イタリアで台湾のスナイパーが狙撃を行いヨーロッパを逃亡。同時に台湾では軍人の不審死が続き、警察が捜査に乗り出す--壮大なスケールで描かれる『炒飯狙撃手』(張國立・著、玉田誠・訳/ハーパーブックス・刊)。2000年代を代表するスナイパー映画『ザ・シューター/極大射程』(監督:アントワン・クーフア)を彷彿とさせるような台湾生まれのアクションサスペンスを紹介する。

 

徹底的にディテールにこだわる

イタリア・マナローラで炒飯の屋台を営んでいる・小𦫿(がい)。台湾の潜伏工作員である彼は、指令によりローマのトレヴィの泉で、台湾政府の高官・周協和を狙撃する。マナローラに戻った小𦫿だが、その夜、何者かに襲撃される。追っ手を逃れるため小𦫿はイタリアから・ハンガリー、チェコとヨーロッパを横断。誰が自分を狙ったのか、その理由は何なのか……。

 

一方、退職を12日後に控える台湾刑事局反黒科の刑事・老伍は、基隆(キールン)で起きた海軍士官長・郭為忠の死亡事件を調べていた。軍部は自殺にしたいようだったが、老伍は殺人の可能性を示唆する。さらに、陸軍司令部の邱清池の射殺体が海岸沿いで発見される。老伍は二つの事件の関連があるとにらみ捜査を開始する。

 

本作は、台湾とヨーロッパ、老刑事と若きスナイパーという二つの場所、二つの視点で交互に物語がテンポよく展開していく。映画を観るような感覚で読者を物語世界に引き込んでいくのが、モノに対する細かい描写だ。「ノキア7610」「アディダスのスポーツバッグ」「BOSSのカジュアルジャケット」など、それほど重要でないモノのメーカー名まできっちり明記される。当然、スナイパーが主人公なだけに、銃に関する描写はくどいほど細かい。

 

一般的にスプリングフィールドM21と呼ばれる狙撃銃には、MK14やMK25という改良型もあるが、彼はいまだにそれをM14と呼んでいた。(中略)一九六九年に、アメリカ軍は正式にM1をM14に切り替え、同時にM14は九倍率スコープを搭載したM21スナイパーライフルに改修された。

『炒飯狙撃手』より引用

 

台湾のグルメガイドにもなる!?

さらに、モノの描写以上にこだわりを感じるのは「食」だ。台湾パートでは登場人物たちは必ず何かを食べている。思いつくままに列挙していくと、牛捲餅、燒豬頭(豚の頭焼き)、刈包(豚角煮バーガー)、蘿蔔糕(大根餅)、豆乾肉絲(岩豆腐と豚肉の中華炒め)……。銃の描写以上に様々な料理が登場し、緊迫した展開のなかで、読者の胃袋も刺激していく。

 

また、文中では、「基隆の夜市で栄養三明治(サンドイッチ)でも買ってこようか」、「鼎泰豐の炒飯はうまい。何より一粒ひと粒のご飯がしっかりしていて噛みごたえがある」といった記載もあり、台湾のグルメガイドとしても楽しめる。タイトルでもある「炒飯」についても当然ながら紙面が割かれる。

 

炒飯ほど素晴らしいものはないのではないか。うまいだけじゃない。簡単につくれる。炒め方が上手いか下手かも関係ない。ただひたすら練習あるのみだ。

『炒飯狙撃手』より引用

 

ここからさらに、小𦫿が作り出したサラミ入り炒飯の作りかたが丁寧に描かれ、読んだあとにすぐに作りたくなること請け合いである。

 

微に入り細を穿つこういった描写が苦手な人もいるかもしれないが、物語のリズムをそぐようなことはないし、細かければ細かいほど作中の映像が思い描きやすくなり、作品世界に没入できる。

 

物語は、軍の暗躍、黒社会の関与などがわかり、分かれていた小𦫿と老伍の道が徐々に交わっていく。ややご都合主義的なところ(老伍の息子のハッキング技術など)もあるが、スナイパー小説としても、スパイ小説としても、さらにグルメ小説としても楽しめる一読で三度おいしい、絶品のエンターテインメント作品である。

 

【書籍紹介】


炒飯狙撃手

著者:張國立(著)、玉田誠(訳)
刊行:ハーパーブックス

イタリアの小さな炒飯店で腕を振るう台湾の潜伏工作員、小艾はある日命令を受け、ローマで標的の東洋人を射殺する。だが根城に戻ったところを何者かに襲撃され、命を狙われる身に。一方、定年退職を12日後に控えた刑事老伍は、台湾で発生した海軍士官と陸軍士官の連続不審死を追っていた。やがて遺体に彫られた“家”という刺青が二つの事件をつなげ――。背後に蠢く巨大な陰謀とは!?

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