(写真:海と猫/PIXTA)

狩猟で手に入った獲物は、家庭でどのように食べられているのでしょうか。

イラストレーターの服部小雪さんは、閑静な住宅街にある自宅で、シカをさばいたり、ニワトリを卵から育てたりする生活をしてきました。夫は、サバイバル登山家として知られる服部文祥さん。服部家では、狩猟のシーズンは、スーパーで肉を買うことはほとんどありません。シカ、イノシシ、時にはヌートリアが、子どもたちのお弁当になることもあったそうです。

生き物を獲り、命をいただく日常を、服部小雪著『はっとりさんちの野性な毎日』から抜粋して、紹介します。

トレーに入っている肉はとても便利

鹿やイノシシが丸ごと一頭手に入ると、やったあ、これでしばらく生きられる、と素直に嬉しい。解体のときも食べるときも、自然にみんながニコニコして沸き立っている。でもそれは、日常の光景ではない。狩猟で生計を立てているわけではなく、あくまでスペシャルなことだ。

矛盾したことを言うようだが、売られている肉はおいしい食べ物だ。鶏肉の唐揚げ、豚肉と青菜の炒め物。昔から慣れ親しんできた味は、私たちをほっとさせる。皮肉にも、野生肉を食べていたら、そのことに気がついた。

文祥が不在の夜。ブラックコユキが舞い降りてきて、いそいそと豚バラ肉と白菜の鍋を作る。子供たちが「豚肉ってさ、よくできているよね」としみじみと言った。確かに、と私は力強くうなずいてしまう。

人間が飽きずに買い求めるように、肉は作られている。トレーに入っている肉を改めて見ると、すぐに料理ができるように薄くスライスされて小分けにされており、味にハズレがない。お金さえ出せば、手を汚すことなくこんな便利な肉が手に入る誘惑にはなかなか勝てない。もしや私たちも、貨幣経済に飼いならされている家畜なのだろうか。

命をいただく後ろめたさ

『いのちをいただく』(西日本新聞社)という本がある。原案者の坂本義喜さんは熊本の食肉加工センターで働いている。坂本さんの息子、小学校3年生のしのぶ君は、授業参観の日、社会科のいろんな仕事という授業で父親の仕事を「肉屋です」と発表した。

しのぶ君は学校の帰り際、担任の先生に呼びとめられた。

「坂本、何でお父さんの仕事ば普通の肉屋て言うたとや?」

「ばってん、カッコわるかもん。一回、見たことがあるばってん、血のいっぱいついてからカッコわるかもん」

「坂本、おまえのお父さんが仕事ばせんと、先生も、坂本も、校長先生も、会社の社長さんも、肉ば食べれんとぞ。すごか仕事ぞ」

先生の言葉は、しのぶ君にとってどんなに嬉しかっただろう。しのぶ君は家に帰ると「お父さんの仕事はすごかとやね」と言った。坂本さんは動物を殺す仕事が辛くてやめたいと思っていたが、息子から思いがけない言葉をもらい、もう少し続けてみようかなと思う。

しのぶ君の担任の先生の言葉に、私は心を打たれた。狩猟をすることも、解体をすることも大変な仕事だ。文祥がそれらを自らに課している姿を見ているうちに、動物の命をもらって生きていること、私の代わりに、今日も誰かが、動物を殺す仕事をしていることを想像するようになった。


(イラスト:『はっとりさんちの野性な毎日』より)

とはいえ、殺すことには後ろめたさがつきまとう。鹿の解体後、ウッドデッキに鹿の生首が転がり、ベランダの柵に鹿の生皮がべろんとかけられているのを見ると、げんなりする。散歩で通りかかった犬が鹿の血の匂いに反応し、キャンキャン吠えている。「ほら、な〜に、やめなさい」。飼い主さんがうちのウッドデキをのぞいて、ギョッとしたのが気配でわかる。

夫が会社に行ってしまうと、私はそれらをこっそり人から見えない場所に隠す。

ヌートリアをお弁当

苦労して大型動物を仕留めて持って帰ってくる人と、それを受け取って食べるだけの人の間には、意識の差がある。

生協の宅配が届いた日、私が留守にしていたので文祥が発泡スチロールの箱を開けて食品を冷蔵庫に移した。すると、豚肉や鶏肉のパックが出てきた。

「肉、たくさん買ってるね」。帰宅後、イヤな予感が当たり、やはりイヤミを言われた。「たくさん鹿肉があるのに、どうして肉を買うの」

「いやー、だってさあ、お弁当もあるし」とごまかすが、どうも気まずい。

「鹿だけだと、やっぱり飽きちゃうのよ」

「じゃあ、鹿、イノシシ、ヌートリアって回せばいいだろう」

「ヒーッ」


そうこうしているうちに、文祥が岡山県の川でヌートリアを8匹も狩ってきた。今、ヌートリア猟がマイブームらしい。かんべんしてください、と私は思った。これまでにもヌートリアの肉を何度か食べたが、“ネズミ味”はあまりおいしくない。有蹄目の鹿は食料としてわりとすんなり受け入れたが、ヌートリアとなるとグッと人間に近い種という気がする。どこかの国ではごちそうだというから、これも習慣の問題なのだろう。

冷たく横たわっているヌーさんたちに申し訳なく、さすがに肉を買っている場合でも、文祥に文句を言っている場合でもなくなった。思いきってヌートリア唐揚げをたくさん作って、お弁当のおかずにも入れてみた。

帰ってきた子供に感想を聞くと、「いつもと同じ。普通においしかったよ」と言う。よし、と思った。

娘は中学校で、長男は都会の予備校で、父親が獲った大ネズミの唐揚げを食べていると思うと、なかなかいいな、とにんまりした。

【おまけ はっとり家の野性肉料理ベスト3】
1位 鹿ロースト 余熱でじっくり火を通すと固くならない。
2位 鹿ギョウザ ニンニク・ネギ・パクチーをたっぷり入れて!
3位 イノシシ汁 イノシシは圧力鍋でやわらかく煮てから加える。


(イラスト:『はっとりさんちの野性な毎日』より)

(服部 小雪 : イラストレーター)