ユーロ2024、前回王者イタリア敗退の原因は駒不足と作戦ミス サッカー強国の座から転落した節目の日に
ユーロ2024決勝トーナメント1回戦の初っ端の試合で、イタリアが敗れる波乱があった。イタリアは前回ユーロ2020を制したディフェンディングチャンピオンだ。本来なら大ニュースである。
相手はスイス。ユーロにおける最高位はベスト8だ。W杯でも大昔に3度(1934年、38年、54年)ベスト8入りしたことがある、欧州の典型的な中堅国だ。かつてならイタリアは名前で勝てた相手である。地元紙では大きな見出しになるであろうことは想像に難くないが、試合を見るとけっして大きなニュースには思えない、順当な結果に見える。運なく敗れたわけではない。惜敗と言うより完敗劇だ。イタリアにとっては重大かつ深刻な問題だろう。
スイスに敗れて呆然とするイタリア代表の選手たち AP/AFLO
ユーロでは前回大会に優勝したほか、2012年も準優勝に輝いている。2008年、2016年はともにベスト8。イタリアはサッカー大国の面目を保つ最低ラインの結果を収めてきた。
ところがW杯に目を転じれば過去2大会(2018年、2022年)はいずれも欧州予選で消え、その前の2大会(2010年、2014年)はグループリーグで敗退した。見るも無残な成績とはこのことで、2006年の優勝を境に急降下。転落に歯止めを掛けられずにいる。
原因はいろいろ考えられるが、パッと見でわかるのは、思わず目を奪われるような国際級の選手が少ないことだ。イタリア国外のクラブでプレーしているフィールドの選手は、この日、出番がなかったジョルジーニョ(アーセナル)ただひとり。レアル・マドリード、バルセロナ、パリ・サンジェルマン、バイエルンとプレミアの上位5〜6チームが、現在経済的に見た欧州のトップ10クラブになるが、そこに選手を送り込めていない現実が目に留まる。
国内級の選手ばかりという現実に寂しさを覚える。インテル、ミラノ、ユベントスはイタリア的にはビッグクラブだ。だが、1990年代後半、ローマ、ラツィオ、フィオレンティーナ、パルマを含めた7チームが「ビック7」と呼ばれ、欧州市場で幅を利かせていた当時の勢いはもはやない。多少復活したとはいえ、往年のレベルには届いていない。
【見せ場を作れずに敗れ去った】それでもなんとかユーロで実績を残してきた最大の武器は、"サッカー勘"だった。サッカー競技に適したイタリア人ならではの気質で、なんとか堪えてきた。今回も、たとえばグループリーグ2戦目のスペイン戦は大敗しても不思議のない内容だった。そこをなんとか粘り、接戦(0−1)に持ち込むあたりはイタリアらしかった。イタリア人選手としてのプライドを感じたが、このスイス戦はそれさえも失われていた。何も見せ場を作れずに敗れ去った。
怪しさはグループリーグ最終戦のクロアチア戦で見え隠れしていた。ルチアーノ・スパレッティ監督がこの試合に臨んだ布陣は5バックになりやすい3−3−2−2で、従来の変則4バックより守備的な作戦だった。
ところが作戦は失敗する。後半10分、クロアチアに先制されてしまったのだ。するとスパレッティ監督は、ただちに布陣を4バックに変更する。後ろで守る作戦から、前から守る作戦に変更した。だが、その理屈に選手は急に従えない。笛吹けど踊れない状態が続いた。このグループの2位を確保するべく同点弾が生まれたのは最終盤の後半52分。まさにタイムアップ寸前の出来事だった。
イタリアのメディアはおそらく、采配ミスであるとスパレッティを追求したに違いない。その結果、スパレッティはこのスイス戦に4−3−3で臨んだ。3−3−2−2と4−3−3。違いはひと目でわかるはずだ。
グループリーグのアルバニア戦とスペイン戦で採用したスパレッティの4バックは、先述の通り変則だった。左サイドバック、フェデリコ・ディマルコ(インテル)が高い位置を取る3バックと4バックの中間のような布陣で、その分、本来なら左ウイングの位置にいるべきロレンツォ・ペッレグリーニ(ローマ)は、トップ下の選手のように構えた。森保一監督が日本代表のシリア戦で採用した3バックと、サイドが違うだけで理屈的にはほぼ同じだった。日本はシリア相手に後手を踏むことはなかったが、イタリアの場合はそのアンバランスぶりが非効率を招き、攻めあぐむ原因となった。
【優れた左ウイングがいない】スイス戦。4−3−3の左ウイングとして先発したのは、今大会初出場のステファン・エルシャーラウィ(ローマ)だった。しかし、こう言っては何だが、峠をすぎた31歳だ。スパレッティが変則システムで臨んだ理由がわかる気がした。人材難である。
右のフェデリコ・キエーザ(ユベントス)が、列強国のウイングにも見劣りしない、あるレベルに達したウインガーであるのに対し、左は落ちる。前半だけで引っ込んだエルシャーラウィ、そしてこの日、交代で出場したマッティア・ザッカーニ(ラツィオ)は、言ってみれば国内級だ。
つまり4−3−3という攻撃的かつオーソドックスな4バックを組んでも、各ポジションの特性に相応しい駒が揃わないのである。ニコ・ウィリアムズ、ラミン・ヤマルという両ウイングを擁し、右肩下がりの状況から脱したかに見えるスペインとの違いを見る気がする。
スイスはイタリアに対し5バックで臨んできた。といってもクロアチア戦に臨んだイタリアの3−3−2−2より攻撃的だった。3−4−2−1ではなく3−4−3になる時間が多い5−2−3。両サイドにウイングバックとウイングを擁す、サイドアタッカー各2枚の3バックである。
前半30分までのデータによれば、ボール支配率の関係はスイス65%対イタリア35%だった。一般的な5バック対4−3−3の対戦ではあり得ないデータである。イタリアの4バックがいかに機能していないか。そしてスイスの5バックが一般的な5バックではないことの証でもあった。
先制点が生まれたのは前半37分。サイドで開いて受けた左ウイング、ルベン・バルガス(アウクスブルク)が、真ん中を走ったMFレモ・フロイラー(ボローニャ)にパスを送った次の瞬間、その左足が火を吹いた。
追加点は後半開始早々。キックオフからニコロ・ファジョーリ(ユベントス)のパスを引っかけて奪うと、スイスは再び左サイドに拠点を作った。ミシェル・アエビシェール(左ウイングバック/ボローニャ)、グラニト・ジャカ(MF/レバークーゼン)、バルガスの3人のパス交換で数的有利な状況を築き上げ、中央に侵入。バルガスがインフロントでミドルシュートを放つと、イタリアの名GKジャンルイジ・ドンナルンマ(パリ・サンジェルマン)の指先をかい潜るようにゴール右上隅に吸い込まれていった。イタリアの息の根を止める、事実上のダメ押しゴールだった。
スイスが左で数的有利な状況を作り出し、そこでのパス交換がなんとも利いていた。一般的な5バックのチームの戦術にはとても見えないプレーである。イタリアにはまったく存在しない発想でもある。「左」は気がつけばスイスのストロングポイントと化していた。よって、キエーザはその守備に追われることになった。キエーザが低い位置で構えている限り、スイスの脅威にはならない。
駒不足と作戦負け。あとから振り返ったとき、この試合はイタリアが強国の座から転落した節目となるのかもしれない。イタリアは長期低落傾向に歯止めを掛けることができなかった。