ユーロ2024開催国のドイツと、今大会で最も評判のいいサッカーをしているスペイン。名前的にも前評判的にも、準決勝、あるいは決勝で見てもおかしくない一戦が7月5日(日本時間6日1時〜)に行なわれる。大一番である。

 準々決勝を前にブックメーカー各社がやや優位と予想するのはスペイン。大会の優勝候補でも、スペインはイングランドに僅差で続く2番手に推されている。基本的に、ブックメーカーはお膝元である英国民の購買意欲を高めようとしてか、クラブサッカーも含めて英国系(特にイングランド系)のチームを"盛る"傾向がある。とすれば、同率首位、あるいはスペインを優勝候補の筆頭と見るほうが自然かもしれない。


スペインを優勝候補に推す声が高まる一因が16歳のラミン・ヤマルの存在だ photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA

 ドイツに挑戦者としての覚悟があるのか。それとも、開催国として"絶対に負けられない戦い"を強いられてしまうのか。ドイツがどんな立ち位置で臨むか。精神的に受けてしまうと危ない。

 ドイツはその昔、精神面での不安がどこよりも少ないチームだった。"ゲルマン魂"とよく言われるが、崩れにくいメンタルこそが最大の強みだった。1982年スペインW杯と1988年欧州選手権(ユーロ)で両国が対戦した試合を、筆者は現地で見ているが、ドイツを前にしたスペインは、精神的強度が低いヘナヘナなチームに見えた。

 だが、そうした独得のドイツ気質は、年を経るごとに失われていく。移民が増えたことがその大きな原因だとするドイツ人の声を聞いたことがあるが、その意味で2014年ブラジルW杯での優勝は、ゲルマン魂を特に発揮することなく、純粋なる技術、戦術で勝ち獲った栄冠だった。

 その直前はスペインの時代だった。ユーロ2008、2010年W杯、ユーロ2012と、国際大会を3連覇。そのうち2大会でドイツ、スペイン両国は直接対決している。

 ユーロ2008は決勝、2010年W杯は準決勝で、ともに1−0でスペインが勝利した。スペインに強固な気質はない。ドイツもこの頃はゲルマン魂に頼らないサッカーの時代を迎えていた。2008年の決勝、2010年の準決勝は、純粋なる技術、戦術の戦いで、それを制したのがスペインだった。

【低迷期を脱した両国】

 ただ、スペインのサッカーはバランスに歪みを抱えていた。それは中盤過多。ウイングがいなかった。そこで優秀な中盤の選手をサイドに配置し、急場を凌いだ。その"中盤サッカー"の影響は、その後の低迷を招く原因になった。中盤王国と言われたジーコジャパン以降の日本と、状況は少し似ている。

 ドイツもユーロ2016(ベスト4)後、低迷。2018年、2022年W杯はいずれもグループリーグ落ち。ユーロ2020もベスト16で消えている。スペイン、ドイツ両国のそこまでの流れは似ている。2022年カタールW杯のグループリーグで、いずれも日本の後塵を拝す姿に、それは象徴された。

 視点をファン気質に変えると、これもかつては対照的な関係にあった。欧州で代表チームを応援する気質が最も高い国と言えばドイツとオランダが双璧で、イングランドがそれに続くという構図だった。逆に低い国はフランス、イタリア、スペインで、特に国としてのまとまりに欠けていたのがスペインだった。

 両国のファン気質を象徴したのは、2003年にマジョルカ島のソン・モイスで行なわれた親善試合だった。スペインは代表戦を行なっても、観客が入る場所は限られていた。そこで浮上したのがマジョルカ開催で、スペイン協会は、ドイツ人御用達のリゾート地であるこの地でドイツ戦を行なえばスタンドは埋まると踏んだ。実際、スタンドの3分の2はドイツ人で埋まった。スペイン国内で行なわれたスペインホームの試合なのに、ドイツファンで埋まるという光景は、まさに珍現象だが、それをスペイン側が意図的に行なったことに、その特殊性を見ることができた。

 そんなスペイン人気質に変化を感じたのはユーロ2008だ。スペインはロシアとの初戦をインスブルックで戦っているが、オーストリアのアルプス地方にまで多くのスペイン人が押し寄せる姿は異様に映った。「どうしたんだろう、今回のスペイン人は」と思っていたら、なんと優勝したのであった。「スペインが代表チームを応援する喜びを知った大会だ」とはスペイン人記者の言葉である。

【チームのバランスはスペインが上】

 そのスペイン人ファンが、今回のドイツ戦の舞台となるシュツットガルトにどれほど訪れるかわからないが、彼らにとってはいわゆる完全アウェーである。これこそが一番のネガティブな要素になる。だが、冒頭で述べたようにドイツがこのメリットを生かしきれない可能性もある。36歳のユリアン・ナーゲルスマン監督が、"絶対に負けられない戦い"だと構えることになったとしても不思議はない。

 ドイツはカタールW杯に続き、昨年もホーム(ヴォルフスブルク)で日本に敗れている。直後に監督が交代したとはいえ、右肩上がりにあるとは言えないだろう。2014年W杯のチームにあった世界の先端を行く気品や気概が失われている。当時のドイツのサッカーには右サイドバック(SB)のフィリップ・ラームを兼MFとして使うなど、現代にも大きな影響を与えている先進的な香りがした。

 選手の質は確かに上がっているが、サッカーがいまひとつ画期的に見えない。現在のヨシュア・キミッヒに、当時のラームのような雰囲気はない。最も魅力的に見えるジャマル・ムシアラのプレーにさえ、非効率性が見え隠れする。

ムシアラはドイツきってのテクニシャンである。タイプ的にはいわゆる攻撃的MFだ。その選手が左ウイングとして構える。アンドレス・イニエスタやダビド・シルバ、セスク・ファブレガスなど、ウイングに適性がない選手をそこで起用せざるを得なかったかつてのスペインを想起させるのだ。

 その結果、ドイツは相手の最深部がえぐれずにいる。得点の近道と言われるマイナスの折り返しが、特に左からさっぱり期待できない状態にある。ムシアラは1トップ下で構えるイルカイ・ギュンドアンと重なるため、マイボール時のみならず、相手ボールに転じた際にも悪影響は及ぶ。ボールを奪われた瞬間、ムシアラがいることが少ない左サイドは穴になる。

 今回のスペインにはその手の問題がない。"中盤サッカー"から完璧に脱却できている。ニコ・ウィリアムズ(左)、ラミン・ヤマル(右)という両ウイングの出現が、スペインが抱えていた問題をすべて雲散霧消させた。両ウイングが光れば、中盤の3人も光る。相乗効果を生んでいる。そしてこの関係を左右のSB(マルク・ククレジャとダニエル・カルバハル)が補強する。ドイツの両SBより、スペインの両SBのほうが今日的。つまり、左右のバランスはドイツより格段にいい。

 スペインの問題は、勝ち慣れていないことだ。ドイツの沈黙は10年間だが、スペインは12年間に及ぶ。マンチェスター・シティのロドリとレアル・マドリードのカルバハルは所属クラブで去年と今年、欧州一に輝いているが、他の選手には王者のメンタリティがあるとは言えない。アウェーのハンディをモロに受けてしまう可能性は否定できない。

 逆に言えば、このドイツ戦を乗りきれば優勝は見えてくる。同じことはもちろんドイツにも言える。大一番である。

 ドイツはこのほか、1トップ(カイ・ハヴァーツあるいはニクラス・フュルクルク)が機能するかも焦点になる。スペインではMFのファビアン・ルイスにも目を凝らしたい。この左利きのパッサー、個人的にはここまでMVP級の活躍をしている選手だと見ている。