怠けているわけじゃないのに…締切ギリギリまでやる気が出ない「発達障害グレーゾーン」の女性の「生きづらさ」

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いつも締め切りギリギリまで仕事をため込む人、身近にいませんか?もしかしたら、あなた自身も先延ばしの悩みを抱えてないでしょうか?

時間をうまく使えない、先延ばし癖は、発達障害の一種であるADHDに関連していることがあります。ADHD専門のカウンセリングルーム「すのわ」の代表で、臨床心理士・公認心理師の南和行さんが、ADHDの人に共通する「時間をうまく使えない、先延ばし癖」の特徴と、その対処法について解説します。今回は、発達障害の診断基準を満たさない「発達障害グレーゾーン」についても触れます。

仕事もプライベートも先延ばし、何も手につかない会社員女性の悩み

みさきさん(仮名)は28歳。最近、仕事や日常生活に多くの悩みを抱えています。特に仕事に対してやる気が湧かず、締め切りを守れないことに悩んでいます。何度も「今日こそはやろう」と思うのですが、いざ取りかかろうとするとエネルギーが湧かず、ついサボってしまうのです。

例えば、あるプロジェクトの資料作成の期限が迫っていても、どうしても手をつけられません。「やらなきゃ」と頭では理解していても、気づけばスマートフォンをいじったり、YouTubeを見てしまったり。数時間が過ぎ、ようやく取りかかる頃には締め切りが目前に迫っているという状況です。結局、ぎりぎりまで手をつけられず、内容の質が落ちてミスが増え、上司に注意されることが増えています。

このような状態が続くため、仕事への自信を失い、さらにやる気が湧かないという悪循環に陥っています。みさきさんは「このままではいけない」と感じつつも、どうしても自力では抜け出せないと感じています。

プライベートでの先延ばしがやめられない

日常生活でも、みさきさんは困ることが増えています。家事や自炊など必要なことがあっても、外部からの強制力がないと取りかかれないのです。例えば、部屋が散らかっていても、誰かが訪ねてくる予定がある時だけ掃除をする、といった具合です。自分一人のためには動けず、家事を後回しにして、洗い物や洗濯物がたまることが頻繁にあります。部屋が散らかることで、さらにストレスがたまり、行動が鈍くなるという悪循環に陥っています。

最近では生活リズムも乱れ、夜更かしが増えています。休日になると、やるべき家事や用事があっても、昼過ぎまで寝てしまい、ゲームや趣味に時間を費やし、気づけば夜になっています。その結果、食事は外食やデリバリーに頼ることが増え、余計な出費がかさんでしまうようになりました。また、慢性的な疲れを感じ、やるべきことが溜まると気分が落ち込むことも多くなっています。

さらに、物事を続けるのが苦手だと感じています。英会話などの勉強を始めても、しばらくするとモチベーションが下がり、中断してしまうことが多いです。同じく健康のために始めたサプリメントの摂取も、最初はきちんと続けられても、数週間後には忘れてしまい、続かなくなってしまいます。始めたことを長く続けられないことで、自己評価も低下しています。

遊びの計画を立てることすら面倒に感じることもあります。休日を楽しく過ごそうと思っても、計画を立てるのが面倒に感じ、結局家でダラダラと過ごすことが増えています。「やれ」と言われると抵抗感が強くなり、内心では「いやだ」と思ってしまうため、友達に誘われても乗り気になれません。

仕事も先延ばし、いつも残業の日々

仕事についても、ギリギリになるまでやる気が出ず、締め切り直前に何とか取りかかっても時間が足りず、雑な仕上がりになってしまうことがよくあります。特に、現在の部署に異動してから1年目ということもあり、新しい環境に慣れるのに時間がかかり、残業が増える悪循環に陥っています。定時は17時30分ですが、みさきさんがオフィスを出るのはいつも21時や22時です。30年後の自分を想像し、この状況が続いているかと思うと不安を感じます。

自分は発達障害のグレーゾーンではないか?

これらの自分の悩みについて、ADHDではないかと思い、ネットで調べてみました。しかし、大学時代まではギリギリでなんとか乗り切れてきたことや、現在もなんとか期限を守ってこなしていることを考えると、障害というほどではないのではないかと感じてしまいます。また、病院に行っても診断が出なければ「ただの怠けだ」と言われるのではないかという不安があり、受診することが怖くて踏み出せずにいます。

そんな中で、「診断には至らないが、発達障害の傾向に悩む人をグレーゾーンと呼ぶ」ということを知り、筆者のカウンセリングルームに訪れました。

「発達障害グレーゾーン」とは?

「発達障害グレーゾーン」とは、発達障害の診断基準には達しないものの、その傾向を持っている状態を指す俗称です。医学的な用語ではなく、正確な定義があるわけではありません。

近年、発達障害の概念が広く知られるようになり、自らを「グレーゾーン」と認識する人が増えています。発達障害の特性は、白と黒のように明確に分けられるものではなく、薄いグレーから濃いグレーまでの連続したグラデーションで表されます。実際には、完全に「白」や「黒」という人はおらず、誰もがそのグラデーションのどこかに位置しているのです。

その特性の表れ方の濃さ(グレーの濃さ)によって、発達障害の診断基準を満たすかどうかが決まります。しかし、診断基準にギリギリ達しない「やや濃いグレー」の人はどうすればよいのか、という問題が浮かび上がります。例えば、みさきさんのようにグレーゾーンに当てはまる人の多くは、発達障害の診断基準を満たす人と同じように生活に困難を感じています。

先延ばしの原因は「時間管理」の苦手さ

みさきさんの悩みの一つに「先延ばし癖」があります。これは、ADHDを持つ多くの人、そしてグレーゾーンの人々にも共通する問題です。その主な原因は「時間管理」がうまくできていないことにあります。

時間管理の専門家であり、ADHD支援を行う臨床心理士・中島美鈴先生は、この「時間管理」のつまずきを4つのステップで分析しています。

例えば、遅刻が多い、先延ばしで常に締め切りギリギリになる、ダラダラと時間を無駄にしてしまう。これらはすべて、「時間管理」がうまくできていないことが原因です。中島先生は著書「自分の時間をとりもどす時間管理大全」のなかで、この4つのステップを「すーぷもだ」という合言葉で説明しています。

スタートから完了までの4ステップ「すーぷもだ」

ステップ1:すー(スタート)- とりかかり

何事にも、スタートにはエネルギーが必要です。仕事や家事の開始時に面倒だと感じると、ネットニュースなど他の楽なことに手を出してしまい、先延ばしが起こります。ギリギリで始めた方が効率的だと思う人もいますが、実際には時間が足りなくなり、仕事の質も低くなりがちです。

ステップ2:ぷ(プラン)- 計画立て

仕事を完了させるためには計画が必要です。計画がないままにやみくもに始めてしまう、または見積もりが甘い計画を立ててしまうと、締め切りに間に合わないことが多くなってしまいます。

ステップ3:も(モニタリング)- 進み具合の確認

計画通りに進まないことはよくあります。モニタリングが苦手な人は、計画を立てた後にその進捗を確認せず、計画通りにいかないとやる気を失ってしまいがちです。また時間を気にしながら行動しないため、予定から大きくずれてしまうことも多くなります。

ステップ4:だ(脱線防止)- 集中してやり抜く

気づけば他のことに手を出している、という経験はありませんか? 時間管理が苦手な人は、思いついたことをすぐに行動に移してしまい、結果的に初めの目標から遠ざかってしまうことが多いです。まるでアクセルばかりでブレーキのない車のようです。

(自分の時間をとりもどす 時間管理大全から一部改訂)

先延ばしの問題に向き合い、1つずつ解決する

カウンセリングを通じて、みさきさんが特に困っていたのは「スタート」と「脱線防止」だと分かりました。そのため、この2つの問題に対して具体的な対策を考えていきました。以前は、何から手をつけてよいのか分からず、思考停止していましたが、自分のパターンが見えるようになることで、冷静に対策を立てられるようになりました。

スタートのつまずきを乗り越える

ADHDタイプの脳を持つ人は、行動を始めることに困難を感じることが多いです。ここで重要なのは、小さなことから始めるスキルです。

例えば、企画書を作成する際は、いきなり文章を書くのではなく、過去の資料から似たものを探す。また、部屋の片づけも2時間と考えず、まずは10分だけ下着と靴下を定位置に戻す、など小さなことから始めるのがおすすめです。

何も考えずにとりあえず動いてみるのも良い方法です。どうしてもやる気が出ないときは、「とにかく動く!」と唱えて皿を1枚だけ洗う、服を脱ぎ捨てお風呂に入るなど、小さな行動をきっかけにしてみましょう。

脱線防止は「しくみ作り」が鍵

ADHDの人は、集中力を妨げる刺激に弱い傾向があります。例えば、作業中にSNSをチェックしてしまい、気づけば数時間が経ってしまうことがありませんか? このような問題には、脱線しにくい環境を整えることで対策が可能です。

スマートフォンの通知は大きな妨げです。電源を切るか、通知をオフにして鞄にしまうのが効果的です。それでも気になる場合は、スマートフォンを一定時間操作できなくするタイムロッキングコンテナ(設定した時間ロックがかかるボックス)を使うのも良いでしょう。

また、集中できる場所に移動するのも効果的です。カフェや図書館など、人の目がある場所で作業をすると集中しやすい人も多いです。リモートワークが普及した今、自宅で集中できない場合は、自分に合った環境を見つけてみましょう。

さらに、寝不足や疲労がたまっていると脱線しやすくなります。そのような時は、まずはしっかりと睡眠をとり、リフレッシュしてから作業に取り組むことが大切です。

みさきさんの変化

みさきさんは、カウンセラーと一緒に「すーぷもだ」のステップで自分の問題を整理し、一つずつ解決策を試していきました。その結果、みさきさんは「自分の悩みは怠けているから起こっているのではないこと、適切な対策を取ることで少しずつ改善できること」を理解できるようになり、やる気が出てきたと言います。

「自分を責めるほどエネルギーがなくなり、現実逃避してしまうことに気づきました。もっと自分に優しくしようと思います」と話すみさきさんの顔には、以前の疲れが見られなくなりました。

助けを求める勇気

発達障害グレーゾーンの人は、他人に助けを求めるほどではない、自力で何とかしなければならないと考え、悩みが長期化することが多いです。しかし、こうした場合には、自分だけで何とかするという考えは脇に置いて、他人に助けを求めることを検討してみてください。悩みを抱え込むと、問題はどんどん大きくなります。勇気を出して助けを求めることで、先延ばし癖を解消して、生きやすさを手に入れることができるでしょう。

【参考文献: 『マンガで成功 自分の時間をとりもどす 時間管理大全』中島美鈴 (著), あらいぴろよ (イラスト)】

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