
下の図は、国立感染症研究所(感染研)のレポートだ。今年6月から感染者が増加し、過去10年間で最大の感染者数を記録している(※外部配信先ではグラフを閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)。
Infectious Diseases Weekly Report Japan 2024年第41週(10月7日〜10月13日)より
マイコプラズマの感染は1年中起こるが、特に多いのはまさに今、秋から冬にかけてだ。多くの専門医は、「マイコプラズマの流行はこれからが本番」と考えている。
そんななかで、筆者が患者さんとの対話で感じるのは、“マイコプラズマを怖がりすぎている”ことだ。
実は、多くの医師は「マイコプラズマ感染なら見落としても問題ない」と考えている。
その理由については後述するが、こうした医師とは対照的に、一般の多くの人はマイコプラズマに恐怖心を抱いているように思う。高橋謙造・ナビタスクリニック小児科部長は、「家族内に高齢者や小さな子どもがいる人に、その傾向が強い」と言う。
「高齢者がマイコプラズマに感染すると肺炎になって、“コロナのようにあっというまに亡くなってしまう”というイメージを持っている人が少なくない」そうだ。このあたり、医師と患者さんでは感覚が異なる。
だが、マイコプラズマは正しく知れば決して怖い感染症ではない。むしろ、むやみに怖がりすぎて「やってはいけない」ことをやってしまっている向きがある。
本稿では、その実態を解説したい。
そもそもマイコプラズマって何?
まずはマイコプラズマとは何かについて説明しよう。
マイコプラズマは「自己増殖可能な最小の微生物」といわれるユニークな存在だ。ウイルスは特定の宿主に感染しなければ増殖できないが、マイコプラズマは自力で増殖できる。このため、微生物学的にはウイルスではなく、細菌に分類される。
ただ、大腸菌など普通の細菌とは性格が異なる。特記したいのは、細胞壁を持たないことだ。
そのため、細胞壁の合成を阻害することで作用するペニシリンやセフェムなど、多くの抗菌薬はマイコプラズマに効かない。後述するように、マイコプラズマ感染を疑えば、特殊な抗菌薬を使うことになる。
感染しやすいのは子どもで、肺炎を起こすこともある。2015年にアメリカの疾病管理センターを中心とした研究チームが、『ニューイングランド医学誌』に発表した研究によれば、入院した子どもの肺炎患者のうち、22%がマイコプラズマによるものだった。
注目したいのは、この22%のうちの19%が5才以上の子どもだったこと。5才未満は3%にすぎなかった。これは日本の状況とも一致する。感染研の調査によると、7〜8才にピークがあるという。
学童期以降の子どもが罹りやすいのは、マイコプラズマの感染の仕方によるところが大きい。
マイコプラズマは飛沫や接触で感染するが、その感染力は決して強くない。新型コロナウイルスのように空気感染はしないし、アルコール消毒で簡単に滅菌できる。
つまり、マイコプラズマの感染には濃厚な接触が必要であり、学童期以降の子どもが濃密に体を接触させながら遊ぶことで、感染が拡大する、というわけだ。
マイコプラズマに感染すると、通常2〜3週間の潜伏期を経て発症し、発熱や倦怠感、頭痛などの症状が表われる。そして、その数日後から咳などの呼吸器症状が顕著になる。
特徴は咳や痰、喘鳴(ぜんめい:ゼーゼーする状態)といった呼吸器症状が長引くことだ。これは菌が上気道から肺胞まで、広く呼吸器組織に感染するからだ。
特に気管支、細気管支へのダメージが著しく、組織学的には気道の表面を覆う繊毛上皮が壊され、潰瘍ができることもある。このような呼吸器症状は、組織が再生するまで続く。
肺炎以外では中耳炎、髄膜炎、脳炎、ギラン・バレー症候群などの合併症を起こすことが報告されているが、いずれもまれであり、大部分はそこまで至らず自然に治癒する。
マイコプラズマの鑑別診断は難しい
続いて検査についてだが、マイコプラズマの迅速検査には、「遺伝子検査(LAMP法)」と「抗原検査」がある。前者は鋭敏な検査で、数時間で結果が出るが、普通のクリニックに検査器械は置いていない。
後者は数分で結果が出るが感度が低く、多くの感染者を見逃してしまう。というのも、抗原検査では咽頭拭(ぬぐ)い液を検体として用いるが、マイコプラズマは主として気道の奥のほうに感染するため、十分な菌量を採取できない。この結果、抗原検査が陰性でも“感染は否定できない”ということになる。
症状から診断するにしても、咳が長引く病気はマイコプラズマ感染症以外にも、咳喘息(気管支炎症により咳が続き、咳込みと呼吸困難が表れる病気。主に感染後に発生し、数週間持続することもある)、後鼻漏(こうびろう:鼻や副鼻腔で作られた粘液が、喉のうしろへ流れ落ちる状態。咳や喉の違和感の原因となり、アレルギーや副鼻腔炎で起こりやすい) など、いくつもある。
風邪をひいたあと、咳だけが数週間続く患者は少なくない。だからマイコプラズマ感染か、それ以外の感染症か、鑑別診断するのは感染症に詳しい医師であっても難しい。
治療についてだが、マイコプラズマには普通の抗菌薬が効かないことは前述した。使うならマクロライド系のエリスロマイシンや、クラリスロマイシンを処方しなければならない。
実は近年、マクロライド系の抗菌薬が効かない「マクロライド耐性マイコプラズマ」の増加が問題となっている。2000年以降、小児を中心に耐性株が増加し、2011〜2012年の流行では83%を占めた。
マイコプラズマは、P1タンパク質の遺伝子により1型と2型に分類されるが、これはこの間に流行した1型に耐性株が多かったためだ。2015年以降、2型株が増加し、耐性株の割合は低下しているが、マクロライドを多用した場合、2型でも耐性株が増加する可能性がある。
「かもしれない」で抗菌薬を使わない
マクロライド以外の治療薬も存在するため、耐性株に対してまったく治療法がないわけではないが、耐性菌の出現を防ぐため、マイコプラズマ感染症とは考えにくい患者には使わないほうがいい。
ところが、担当医がマイコプラズマ感染の可能性は低いと考えていても、患者や保護者が強く抗菌薬を希望したら断りにくい。だが、マイコプラズマかもしれないというレベルで安易に抗菌薬を使うのは問題だと、筆者は考える。
ところが、実際は過剰な処方が続いている。それは昨年の中国での大流行をはじめ、世界各地でマイコプラズマの流行が報告されているからだ。おそらく当面は続くだろう。こうした状況下だと、「かもしれない」で使うケースも増えてしまう。
流行の背景には、コロナパンデミック下で社会活動が制限され、集団免疫が低下した可能性、およびコロナ感染が免疫力を低下させた可能性が指摘されている。
コロナ感染が人の免疫システムを弱めて免疫力を低下させるなら、コロナの集団免疫が確立し、夏冬の流行が一段落するまで、この状況は続くはずだ。マイコプラズマの流行が、今後も続いてもおかしくはないし、おそらく今シーズンはさらに感染者は増えるだろう。
しかし、繰り返すが、マイコプラズマ感染症は重症化しにくく、自然治癒する。万が一、肺炎になっても治療薬が存在する。
予防法もある。厚労省のホームページも書いてあるが、手洗いが有効だ。特にこれからの時期は、流水と石けんでよく洗うこと。マイコプラズマ肺炎と診断されたら、家族間でタオルの共用はやめる。咳症状があったら不織布マスクを着用し、他人にうつさない対策も必要だろう。
これからの感染拡大に備え、社会が正確な情報を共有し、過度に恐れないことが重要だ。
(上 昌広 : 医療ガバナンス研究所理事長)