3年ぶりにウインブルドンの会場に足を踏み入れた時、錦織圭は「いろんなものが変わりすぎていて、取り残されている感じがした」と言う。

 大会開幕を翌日に控えた会見室。そのメディアセンタービルそのものが、3年前にはなかったものだ。

 伝統を謳うウインブルドンではあるが、『聖地』と敬われる格式や威厳は、実は常に細やかに手を加えることで保たれている。その変化を瞬時に感得した事実が、錦織が最後にこの地を訪れてから流れた、年月の重みを物語っていた。


錦織圭が聖地ウインブルドンに帰ってきた photo by AFLO

 6月30日に行なわれた、前日会見の冒頭。出場の意志を確認する問いに、錦織は隠し事のできぬ正直者の笑みを浮かべ、「まだ決めきれてはないんですけど、ちょっとまだ微妙なとこですね」と応じた。

 ひと月前の全仏オープンでは、2回戦途中で棄権。その時の理由は肩の痛みだったが、現在錦織を悩ませているのは、右足首の捻挫である。

 10日前の練習中に足を滑らせた際に負ったもので、「前にもひねって、クセになっている」という古傷。日に日に回復はしているが、出場の可否は「一日を争うような段階」というのが現状だ。

 赤土から芝へとコートサーフェスが移行する初夏の欧州シリーズは、長いテニスシーズンにおいても、最も困難なチャレンジだと言われる。ボールのバウンドから足もとの感覚までが大きく変化し、例年、負傷する選手が多い時期でもある。

 しかも、今年はウインブルドンの直後に、再び全仏オープン会場のローラン・ギャロスでオリンピックが開催。目まぐるしい変化が身体に強いる負担を考慮し、ウインブルドンかオリンピックかの選択を迫られる選手も少なくない。

 そのような、ただでさえ負荷の大きな状況ではあるが、ウインブルドン出場を切望する錦織の表情には、明るい光も射していた。それはテニスの調子そのものがよく、ひねった足首を除けば、身体の状態もいいためのようだ。

【錦織圭が再びトップ100に戻るためには...】

 錦織が明かす。

「ほか(捻挫以外のケガ)はだいぶよくなってきて、ほぼ自分のなかでは、自信を持ってできている。そこの心配がなくなったのは、すごく大きい。出ないという選択肢まではいかないというか、治れば問題なく出られるし、あとを引くようなリスクということはないと思うんです」

 同時に、ポイントを短く終えられる芝ならば、工夫次第で勝機を見つけられるとの思いもある様子だ。

「ショットの質や精度とか、サーブもやっとちゃんと打てるようになってきた。あまりサーブがなくても、何とかできるのが唯一、芝。その面でも、まだクレーとかよりはチャンスあるのかなと思っています」

 芝は一般的に、サーブの優位性が高いと言われるコート。ただ錦織は、以前にも「スライスが有効だったりと、サーブにスピードがなくてもポイントが取れるのが芝」との手応えを口にしていた。

「練習でけっこういい感触はあって、芝に対応もできていると感じる。ちゃんとプレーできれば、チャンスあるのかなと思えている」とも言う。

「本当にちょっとの経験で、不意にパッと戻れたりもする。こうやって出続けることで、特に大舞台で少しでも勝てるようにできれば、まずはトップ100とかに戻ってこられるかなと思います」

 それが、錦織が抱える希望の源泉だ。

 度重なるケガにより、長くツアーを離れていた錦織の現在のランキングは401位。今回のウインブルドンには、48位のプロテクトランキングを用いて出場している。

 プロテクトランキングとは、公傷等でランキングを下げた選手への救済措置。錦織のエージェントによれば9月末まで有効で、9月25日に東京で開幕する木下グループ・ジャパンオープンにも、プロテクトランキングを用いての出場を予定しているという。

 プロテクトランキングが切れたあとに大会出場の可否を決めるのは、純然たる世界ランキングだ。グランドスラム本戦出場は100位以内が指標であり、ツアーを転戦するうえでも100位がひとつのボーダーとなる。プロテクトランキングが活用できる間に、錦織が「トップ100」を目指すのも、そのようなツアーのシステムのためだ。

【全仏オープンで掴んだ復調の手応え】

 ランキングを決めるのは、戦績に応じて得られる"ポイント"であり、現在100位の選手は608ポイントを保持している。グランドスラムの優勝者獲得ポイントは2000で、ベスト8が360、4回戦進出なら180ポイント。錦織は先の全仏オープン2回戦進出で50ポイントを獲得した。

 なおジャパンオープンでは、優勝者が500、ベスト4が180ポイント獲得。つまりは、複数のグランドスラムで4回戦やベスト8、あるいはツアーでベスト4以上に勝ち上がれば、限られた期間でのトップ100入りも可能ではある。

 先の全仏オープンでの経験で、錦織は、自分にはそれが可能だとの手応えを得られたようだ。2回戦では、現世界14位にして昨年のジャパンオープン覇者でもあるベン・シェルトン(アメリカ)と対戦。2セットを奪われた時点で棄権したが、いずれのセットも競った内容だった。

「けっこう、自信は持ってやれてますね。コテンパンにやられていたら一回、メンタルダウンしたと思うんですが、シェルトンには負けたけど、もうちょっと調子が上がれば勝てそうだなというところまで来ているとは思う」

 それが、パリの赤土から錦織が持ち返った肌感覚だ。

 現時点で、錦織がウインブルドンに出場できるかは、まだわからない。ただ、全仏でも得た自信と、身体の内から呼び覚まされる勝利への渇望があるかぎり、錦織圭はコートへと向かい続ける。