最高裁によってX(旧Twitter)が停止していたブラジルで、40日ぶりにサービスが再開した。背景には、Xを所有するイーロン・マスク氏の「心変わり」があるという。サンパウロ在住フォトグラファー兼ライターの仁尾帯刀さんがリポートする――。
写真=©Andre M. Chang/ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ
Xは2024年10月8日、「Xはブラジルに戻れることを誇りに思う」と書き込んだ。 - 写真=©Andre M. Chang/ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ

ブラジルが40日間の「X禁止令」から解放された

ブラジル連邦最高裁判所は、アレシャンドレ・デ・モラエス判事の命令により8月30日から停止されていたX(旧ツイッター)のサービス再開を10月8日、発表した。40日に及んだサービス強制停止期間がようやく終わりを告げた。

Xがサービス停止に至った経緯は9月13日公開の「イーロン・マスクが世界中で「表現の自由」を振りかざした末路…“Twitter大国”が「利用停止」に踏み切ったワケ」を参照してもらいたい。端的に述べると、フェイクニュースを垂れ流していたアカウントの停止とそれに伴う罰金の支払いを求めていたブラジル政府に対し、イーロン・マスク氏が「表現の自由」を盾に拒んだ結果、最高裁にX停止を命じられたのだった。

■77億円の罰金支払いと引き換えにサービス再開

突然のアクセス不可と主要メディアの報道により、サービス停止直後はブラジル全国で賛否真っ二つの論争が展開されていた。

サービス再開はXの勝利かといえば、答えは真逆で、ブラジル最高裁に完全に屈服した結果だ。イーロン・マスク氏率いるXは、偽情報を拡散したとされる9つの特定アカウントの削除、法定代理人の任命、罰金2860万レアル(約77億円)の支払いというブラジル最高裁の要求すべてに応じることで、サービス再開にこぎ着けたのだった。

サービス再開にあたってXは、「ブラジルでの再開を誇りに思います。この度の経緯を通じて、弊社の不可欠なプラットフォームへのアクセスを何千万人ものブラジル人に提供することが最も優先すべきことでした。私たちは事業を行ういかなる場所でも、法の範囲内で言論の自由を守り続けます」とユーザーに向けた声明を発表した。

■Xの声明はまるで「悪ガキの反省文」

サービス停止前後には、モラエス判事をスター・ウォーズやハリー・ポッターの悪役に見立てた批判・中傷の投稿をしていたマスク氏だったゆえ、Xのこの声明には、まるで悪ガキが反省文を書かされたかのような印象を覚える。

Xがブラジル最高裁と争い、サービス停止の足止めを食らっている間に、利用者数を激増したのが同業他社のサービス「ブルースカイ」だ。

ブルースカイは、Xサービス停止前後の3日間に約100万人のブラジル人新規ユーザーを数えたというから、いかにブラジル人が画像添付可能な“つぶやき”や“いいね”を欲しているかがうかがい知れる。

Xがブロックされた8月末の週末には、ブラジル人ユーザーの急増によりポルトガル語の投稿件数(73.7%)が英語のそれ(16.5%)を遥かに凌いでブルースカイ上でもっとも使用される言語となり、いまでは国別ユーザー数でブラジルがトップを飾っている。

ブルースカイは、ツイッターの共同創業者ジャック・ドーシー氏が2019年に創立したサービスだったというから、操作性の類似とそれによるユーザーの移行も頷ける。

<急増を示すGoogle Trendsのグラフ>

■実はブラジルはSNS大国

人口約2億1258万人(世界7位)を数えるブラジルは所得格差が著しいことでも知られるが、国内で使用されるスマートフォン台数は約2億5800万台と、総人口数を超えて普及している。若年層の占める割合も大きく、SNS利用者数は人口大国のインド、インドネシアに次ぐ世界3位で、アクティブなSNSユーザーは1億4400万人を数える。またオンライン利用時間も南アフリカに次ぐ世界2位の9時間13分という調査報告もある。

そんなSNS大国ブラジルでどんなサービスが人気かというと、今年1月現在でのトップ3はワッツアップ(93.4%)、インスタグラム(91.2%)、フェイスブック(83.3%)とメタ社のサービスが独占しており、4位ティックトック、5位フェイスブック・メッセンジャーと続いている。

そんななか、Xは同ランキングで9位(44.4%)とトップ集団から遅れてはいるが、国別Xユーザーランキングにおいて、ブラジルは2148万人と世界6位につけている。マスク氏が態度を変えてまで最高裁の要求をのんだのは、Xのビジネスにとってブラジルが取りこぼせない国だからだ。

「statista」より

■「X断ち」でメンタル改善の報告も

便利な半面、スマートフォンやインターネットに依存症の危険があることは知られている。それに加えてXは、SNSの中でも極めて有毒(toxic)だと言われている。マスク氏は言論の自由を守るというが、プラットフォーム上で誹謗中傷、妬み嫉み、罵詈雑言、偽情報などの言いたい放題を野放しにしてきた。

ブラジル在住者は40日にわたって最高裁による「X断ち」というデトックスを強いられたわけだが、お陰様で安らぎを得られたというケースも少なくないようだ。

ブラジル全国の1405人を対象とした民間調査会社のリサーチによると、回答者の34%が「X断ち」により精神衛生の改善を実感したと答えたという。また、19%は不愉快な投稿を理由に、サービス停止以前からアクセスを減らした、あるいは止めたと回答した。

ブラジルではボルソナロ前大統領(任期:2019〜2022年)が米トランプ前大統領同様に大手メディアの報道を疎んで、それを介さずに当時のツイッターから自らの言動を積極的に発信していた。国内の政治的二極化を招いたボルソナロ政権下以降、ツイッター上には政治家とその支持者による扇動的な内容や偽情報を含む政治的な情報発信が著しく増えていた。そんなツイッター(現X)に対して嫌気を感じていた人も少なくなかったのだ。

さて、日本のX利用者はブラジルの3倍を超え、人口の5割強を占める6928万人を数えている。何かと先行き不安が漂う現代日本にあって、精神衛生の改善を求めてX断ちをしてみるのも良策かもしれない。

写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

■「X再開」にブラジル人は喜びを爆発

サービス再開が国内外のメディアによって報じられるなか、Xのプラットフォームには、喜びを爆発させる投稿が多数挙げられミーム化している。復帰したユーザーは、サービスの毒性を知りながら禁断症状からの解放を喜んでいるようだ。

「ツイッターが戻った。タイムラインやトレンディング・トピックスに外国人ばかりはもうたくさんだ。英語のツイートもうんざりだ」

「ツイッターが戻って、まるでリハビリセンターを出所して再び悪癖に耽るようだ」

「ツイッターにアクセスしたら復活していた。真夜中に明けましておめでとう」

ブラジルでのXの動向に注目が集まる

今後のXの行方についてのメディアの意見は分かれている。

ニューヨーク・タイムズは「数カ月に及んだ戦いの明らかな結果は、言論の自由の擁護者として自らを位置づけてきたマスク氏の敗北だった。Xは、最も大きな市場の1つで、1カ月間ビジネスを失い、振り出しに戻り、競合他社の躍進を許した」とXの経営上の失敗を辛辣に論じだ。

一方、CNNブラジル版が取材したブラジル人情報技術専門家は、解禁後のXユーザー増加もありうると見ている。サービス停止中もアカウントとフォロワーが保存されていたため、既存のアクティブユーザーの多くが、同業他社アプリから使い慣れたXに戻るだろうとしたうえで、世界的に話題となった今回の騒動によって新規ユーザーや非アクティブユーザーが関心を示す可能性があると見ている。

いずれにせよ、当面はダイエット後の過食のように、Xを貪るブラジル人ユーザーは多そうだ。

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仁尾 帯刀(にお・たてわき)
ブラジル・サンパウロ在住フォトグラファー/ライター
ブラジル在住25年。写真作品の発表を主な活動としながら、日本メディアの撮影・執筆を行う。主な掲載媒体は『Pen』(CCCメディアハウス)、『美術手帖』(美術出版社)、『JCB The Premium』(JTBパブリッシング)、『Beyond The West』(gestalten)、『Parques Urbanos de São Paulo』(BEĨ)など。共著に『ブラジル・カルチャー図鑑』がある。
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ブラジル・サンパウロ在住フォトグラファー/ライター 仁尾 帯刀)