スナック菓子に含まれる食品着色料を塗って「皮膚を透明にして内臓を見る技術」が開発される
「皮膚を透明にする」と聞くと、まるで荒唐無稽なSFや超能力のように感じるかもしれません。ところが、スタンフォード大学の研究チームは一般的なスナック菓子やシロップなどに使われる食品着色料を使い、「生きているマウスの皮膚を透明にして、内臓の動きを観察する」という技術の開発に成功しました。
Achieving optical transparency in live animals with absorbing molecules | Science
Researchers Create Solution That Makes Living Skin Transparent - News Center | The University of Texas at Dallas
https://news.utdallas.edu/science-technology/yellow-dye-solution-transparent-skin-2024/
Transparent mice made with light-absorbing dye reveal organs at work
https://www.nature.com/articles/d41586-024-02887-4
Scientists just made mice 'see-through' using food dye - and humans are next | Live Science
https://www.livescience.com/health/anatomy/scientists-just-made-mice-see-through-using-food-dye-and-humans-are-next
光が屈折率の異なる2つの材料の境界に当たると、光は方向を変えるか散乱してしまうため物質は不透明に見えます。人間を含むさまざまな動物の皮膚や筋肉は、タンパク質や脂肪、体液といった屈折率の異なるさまざまな物質がぎっしり詰まっているため、皮膚から中が透けることはありません。
スタンフォード大学の研究チームは、「生体組織に光を強く吸収する染料を染み込ませることで、組織を構成する物質ごとの屈折率のギャップを埋め、透明にすることができるのではないか」と考えました。
研究チームのアイデアを図示したものが以下。通常、皮膚に入った光は、皮膚を構成するさまざまな物質の屈折率の違いにより散乱するため、皮膚の下を透かし見ることはできません。ところが、染料を添加して皮膚全体の屈折率を一定に近づければ、皮膚が散乱せず中身が透明に見えるというわけです。
まず研究チームは、理論物理学を使用して特定の分子がマウスの組織と光の相互作用をどのように変えるのかを予測し、いくつかの候補を絞り込みました。その中から、スナック菓子やシロップ、ゼリー、化粧品など多様な食品に使われる着色料であるタートラジン(黄色4号)を選びました。
論文の共著者であり、スタンフォード大学で材料工学の助教を務めるGuosong Hong氏は、「タートラジンを水に溶かすと、水がまるで脂肪のように光を曲げます」と述べています。水分と脂質を含む皮膚のような組織にタートラジンを添加すると、液体成分の屈折率が脂肪と一致するため透明に見えるというわけです。
実際に研究チームは、生の鶏むね肉を薄くスライスしたものにタートラジンを塗り込み、透明になるかどうかを調べました。すると、以下のようにタートラジンを塗る前はむね肉の下にある文字がぼやけていましたが、タートラジンを塗ると透明になって下の文字がはっきり見えるようになりました。
その後、研究チームは生きたマウスの頭皮にタートラジン溶液をこすりつけ、透明になるかどうかを実験しました。その結果、染料が皮膚に完全に拡散すると、マウスの頭皮は中が透けて見えるようになりました。研究チームはマウスの頭蓋骨の表面を流れる血管を、0.001ミリメートルの解像度で見ることができたと報告しています。
さらに、同様の実験をマウスの腹部でも行ったところ、わずか数分以内に溶液が浸透して肝臓・小腸・膀胱(ぼうこう)などの臓器を明確に識別できるようになりました。研究チームは腸の筋肉が収縮したり、心臓の鼓動に伴う内臓の微妙な動きも見ることができたとのことです。
以下の画像をクリックするとモザイクが外れて、研究チームが観察した「透明になった腹部の皮膚を透かして見える内臓」の写真を見ることができます。写真はかなり生々しいため、閲覧する時は注意してください。
この方法は可逆性があり、マウスの皮膚を水ですすいで染料溶液を取り除くことで、皮膚の透明度を元に戻すことができました。また、体内に吸収された過剰なタートラジンも、塗ってから48時間以内に尿中へ排出されたとのことです。研究チームは、染料溶液の塗布が短期的に「最小限の炎症」を引き起こしたものの、健康への長期的な影響はなかったと報告しています。
研究当時はスタンフォード大学の博士研究員であり、記事作成時点ではテキサス大学ダラス校で物理学の助教を務めているZihao Ou氏は、「染料に生体適合性があること、つまり生物にとって安全な点が重要なのです。さらに、この染料は非常に安価で効率的で、それほど多くの量は必要ありません」と述べています。
今回開発された方法は、まだ人間ではテストされていません。人間の皮膚はマウスより数倍分厚いため、タートラジンが深い層まで吸収されにくいとのこと。しかし、将来的な研究で同様の方法が人間でも使用可能だとわかれば、有用な医療ツールになる可能性があると研究チームは期待を寄せました。