登場人物のほとんどは騙された「被害者」…”地面師事件”の捜査を難航させる「複雑すぎる」手口

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ハウスメーカー、デベロッパーとして国内最大手の積水ハウスが、50億円以上ものカネを騙し取られた2018年の「地面師詐欺」事件は、いまも多くの謎に包まれている。15人以上の逮捕者を出す大捕物になったものの、不起訴になった容疑者も多数いて、公判でもすべてが明らかになったとは言い難い。

このたび、事件をモデルにしたドラマ「地面師たち」(原作・新庄耕)の配信がNetflixでスタートし、大反響を呼んでいる。ノンフィクション作家・森功氏の文庫『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』には、ドラマでは描かれなかった数々の知られざる事実が記されており、その内容を10回連続で公開する。

『地面師』連載第9回

『ニセ地主の「ひとこと」で地面師詐欺が発覚…「積水ハウス事件」を間一髪で回避した不動産会社が気が付いた「違和感」』より続く

全員が被害者を主張

海喜館の不動産登記簿で確認すると、そこには小山本人やその関係先とすぐにわかる会社は出てこない。「IKUTA HOLDINGS」という会社が、持ち主の海老澤佐妃子から海喜館を買い取り、積水ハウスに売却を仲介した形になっている。

まずIKUTA社が17年4月24日、ニセの海老澤佐妃子と売買予約という形で所有権移転の仮登記をし、さらに同じ日付で、積水ハウスがIKUTAと売買予約契約を結んでいる。IKUTAが海喜館の売買の仲介窓口として、積水ハウスに売り渡す契約を交わしたわけである。なぜそんな手間を踏んだのか。

地面師詐欺では、はじめに不動産ブローカーや事件師が蠢き、そのあと小さな仲介業者が出てきて実際に開発を手掛ける大手不動産業者に物件を売り渡すパターンが多い。中間業者がいくつも登場するケースも少なくない。最初の不動産ブローカーを含めたそのなかの誰かが、なりすまし犯を仕立て上げる地面師である。

もっともいざ事件として発覚すると、そこにかかわった登場人物の多くは、自分たちもニセ地主だと気づかずに騙された被害者だと主張する。それも捜査が難航する理由だ。

前述したように、海老澤佐妃子には名取弘人、㓛という異母弟の法定相続人が存在した。佐妃子自身が異母弟の存在を知っていたかどうか、そこはいま一つ定かではないが、2人には海喜館を相続する権利がある。そこへ降って湧いたように起きたのが、今度の事件だ。

「仮登記抹消」の請求訴訟

繰り返すまでもなく、ニセの海老澤佐妃子と海喜館の売買予約契約を交わし、法務局で登記簿に仮登記したのが、IKUTAである。登記簿上、売買予約を済ませ、取引窓口になったIKUTAは、近藤久美(35)という女社長が代表取締役となっているが、会社のオーナーは生田剛(46)という。この2人もまた、偽造有印私文書行使などの容疑で逮捕された。取引の直接窓口となった中間業者である。

佐妃子の異母弟として海喜館を相続したはずの名取兄弟は、IKUTAに所有権移転の仮登記を外してもらわなければ、海喜館を自由にできない。が、善意の第三者を主張するIKUTA側は、なりすましの事実が判明してなお、「当時はニセ佐妃子が真の所有者だと信じていた」と仮登記の抹消手続きに応じなかった。

そこで名取兄弟は売買予約の「仮登記抹消」の請求訴訟を起こしたのである。訴訟は彼らが逮捕されるまで続いた。もとよりIKUTA側の主張はでたらめだが、現場で何があったか、裁判によりことの経緯を知ることはできる。

この民事裁判資料を参考にしながら、海喜館がいかにして地面師たちの手に落ちたのか、その詳細を追ってみた。

『「地面師」グループ内での取引先をめぐる対立…有名デベロッパーの元財務部長が「積水ハウスなんてちょろい」と言い切ったワケ』へ続く

「地面師」グループ内での取引先をめぐる対立…有名デベロッパーの元財務部長が「積水ハウスなんてちょろい」と言い切ったワケ