日本では報じられない…米副大統領候補のテレビ討論で明らかになった「リベラル」の「意外な落とし穴」!

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2028年の候補、ヴァンスの奮闘

アメリカ大統領選挙に向けての、民主・共和両党の副大統領候補によるテレビ討論会が10月1日(現地時間)行われた。民主党がウォルズ、共和党がヴァンスである。

今回の討論会は、討論会の名にふさわしい冷静な議論が展開され、アメリカ人の間でも高評価のようだ。そしてこれをもたらしたのは、ヴァンスの冷静な姿勢にあったのではないかと思う。

そしてこの討論会でのヴァンスの発言を通じて、トランプに対する誤解を解くのにも大きく貢献したのではないか。こうした点で、大統領選挙に対する影響も意外と大きいと思われる。

なお、ヴァンスはトランプが自分の後継として考えている人物で、2028年の大統領選挙での共和党の最有力候補と目されている。ヴァンスがどういう人物かを知ることは、今後のアメリカを見るうえでも重要になるだろう。

今回の主催はCBSで、トランプとハリスの大統領候補討論会を主催したABCと同様に司会は明らかに民主党寄りだった。

司会のふたりとウォルズの3人を相手に、ヴァンスがひとりでどう戦ったかを知ることは、トランプの考えを偏見なく理解することにも、アメリカの主流派メディアがいかに党派的な報道を行っているかを知ることにも、大いに役に立つと私は思う。

ハイチ「合法移民」のカラクリを暴露

議論されたすべての項目を扱うと、膨大な分量になるので、ここでは扱われた話題を絞ったうえで解説させてもらいたい。

まずは移民問題だ。司会者はヴァンスにアメリカに不法入国した親を強制送還して、その親のもとでアメリカで生まれた子どもたちと引き離すようなことをやるのかと尋ねた。アメリカで生まれた子どもたちにはアメリカ国籍が付与される一方、不法入国した親を強制送還するのは、非人道的ではないのかというわけだ。

これに対してヴァンスは、バイデン政権のもとで強制送還を停止し、不法移民を非犯罪化することが進み、合成麻薬のフェンタニルがアメリカに大量に入っているが、この「出血」をまずは止めることが必要ではないかと訴えた。その上で、質問された家族の分離については、不法入国者のうち32万人の子どもの行方がわからなくなっていて、売春婦にさせられたり、麻薬の運び屋にされたりしていることを、指摘した。入国した子どもたちが32万人も親から引き離されているのに、こちらを不問にしたまま、強制送還によって親子が切り離されるかもというところだけを扱うのはおかしいのではないかという提起だ。

これに対してウォルズは、子どもたちが麻薬の運び屋にされているなんてウソだといいながらも、その根拠を示さなかった。そのうえで、移民がペットなどを食べているとトランプが話したスプリングフィールドの話に、話題を切り替える動きに出た。

これに対してヴァンスは、スプリングフィールドの話は、移民がどんどん入ってくることによってアメリカ国民の暮らしが壊されていることではないかと突いた。これは不法移民の増加によって公共サービスが制限されたり、治安が悪化したりしていることに、疑問を感じている多くのアメリカ人の感覚とマッチするものだったろう。

ここで面白いことが起こった。司会者がスプリングフィールドのハイチ移民は合法移民だと語って、あたかもヴァンスが合法移民すら排除しようとする排外主義者であるかのような印象を与えたうえで次の話題に移ろうとした時に、ヴァンスはその司会者の動きに割って入った。司会者が自分の発言のファクトチェックをするなら、自分も司会者をファクトチェックさせてもらうというのだ。

実はハイチ移民が「合法移民」だとされていることにはからくりがあり、ハイチなどの特定国の不法移民がアメリカに入国する際に、「CBP One」というアプリを使って事前に入国申請しさえすれば、不法移民扱いにしないということが、バイデン政権では行われるようになっているのだ。統計上不法移民の数を減らすためにバイデン政権が作り上げた抜け道である。

この CBP One の話を持ち出して、グリーンカード申請をして10年間待って永住権を獲得した合法移民と、ハイチ移民はぜんぜん違うという点をヴァンスは主張した。この点についてヴァンスはさらなる説明をしようとしたが、司会者はヴァンスの音声をカットして、これ以上の主張をさせないようにした。

主流派メディアはこうしたからくりについてまともに報道せずに、最近はバイデン政権の取り締まり強化によって不法移民の数が減っているという印象を与えてきた。この裏事情がバレるのを司会者は避けたかったのだろう。

中絶を巡るファクトの攻防

次に中絶についての話を取り上げよう。

ウォルズは、州ごとに中絶規定が違うために、中絶に厳しい州から中絶に寛容な州に州を越えて中絶手術を受けようとして、移動の負担から命を落とした女性がいたとし、州ごとに中絶政策を決めればいいとするトランプのあり方を批判した。

これに対してヴァンスは、ウォルズの主張に敢えて反論せず、この女性に寄り添う姿勢をまずは示した。そのうえで、ウォルズが知事を務めるミネソタ州では、中絶作業を生き延びて生まれてきた赤ちゃんに対して、救命するケアを提供しなくていいとしていることを具体的に指摘し、それは野蛮ではないのかと問いかけた。

親が望まなくても、生まれてきた以上はすでに人間として認め、その生存権を認めるべきではないのか、生まれてきても救命ケアを提供しなくていいというのは、親の都合で赤ちゃんを殺していいということになるのではないかという問いかけだ。

これに対してウォルズは、ヴァンスは法律を誤読していると反論したが、ヴァンスはどこを誤読しているのかを具体的に指摘してもらいたいと詰め寄った。ウォルズはその点は前回の討論会で指摘されているとの逃げを打ち、具体的にどこをどう誤読しているのかについては触れなかった。なお、私はミネソタ州の規定を読んでいるが、ヴァンスが法律を誤読しているとは思っていない。

ちなみに、ウォルズが持ち出した、州を越えて中絶しようとして、移動の負担から命を落としたとされる事例は、実際には中絶手術のミスによる敗血症で死亡したケースであり、移動の負担で亡くなったものではない。またこうした医療ミスは、実はオバマ政権とバイデン政権の下で進められた中絶手術の規制緩和にこそ原因があったと見るべきものだ。中絶手術後に医師による2回の診察を不要としたことによって、医療ミスが見過ごされる結果になったのだ。ウォルズは自らの立場を有利にするように事実を捻じ曲げていたのだ。

どちらが民主主義の立場に立っているか

次に民主主義の状態についての話を取り上げる。

司会者は2020年の大統領選挙において、トランプ陣営が選挙結果に異議を唱えて62件の訴訟を起こしたが、裁判官たちはこうした訴訟を却下し、すべての州知事がそれぞれの州での選挙結果を認証したことを話した。そのうえでヴァンスがこの時に選挙結果を認めない立場に立ったことは違憲ではないか、今回同じようなことが起きても同じように動くのかと尋ねた。

これに対してヴァンスは、自分やトランプが問題にしたのは、公明正大に選挙不正があったかどうかを議論しようということだったとし、アメリカにあるのは検閲の脅威だとした。

カマラ・ハリスが仲間のアメリカ人を議論して説得するのではなく、検閲によって異なる意見を排除しようとしている点が問題なのだ、この点ではもともと民主党だったロバート・ケネディJrやトゥルシー・ギャバードも同じ思いを持っていて、その立場からトランプ側に付いたことを、ヴァンスは語った。

これに対してウォルズは、トランプは選挙で敗れたのに、それを認めなかった、重要なのは議事堂襲撃事件を否定することなのだと主張した。さらに、誰かを殺すと脅したりするような言論を封じるのは検閲ではないと主張した。

このウォルズの主張は、明らかにすり替えだ。選挙結果に不正があったんじゃないかと主張することは、誰かを殺すと脅したりするような言論では全くない。一般のアメリカ国民の中にも、この件については今なお疑っている人たちはたくさんいる。例えば前回の大統領選挙では、開票の途中で、突如バイデンの票だけが一方的に増える「バイデン・ジャンプ」と呼ばれる不可解な展開すらあった。トランプ側が提起した問題一つ一つについて、バイデン側が誠実に対応する姿勢を示さなかったことに、選挙不正問題がこじれた根源があると私は思っている。

ワクチン言論封殺は検閲か

だが、ヴァンスはこうした点を敢えて衝かず、新型コロナウイルス感染について政府の主張と異なった言論を封殺したのは検閲ではないのかと、ウォルズに対して尋ねた。

ワクチンの有効性に疑いを持つことは許されず、ワクチンの接種をしないとできなくさせられる仕事も数多くあった。マスクの有効性に疑いを持つことも許されなくなり、マスクの着用が強制させられた。これらについてSNS上で異議を唱えることも許されなくなった。多くのアメリカ国民が疑問に思ってきたことを、ヴァンスは取り上げたのだ。

これを悪質な質問だとウォルズが拒絶したのを受けてヴァンスは、米国の民主主義の下で最も神聖な権利は合衆国憲法修正第1条(信教、言論、出版、集会、請願などの自由を規定した条文)だとし、政府とビッグテックの力を利用して、人々が自分の考えを話すのを黙らせようというのは民主主義への脅威ではないか、民主党であれ共和党であれ、政府の見解と異なった意見を容認し、議論によって優劣を決めるべきではないか、と主張した。これは正論ではないか。

ヴァンスはワクチンの話題しか出していないが、実際にはワクチンだけの話ではない。トランプ側の主張を否定するなら、事実でないことをどんどん持ち込んでも許される一方、トランプ側の主張は常に捻じ曲げられて解釈され、魔女狩りのように叩かれるようになっている。表面的には公平に扱われているような外観を呈するように細工をしながら、実は全然公平に扱われていない。特定の方向の議論のみが正しいとあらかじめ決められていて、それとは対立する議論は排除される。そのあり方に、多くのアメリカ人が気づくようになってきた。そしてこれが今のアメリカの最大の問題である。

そしてこの副大統領候補討論会もこの構図の中で展開されている中で、ヴァンスは冷静に議論を運び、その構図に飲み込まれないで打ち返した。

なお、このアメリカで起こっていることを、対岸の火事のように考えないでもらいたい。

私が解説した副大統領候補討論会の実際について、日本の主流派メディアで扱っているところはあっただろうか。おそらくは実際の討論がこういうものだったということを、この記事を見るまで知らなかったという人がほとんどなのではないか。日本の主流派メディアにおいても、実は同じような流れにあるのだ。

人は弱者に寄り添う「リベラル」という立場は、正しい方向性だと思い込みやすい。だがそこには思いがけない落とし穴があることを、多くの人に知ってもらいたいと思う。

■参考:「リベラルの正体」 茂木誠×朝香豊・共著

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