くら寿司の「ゴールデンクランチ巻」とGUの「樽パンツ」から学べること
物価高とインフレによって、米国の中間層の個人消費は“超・二極化”が進んでいる。日本を含めた世界経済にも波及する彼らのパワーを、日本企業はいかに利用するべきか。消費経済アナリストの渡辺広明氏がレポートする。
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【写真】「牛たたきのヤキニクソース」や「ジャパニーズマヨを添えたホタテ」といったメニューも
今回は、アメリカ市場で成功している日本企業について、ニューヨーク視察の取材をもとにレポートしていこうと思う。
私がニューヨークを訪れたのは、実は今回で2回目だった。初めて行ったのは1989年。私は大学4年生だった。
当時、アメリカの象徴的な複合施設であるロックフェラーセンターの株を三菱地所が8割取得し、タイムズスクエアで燦々と輝く広告にはCanon、オリンパス、サントリー、SONYなど日本企業の名前が踊っていた。パナソニックや東芝の家電も買われ、街にはホンダやトヨタなどの日本車も多く走っていた。これらは日本バブル経済が絶頂に達していた頃の光景だ。
しかし、その後のバブル崩壊と30年にわたるデフレ経済によって、日本企業のかつての栄光は見る影もないのはご存じのとおり。9月末に赴いたニューヨーク視察では、日本企業のロゴを見つけるのが難しいくらいだった。
とはいえ、2050年に1億人を下回ると予想されるほどの未曾有の人口減少に直面する日本にとって、海外でモノやサービスを売り、外貨を稼ぐことは経済を維持するためには必要不可欠である。日本企業が、アメリカで商売を成功させるにはどうしたらいいのか。そのヒントをニューヨークで探ってきた。
低所得層はファーストフード、中間層は「くら寿司」
まず取材したのは、国内の回転寿司チェーンで唯一アメリカへ進出している「くら寿司」である。
アメリカでは世帯年収20万ドル以上(約3,000万円以上)の富裕層が人口の約20%、世帯年収4万ドルから約15万ドル(約600〜2,200万円)の中間層が人口の約60〜70%、世帯年収4万ドル未満(約600万円未満)の低所得者層が人口の約20〜30%をそれぞれ占めているとされる。
アメリカのくら寿司は、中間所得層のど真ん中、ホワイトカラーの白人やアジア人のファミリー層をターゲットにしている。平均単価は28ドル(4,144円、1USドル=148円換算、以下同)。低所得者層の外食はファーストフードのハンバーガーやピザなどがメインで、その平均単価は15ドル(2,220円)というから、約2倍ほどの開きがある。そのため、低所得者層の顧客はほぼいない。
くら寿司はアメリカに進出してから15年が経つ。経済状況に売上が左右されつつも、順調に66店舗まで成長させてきた。今後も年20%の店舗増を粛々と進めていくという。
日本では考えにくい人気メニュー
成長の裏には、顧客のニーズに合わせたメニュー開発がある。その象徴が、アメリカでメジャーだった巻寿司の「クランチロール」をベースに、アメリカ人向けに開発したオリジナルの「ゴールデンクランチロール」だ。これは、エビマヨときゅうりを入れて、海苔を内側に巻き、ヤンニョンジャン等をベースに使用した特製スパイシーソースと甘だれをかけて、パン粉をトッピングしたメニュー。食べてみたが、日本でもレギュラー展開したらいいのにと思うほど美味しかった。
また、魚の生食に抵抗があるアメリカ人向けに「炙り」メニューを押し出した。結果、当地の人気メニューNo.1とNo.2には「炙りカルビ」と「炙りサーモンマヨネーズ」がランクインしている。
15年の歴史があるくら寿司のアメリカ展開をみれば、海外進出は日本国内でのビジネスよりも、長期的視点で考える必要があることがわかるだろう。
ユニクロは19年、GUは欧米初
私がニューヨークを訪れる1週間前の9月19日、GUの欧米初の常設店がソーホーにオープンした。
ファッションやアートの発信地として知られるソーホーは、カフェや高級ブティックが立ち並ぶエリアであるとともに、Forever21、ZARA、そしてユニクロなど大手ファストファッションも出店しているエリアである。各社は、特にトレンドを意識した商品を展開しており、ソーホーでの成功は全世界戦略の道筋をつける試金石となるのだ。
GUと同じグループのユニクロも、アメリカ初出店から19年が経つ。ニュージャージーに3店舗を出店後、売上不振でわずか2年で閉店するなど紆余曲折がありながらも、現在ではアメリカ国内に63店舗を展開するまでになった(9月30日時点)。
GUは、昨年、グローバル本部をニューヨークに設置しており、世界戦略の足掛かりとする本気度を感じさせる。その姿勢は店舗にあらわれていた。今回オープンしたソーホーの店舗では、女性のマネキンにメンズのパンツやシャツを着せるなど、性別にこだわらないジェンダーレスな装いの売り場を提案していた。また、日本の店舗とほぼ同じ商品を販売しているものの、一部製品の着丈を現地の体型に変更するなど、ローカライズさせている。
どんな体型の人でも着こなせる仕様
このグローバル本部で商品開発されたのが、バレルレッグパンツだ。これは、バレル(樽)のような曲線が特徴で、アメリカのトレンドを取り入れ、世界のどんな体型の人でも着こなせる仕様になっている人気商品だという。アジアやアメリカだけではなく、全世界でのヒットを目指す商品となっており、販売数も順調に推移しているようである。
今回のGUのニューヨーク進出は、こうした商品開発以外に、人材のグローバル化にも寄与している。商品開発やマーケティング、売り場に関わることまで、世界で活躍できる人材育成を目的としており、多様化した考えの中、世界で唯一無二の商品を提供できるブランドへの成長を目指しているそうだ。
気になった勘違い
ところで、GUなどのファストファッションの開発モデルは、Appleが iPhoneなどで展開するのと同じ“ファブレスモデル”だ。
ファブレスモデルとは、本部は商品の設計や開発に専念し、製造は労働コストの安い中国や東南アジアを中心とする国に委託するというもの。初期投資を抑え、市場の変化に柔軟に対応して品質の良い商品を適宜開発し、その後広告を打ち出してブランディングして売るスタイルだ。
製造分野が国外に流出してしまうものの、こうした知的な労働をベースに世界で利益を生むモデルは、人口減少で人手不足が予想される日本が今後目指すべき方向かもしれない。
ただ、GUの店舗を訪れていた現地の人びとにヒアリングしてみると、こうした製造事情を勘違いしている人も一定数いた。彼らは「GUやユニクロは日本国内で製造しているから安心・安全で品質がいい」と思っているのだ。これらの製造拠点の中心は中国やベトナム、バングラデシュなのだが、「日本製品は質がいい」という過去のレガシーが、GUやユニクロ人気の一因となっているようだ。
この過去のレガシーも日本企業の海外ビジネスを支えるひとつだが、各国の製造レベルはほとんど同水準になってきている現在、その恩恵は長くは続かないだろう。
アメリカは外せない
今回は訪問していないが、エンターテイメント複合施設を展開する「ラウンドワン」も北米に52店舗を出店している(10月5日時点)。この中で、売上の74%を占めているのがクレーンゲームを中心とするゲームビジネスだ。アメリカでは絶好調のようで、ラウンドワンは今後200店舗まで増やす予定だという。
このところ、日本企業の海外進出は、経済成長が著しい東南アジア諸国が中心となってきた。しかし、来る人口減少時代の外資獲得手段としては、世界の個人消費の30%前後を占めるアメリカをターゲットとして外せないのではないだろうか。
アメリカは、戦略的パートナーシップを結ぶ友好国ということもあり、今後はますますアメリカ市場を見据えたビジネスが大事になっていきそうだ。
渡辺広明(わたなべ・ひろあき)
消費経済アナリスト、流通アナリスト、コンビニジャーナリスト。1967年静岡県浜松市生まれ。株式会社ローソンに22年間勤務し、店長、スーパーバイザー、バイヤーなどを経験。現在は商品開発・営業・マーケティング・顧問・コンサル業務などの活動の傍ら、全国で講演活動を行っている(依頼はやらまいかマーケティングまで)。フジテレビ「FNN Live News α」レギュラーコメンテーター、TOKYO FM「馬渕・渡辺の#ビジトピ」パーソナリティ。近著『ニッポン経済の問題を消費者目線で考えてみた』(フォレスト出版)。
デイリー新潮編集部