「子どもたちの自己肯定感を育むことを目的としています」との注意書きが入ったキャンペーンサイトのトップページ(画像:ダヴ公式サイトより)

10月7日から渋谷駅に掲出されている、パーソナル・ケアブランドのダヴ(Dove)の広告が批判を浴びている。

本広告は、10月11日の「国際ガールズデー」に合わせたもので、ルッキズムに警鐘を鳴らし、美しさの基準が多様であることを啓発するものだ。

広告の内容としては、「中顔面6.5センチ」「遠心顔/求心顔」「出目」など外見に関する紋切り型の表現を否定し、「#カワイイに正解なんてない」というキャッチコピーで締めくくっている。

これが、SNS上で「逆効果ではないか」という批判を浴びているのだ。メディアで「批判殺到」「炎上」と言われても、実際は批判的な意見は少数であることは多々あるのだが、今回の場合は、そうとも言えないようだ。

「(この広告の)どこが問題かわからない」という意見は見られたが、批判的な意見も多いし、批判的な投稿や記事に対する「いいね!」やリポストも多い。

なぜ、この広告は批判を浴びてしまったのだろうか?


一見、共感を呼びそうなキャッチコピーに見えるが…(画像:ダヴ公式サイトより)

【画像】むしろ知らない言葉のほうが多い? 「ルッキズムを煽ってる」と批判殺到のダヴ広告

ダヴの広告が炎上した根本的な理由

社会的なメッセージを発信する「啓発広告」は最近増えてきている。それらの中には、称賛されるものもあれば、批判されるものもある。

啓発型の広告が批判される理由として、下記のようなことが考えられる。

1. 潜在化していた問題を、顕在化させている

2. メッセージが一部の人には受け入れがたかったり、押しつけがましく感じられたりする

今回の批判は、1の要素が強い。つまり、外見に関する表現が(たとえそれが否定されていても)明示されることで顕在化してしまい、かえって人々が意識するようになってしまったということである。

SNS上では、外見に関する表現が一般的とは言えず、「むしろ広告を見て知ってしまったものも多い」という意見も散見された。


渋谷駅に掲示された広告についてポストしたダヴの公式Xアカウント(画像:ダヴ公式Xアカウント)

類似した事例に、2020年にナイキジャパンが公開した、日本での人種差別問題を扱った動画「動かしつづける。自分を。 未来を。The Future Isn't Waiting.」がある。

「日本に人種差別はない」と断言できる人は少ないかもしれないが、「取り立てて問題にするほどのことでもない」と思っている人は少なくないだろう。そうした中で、この広告は日本の人種差別問題を顕在化させて、物議をかもした。

この動画には賛否両論あったが、批判的な声のほうが優勢だった。ちょうどこの時、ブラック・ライブズ・マター運動が盛り上がっていたが、ナイキの本拠地がアメリカであっただけに「(人種差別を行っている)お前らに言われたくない」といった声も目立っていた。

筆者の評価としては、動画のメッセージには共感はするが、広告・宣伝として効果的であったかは疑問が残るといったところだ。

なお、ナイキジャパンはこの動画を公開したことについて謝罪はしておらず、取り下げもしていない。

今回のダヴの広告に対しても筆者としては同様の評価である。ただし、ナイキと同様、広告を取り下げる必要も、謝罪をする必要もないと考えている。この広告は10月13日までの期間限定のものであるし、伝えようとしているメッセージ自体は不適切なものとは言いがたいからだ。

ダヴの広告は世界で称賛されてきたが…

ダヴ社は、2004年から「リアルビューティー・キャンペーン」を世界で展開してきた。このキャンペーンでは、人工的な美しさではなく、自然であること、自分らしくあることが「真の美しさ」であることを訴え続けてきた。

外見の美しい女優やモデルではなく、一般人や化粧をしない素顔の人たちを広告に登場させるなど、有言実行の取り組みを続けており、全世界で支持を集め、世界の広告賞も多数受賞している。

今回物議をかもした広告も、上記の流れの中で位置づけてみると、自然な展開であるようには見える。文脈を知っている広告業界の人が見ると、この広告に問題があるとは思わないのではないかと思う。

ただし、日本の一般の消費者の人からしてみると、やはり違和感を抱いてしまうものだったのではないかと思う。

ダヴ社は、自社のXアカウントから#カワイイに正解なんてない」を付けてリポストすることを呼びかけたが、これも批判意見を増幅させる結果となってしまったように思える。


「むしろ“美の基準”を世の中に提示してしまったのでは?」と批判が殺到した(画像:ダヴ公式Xアカウント)

日本で成功した啓発広告は?

日本でも、啓発型の広告で称賛を集めた事例がある。ダヴと同様に、渋谷界隈の屋外・交通広告を利用した事例を見てみたい。

総合刃物メーカーの貝印が2020年にSHIBUYA109のビッグボードと東京メトロ半蔵門線の電車内などに掲出した、剃毛・脱毛に関する啓発広告だ。

本広告は、#剃るに自由を」をテーマにしたコミュニケーションの一環として展開されたもので、腋毛を見せたヴァーチャルモデルのビジュアルに「ムダかどうかは、自分で決める。」というキャッチコピーが添えられている。

この広告は、称賛の声が大半で、批判意見はほとんど見られなかった。特定の行動や意見を否定や批判するものではなく、先述した1、2のどちらの要素もなく、人々から受け入れられやすいメッセージだったからだ。

筆者としては、キャッチコピーに「剃るかどうか」ではなく、「ムダかどうか」という言葉を使った点も大きいように思う。これによって、より一般的、普遍的なメッセージになっているからだ。

もうひとつは、2023年にリクルートの結婚情報サービス「ゼクシィ」が創刊30周年を記念して、渋谷駅に掲出した大型看板である。

この看板は、同性カップルや事実婚カップルなどの、マイノリティの複数カップルの写真に、「あなたが幸せなら、それでいい。」というキャッチコピーを添えたものだ。


センセーショナルだった、ゼクシィの広告(画像:ゼクシィ公式Xアカウントより)

この広告は、見方によっては挑戦的かもしれないが、渋谷区は2015年に「同性パートナーシップ条例」を施行しているし、渋谷はリベラルな若者層も多いため、その場に馴染みやすい広告だったと言えるだろう。

リアルで広告に接してSNSに投稿していた人たちの大半は、この広告をポジティブにとらえていたように見える。

やはり、この広告も「あなたが幸せなら、それでいい。」というキャッチコピーによって、性的マイノリティの啓発だけでなく、一般的、普遍的なメッセージへと昇華されている。

ただし、この広告もメディアで報道された際には、保守派の人たちから批判的な意見も出た。性的多様性自体を否定する意見は少数派だったが、「マイノリティの人を広告にして、広くアピールする必要はあるのか?」という意見は少なからず見られた。

ナイキやダヴの事例と同じで、「意見自体は否定しないが、声高に言うことではない」といったところだろう。

全体としてはポジティブな意見が優勢だったので、成功だったと言っていいが、話題が広がれば広がるほど、意図しない反応も出て来てしまうのも事実だ。

どうすれば「炎上」を避けられるのか

他にも日本で称賛された事例として、P&Gのヘアケアブランドのパンテーンが行った「#HairWeGo」キャンペーンがある。

このキャンペーンは、髪をテーマに、1人ひとりの個性を尊重するきっかけづくりを行おうとする取り組みだ。ブラック校則の見直しを促したり、就活を自由な髪で行うことを呼びかけたりと、社会活動的な側面も持った取り組みとして、高い評価を得ている。


SNSでも好意的な意見が多く、広く受け入れられたパンテーンのキャンペーン(画像:パンテーン公式サイトより)

ダヴもパンテーンも、ともにしっかりと調査を行ったうえで、それに基づいて展開されている。ダヴのほうも、メッセージの方向性自体がズレているわけではない。違いは、表現面での細かな配慮に出ているように思う。

ダヴの広告は、「リアルビューティー・キャンペーン」の流れから、グローバルな発想で展開されたものだと思うが、欧米であれば、おそらく炎上はしなかったのではないだろうか。

ある考え方を否定したり、批判したり、疑問を呈したりする表現は刺激的ではあるが、日本では批判を受けやすい。

パンテーンの「#HairWeGo」は、規制の考え方に疑問を呈するものだが、キャッチコピーも、「この髪どうしてダメですか」「さあ、この髪でいこう。」「この髪が私です。」といったもので、否定形にはなっていない。

商品の利用者やターゲット層以外の人たちにも共感されるメッセージになっていたのか否か? というのがポイントであったように思う。

【画像】むしろ知らない言葉のほうが多い? 「ルッキズムを煽ってる」と批判殺到のダヴ広告

(西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授)