将来の年金「2割減額」は本当か?…7月3日発表「年金の財政検証」まさかのミスリーディング【経済評論家が解説】
年金の財政検証結果が発表されました。マスコミでは「年金支給額2割減」としきりに報道されていますが、実態はどうなのでしょうか。経済評論家の塚崎公義氏が解説します。
「36年後の年金受取額、夫婦合計21.4万円」をどう読むか?
厚生労働省は7月3日、公的年金の財政検証を発表しました。これは将来の年金支給額等を試算したもので、5年に一度計算し直されます。予測ではなく、さまざまな前提を置いた上での「試算」であり、前提には経済成長率、賃金上昇率、等々の多くの組み合わせがありますが、本稿では筆者が最も現実的と考える「過去30年投影ケース」について論じます。
「過去30年投影ケース」とは、マスコミ等で「年金支給額2割減」と報道されたものです。具体的には、出生率と死亡率は中位推計、労働参加は漸進、実質経済成長率がマイナス0.1%(人口1人あたり+0.7%)実質賃金上昇率0.5%(物価は緩やかに上がるが、賃金上昇ペースがそれを少し上回る)、等々となっています。
結果として示されている数字のなかで、筆者が注目しているのは「36年後の年金受取額が夫婦合計で21.4万円」というものです。現在は22.6万円なので、5%強しか減らないのです。ちなみに、この数字はインフレ調整後なので、年金だけで暮らす人の生活水準が5%強低下する、ということを意味しています。「今の若い人は将来年金が受け取れない」などと言っている人も多いなかで、安心できる数字ですね。
ちなみに、公的年金を語るとき、夫婦というのは「サラリーマン(サラリーウーマンや公務員等を含む、以下同様)と専業主婦(夫)の組み合わせ」を指すのが普通で、本稿でもそうなっています。いまの高齢者が現役だった時代はサラリーマンの妻が専業主婦、というケースが多かったので、そうなっているのでしょう。
年金が2割減るとは、「所得代替率が2割低下する」の意味
マスコミが「年金が2割減る」と報道しているのは、「所得代替率が2割低下する」ということす。所得代替率というのは、公的年金の給付水準を示す指標で、現役男子の平均手取り収入額に対する年金額の比率によって表されます。つまり、現役の所得と高齢者の年金の比率が2割低下する、ということです。
現在は61.2%である所得代替率が、36年後には50.4%に低下するという数字を見て「61.2が50.4になるのだから2割減だ」と言っているわけです。
しかし、これは高齢者の年金が2割減るということではありません。「現役の所得が増えるのに自分の所得は増えないから現役との比較では割り負ける」という面が強いのです。
高齢者にとって、関心が高いのは自分の将来の生活水準であって、現役に割り負けるか否かは重要な問題ではありません。それならば、「高齢者の生活水準は数%低下」と報道するほうが、はるかに誤解が少ないでしょう。「隣に蔵が建つと俺は腹が立つ」ということはあるかもしれませんが、そこは自分のマインドを変えればすむ話ですから。
若い人も年金は受け取れる。年金は大事にしよう
若い人のなかには「どうせ自分の老後は年金が受け取れないから、年金保険料を払うのは嫌だ」と考えている人も多いようです。しかし、上記のように、比較的妥当と思われる前提を置いて計算した結果からしても、いまの若者は今の高齢者の生活水準とそれほど異ならない生活が送れるのです。
寿命が伸びる分、健康寿命も伸びるでしょうから、高齢者になっても元気な間は働いて稼ぐことができるでしょう。それを考えれば、いまの若者が老後を悲観しすぎる必要はなさそうです。
むしろ、年金保険料を払わないことで、老後に年金が受け取れないといった悲惨な目に遭いかねないので、年金保険料はしっかり払うようにしたいものです。サラリーマンは、年金保険料が給料天引きなので心配は少ないですが、自営業者等は要注意です。
マスコミは「大丈夫」より「心配、問題」と書きたがるので…
年金制度は複雑なので、マスコミのなかには、年金制度をよく理解できていない記者もいるようです。しかし、筆者がそれ以上に懸念しているのは、マスコミは悲観的なことを報道したがる、ということです。
「大丈夫です」というより「心配だ、問題だ」と騒ぐほうが読者の関心を惹きつけることができるからなのでしょうが、一部のマスコミには政府批判が自分の仕事だと考えている人もいるようで、政府に都合の悪い記事を書きたがるのです。
年金についても、公的年金の運用益がプラスのときは小さく報道し、マイナスの時は大きく報道する傾向があります。そのため、政府は年金の運用で損をしていると感じている人も少なくないようですが、これだけ株価が上がっているのですから、そんなはずはありませんね。
マスコミの仕事は政府を監視することであって、批判すべきことは批判し、評価すべきことは評価すべきだ、と筆者は考えているのですが、そうでない記者が少なくないということは、残念なことですね。
残念がっていても仕方ないので、マスコミ情報の受け手の方が「マスコミ情報は現実より悲観的な傾向がある」ということをしっかり理解して向き合うことが重要だと思います。
今回は、以上です。なお、本稿はわかりやすさを重視しているため、細部が厳密ではない場合があります。ご了承いただければ幸いです。
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塚崎 公義
経済評論家