2024年8月11日(日)・12日(月)に武蔵野市で開催された「ANIME FANTASITA JAPAN 2024」で、「『フリップフラッパーズ』から『ルックバック』へ――理想の制作システムをめぐって」と題したトークが行われ、『ルックバック』原動画や『フリップフラッパーズ』で原画を手がけた井上俊之さん、『フリップフラッパーズ』『ルックバック』監督の押山清高さん、『フリップフラッパーズ』キャラクターデザイン・作画監督の小島崇史さんがトークを繰り広げました。特に中心となったのは、演題にもなっている「理想の制作システム」で、井上さんは、作画監督が原画上がりを描き直す現状の制作システムを変える必要があるのではないかと問題を提起していました。

アニメ・ファンタジスタ・ジャパン2024

https://anime-fantasista-japan.jp/

左から、イベントに登壇したモデレーターの高瀬康司さん、押山清高さん、小島崇史さん、井上俊之さん。



◆小島さんの仕事の速さ

今回のイベントに登壇した3人は2016年に放送されたTVアニメ『フリップフラッパーズ』、そして2024年6月28日(金)公開の劇場アニメ『ルックバック』で一緒に仕事をしています。

井上さんが小島さんの名前を意識したのは、2014年10月〜2015年3月にかけて放送されたTVアニメ『四月は君の嘘』での「一人原画」回。

「四月は君の嘘」第3弾トレーラー - YouTube

井上さんによれば、1つの話数の原画をすべて1人で描く「一人原画」は、かつてはそれなりに行われていたことなのですが、井上さんらの世代のころに絵と動きの密度が上がり、1人で1話分描くのは難しくなっていったとのこと。

小島さんは「1回、1人でやってみたい」と思って立候補したもので、影響として、『ハチミツとクローバー』での竹内哲也さんの一人原画に触発されたと語りました。

作業期間は「リテイクを含めて4カ月」で、この速度に井上さんは「人間離れしているところがある」と舌を巻いていました。井上さんも凄腕アニメーターとして知られていますが、「1カ月で半パート描ければ1人前だけれどできなかった」とのことで、80年代の絵と動きの密度ですら難しかったのに『四月は君の嘘』の絵と動きの密度で「一人原画」を実現したのはすごいと、小島さんを絶賛しました。小島さんによれば、演出の石浜真史さんが「フローを止めずにどんどん出してくれる人」だったことにも助けられたとのこと。



「一人原画」経験のある押山清高さんは、自分自身の絵については「線の精度が高くない」と評し、デジタル環境だと消しゴムがかけやすいので「描いて、消して」を素早く行うことで、結果的に早く上げていると語りました。

他方、かつて『電脳コイル』作業時に後ろの机だったのでのぞき込んだ経験がある井上さんの絵は「線はゆっくりだけれど、確実な線を最小限のタッチで描いているので早い」とのこと。これについては井上さんも「早い感じはしないように見えるけれど、ロスを少なくすることで早くしている」と認めました。

そして押山さんは小島さんの絵について、「自分だとがんばって急いでいるなという絵になるけれど、そうならないのがすごい」「早い上に精度が高い」と高く評価しました。さらに、小島さんの場合、この作業をタイムライン機能がないのでパラパラめくることができないはずのSAIというソフトウェアで実現しています。なお、小島さんは「あまり紙に触りたくない」「机の上が消しゴムのかすで汚れない」などの理由から、デジタル環境を愛好しているとのことです。



◆原画の線をそのまま用いる『ルックバック』の原動画

藤本タツキさんの漫画を原作とした劇場アニメ『ルックバック』は、押山さんが監督を務めた作品で、原画をそのまま動画として使う「原動画」というシステムが取り入れられています。

井上さんによれば、序盤に押山監督からあった修正は、そこまでリアル調にはしないような印象を受ける内容で「そういうラフなテイストなのか」と思っていたら、後半は押山さんが乗ってきたのか、リアルなしっかり目のテイストになっていたそうです。

この話に押山さんは、作品制作の序盤は他のスタッフが入らず井上さんと2人での作業だったため、井上さんの絵が判断基準になってクオリティレベルが上がっていったと述べ、また、自らも原画を描き続けているうちに腕が磨かれていったのかもしれないと語りました。

ちなみに、押山さんは本作で、藤野のスキップシーンや机に向かっているシーン、藤野と京本の青春シーンなどの44カットで、原動画1000枚を1週間で描いています。これには小島さんも「人知を超えている」と絶句していました。

「ルックバック」公開記念新PV - YouTube

◆理想の制作システム

井上さんによれば、日本のやり方を踏襲したような事例を除くと、海外には「原画マンの絵を直す人」という意味での作画監督はおらず、原画マンが描いた絵や動きを作画監督が修正するのは日本特有の作り方なのだそうです。

一部の欧米作品では、メインスタッフがレイアウトの時点で「キーポーズ」という、原画よりも少ない枚数の簡易的なラフを入れるシステムで作られており、原画マンはそのレイアウトとキーポーズを元に描くことで、絵柄や動きに統一感を持たせることができるといいます。

『羅小黒戦記』や『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』などの作品を井上さんが確認したところ、「原画を部分修正するようなやり方ではこうはならない」と考えられるそうです。

作画監督が原画を修正するのは時間がかかるし、お金の使い方としてももったいないという井上さんは、こうした欧米流の制作システムを日本の現場にも取り入れる必要があるのではないかと語りました。

井上さんの主張に対して押山さんは、「それを実現するだけの数の優秀なスタッフを集めるのは難しいのではないか」と反論。井上さんのようなアニメーターが現場にいるのであれば任せられるものの、どの現場でもそうとはいかない以上、現場ごとに最適解を探るしかなく、理想としては制作会社間で人を奪い合ってもしょうがないので「制作期間を延ばす」しかないのではないかと意見を述べました。



井上さんは、レイアウトを描くメインスタッフを集めることが難しいという押山さんの意見に同意しつつ、それでもなんとかして今のやり方を変えていけないかと考えている様子でした。

なお、書籍「井上俊之の作画遊蕩」にも、制作システムについて井上さんが名だたるアニメーターたちと意見を交わす様子が収録されています。