日本の物価は上昇しているのか…人件費高騰が引き起こす「インフレの実態」

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この国にはとにかく人が足りない!個人と企業はどう生きるか?人口減少経済は一体どこへ向かうのか?

なぜ給料は上がり始めたのか、経済低迷の意外な主因、人件費高騰がインフレを引き起こす、人手不足の最先端をゆく地方の実態、医療・介護が最大の産業になる日、労働参加率は主要国で最高水準に、「失われた30年」からの大転換……

発売即重版の話題書『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く――。

(*本記事は坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』から抜粋・再編集したものです)

変化10 人件費高騰が引き起こすインフレーション

人手不足の深刻化によって、日本人の賃金は今後継続的に上昇することになるとみられる。賃金上昇は労働者にとって好ましいことではあるが、企業にとって人件費高騰は事業を営む上でのコストの上昇につながり、利益を圧縮させる要因になる。そうなれば、企業は人件費増加によるコスト増について価格にそれを転嫁せざるを得なくなる。

ここでは、労働市場と財・サービス市場との関係に注目することで賃金と物価との関係性を考える。

労働集約的なサービスの物価は上昇している

改めて日本における近年の物価の動向を振り返ってみよう。図表1-37は総務省「消費者物価指数」から物価の動向を財とサービスに分けて取ったものである。

物価の動向をみると、2000年前後以降の長い間、消費者物価指数は前年比マイナスか、プラスになってもその幅は小さく、構造的に上昇しにくい状況にあった。

しかし、2010年代半ば以降、財・サービス価格の上昇幅は少しずつ高まりつつある。特に足元では、消費者物価指数(総合)は前年比で3%を超える時期も出てくるなど大きく上がり始めている。

今後の物価の動向を占ううえで焦点になるのは、賃金上昇の影響を受けやすいサービス物価の動向である。

図表1-38は、同じく「消費者物価指数」からサービス物価を構成する各品目の2000年からの価格上昇率を算出し示している。このデータをみると、一口にサービスといっても、品目によって価格上昇の動きに大きな傾向の差があることがわかる。

サービス物価の動向から物価がどのような要因で変動するのかを考えていこう。

サービス関連品目で最も際立った動きをしているのは通信費である。通信費は2000年から2023年までの間に53.2%低下した。通信費の大部分を占めるのは携帯電話料金である。

携帯電話料金が低下した理由は、政治的な要因もあるが、本質的には通信技術が急速に進歩したからだろう。携帯電話通信各社が提供するプランにおけるデータ通信量の大容量化やコスト削減が進展したことから、現代の消費者は過去に比べれば比較にならないほど膨大な通信量を安い価格で利用できるようになっている。通信費は消費者物価全体に占めるウエイトが1万分の351と比較的大きく、サービス物価全体の趨勢に最も大きな影響を与えている。

家賃も近年低下が続いている品目である。家賃に関しては測定上の問題も指摘されているが、地方部の人口減少による地価の低迷を反映しているものと考えられる。授業料も大きく低下しているが、これは高校授業料無償化など政策的な要因によるものである。

一方で、このような品目を除けば、サービス物価を構成する品目は、近年、上昇し始めていることがわかる。

個別にみていけば、まず設備修繕・維持に関する費用の上昇が著しい。同品目は、火災・地震保険料(消費者物価全体に占めるウエイト:1万分の67)、外装塗装費(同:1万分の47)、駐車場工事費(同:1万分の25)、屋根修理費(同:1万分の67)で構成される。先述のように、建設業界は厳しい人手不足のもとで、時給水準が上昇している。資材価格や人件費の高騰によって、各種工事費は上昇しているのである。

外食費(同:1万分の460)も価格上昇が激しい品目である。飲食業界でも原材料価格の上昇に加え、アルバイト・パート従業員の時給水準が上昇し、これに引っ張られる形で正社員の給与水準も上がってきている。飲食チェーン各社では配膳ロボットの導入やテーブルオーダーシステムを導入するなど懸命に生産性向上策を図っているが、生産性向上で吸収できないコストは価格転嫁せざるを得なくなっているものとみられる。

宿泊業も近年円安によるインバウンドの増加によって需要が急増しているものの、人手がそれについてこれずに人件費が高騰している。宿泊料(同:1万分の81)は、2000年から2013年までは6.0%低下していたが、2013年から2023年までの間には32.1%上昇している。

そのほかも、鉄道料金やバス代などが含まれる交通費、学習塾の料金など補習教育費、習い事などの月謝類、理美容サービス、クリーニング代など被服関連サービスといった品目も、2000年代にはほとんど価格が上昇してこなかったが、この10年間では価格上昇に転じている。

つづく「深刻化する人手不足で日本社会に何が起きているのか…「物価上昇」を読み解く」では、輸入物価高騰による物価上昇から人件費高騰がけん引する物価上昇へのシフトについて掘り下げる。

深刻化する人手不足で日本社会に何が起きているのか…「物価上昇」を読み解く