明神智和が分析するパリ五輪「日本が本気でメダルを目指すのであれば、OAの力は必要」
明神智和が語るオリンピック
後編:パリ五輪代表チームへの期待
パリ五輪開幕まで、1カ月をきった。同大会に出場する注目のU−23日本代表メンバーもまもなく発表される(7月3日)。それを前にして、過去にオリピックの出場経験がある明神智和氏に、オリンピックという大会のことをはじめ、オーバーエイジ(OA)枠を含めたメンバー選考について、さらにはパリ五輪に挑むチームの可能性、メダル獲得へのポイントなど、自らの経験を振り返りながら語ってもらった――。
6月にはアメリカ遠征を実施したU−23日本代表 USA TODAY Sports/Reuters/AFLO
2000年シドニー五輪出場の経験を持ち、現在はガンバ大阪のアカデミーでコーチを務める明神智和。パリ五輪へと向かうU−23日本代表に対する見方には、オリンピック経験者というだけでなく、指導者としての視点も自然と加わることになる。
「タフで、強くて、組織的という印象が強いですね。インテンシティが高く、スピードがあって、現代のサッカーに適用できる選手、今の時代で生きていける選手がほとんどだなと思います。
僕はガンバのユースでコーチをしていて、松木玖生選手(FC東京)などは青森山田高校の頃に何度か見ていますが、(高校時代から)あれくらい(高いインテンシティで)やっていた選手がやっぱりここまで来るんだな、と思います。
今ガンバにいる16、17歳の選手も日本代表になりたいという目標を持っているので、『じゃあ、今の自分は(そうなるための実力、努力が)足りている?』という話をすることがありますが、当時の松木選手は今の高校生にとっても、いい目標になるというか、物差しになるなと感じています。
個人的に見ていて『すごいな』と思うのは、藤田譲瑠チマ選手(シント=トロイデン)ですね。
(Jリーグ時代は)もっとディフェンスのイメージが強かったんですけど、ディフェンスにプラスして、つなぎを含めた攻撃面でもどんどん成長している。すべてをひとりで担っているのが、すごいなと思います。
ユースのコーチをしていて、(他クラブで)10代の選手が出てくると、『この年齢でJリーグに出てくるのは、どういう選手なんだろう?』と、育成目線で刺激を受けるのですが、山本理仁選手(シント=トロイデン)も、東京ヴェルディで10代のときから試合に出ていましたよね。
その後、ガンバに移籍してきて、試合だけでなく、練習も見せてもらっていましたけど、(ベルギーへ行って)ガンバにいたときよりも一段とタフになっているイメージが強いので、彼のプレーも楽しみです。
チームを率いる大岩剛監督とは、現役時代に対戦したこともありますし、代表で一緒になったこともありましたけど、それよりも僕が印象に残っているのは、昨年のS級ライセンス講習会です。
大岩さんが講演に来てくださって、その講習会の期間中にU−23代表の合宿もあったので、講習会の一環として練習も見せてもらって、練習後に大岩さんにいろいろ話も聞けましたし、ものすごく勉強させてもらいました。
大岩さんは、監督としてオーラがありますよね。オーラって言うと抽象的かもしれませんが、でも監督にとっては大事な要素だと思っています。何事にも動じないというか、動じているのかもしれないけど、それを見せない。そういう強さをものすごく感じます」
今年、日本はU23アジアカップで優勝を遂げ、パリ五輪出場(大会上位3カ国)を決めたが、明神が出場したシドニー五輪当時のアジア最終予選は? というと、カザフスタン、タイとの3カ国総当たりのホームアンドアウエー方式。グループ1位が本大会への出場権を獲得するというものだった。
予選方式も、その開催期間も、24年前と現在とでは、まったく異なるものになっているのである。
「(現行方式だと)失敗が許されないですし、一発のミスが取り返しのつかないことになりますから、怖いと思います。そのプレッシャーはもう......、昔とはまったく違うと言ってもいいくらいの大きさだったと思います。
僕らのときは、たとえひとつ負けたとしても巻き返す時間とチャンスがありましたけど、今の方式だと(準々決勝で)負けてしまうとチャンスがない。そこを勝っていくのは、本当に力があるチームじゃないとできない。でも、だからこそ、そのプレッシャーをはねのけてオリンピック出場を勝ち取ったというのは、ものすごく大きなことだと思います。
U23アジアカップを見ていて一番感じたのは、今のサッカーはタフに戦える選手じゃないと世界とは戦えないんだな、ということ。大岩さんのチームからは、それをひしひしと感じます。誰ひとりサボることなく、全員が最後まで戦えるし、走れる。そこはもう当たり前の基準として求められているんだろうな、と感じるチームですね」
アジアの厳しい戦いを勝ち上がり、見事にパリ行きの切符を手にしたU−23代表だが、実際にパリへ行ける登録メンバーは18人。U23アジアカップからは5人減となるうえ、オーバーエイジ(OA)枠の選手が入ってくるとなると、さらに狭き門となる。
「いろんな考え方があると思うので、OAは難しいですね。自分たちのときもそうでしたけど、23歳以下の選手にしてみれば、『OAの力を借りなくても、オレらだけでやれるよ!』って思うだろうし。
それに僕らのときは、豊富な経験も含めてヒデさん(中田英寿)がOAみたいなものでしたからね。(年齢的には)OAではないけれど、もう僕らの想像を超えるぐらいのものを練習から見せていましたし。
でも、自分たちのときのことを改めて振り返ると、プレーの部分ではもちろん、オフザピッチのところでも、グループをまとめるというか、そういうところまで余裕を持って見ることができるOAの存在はやっぱり大きかった。非常に難しい判断ですけど、日本が本気でメダルを目指すのであれば、OAの力は必要だと思います。
もし自分がOAを選ぶとしたら......、やっぱり経験がある選手、たとえば、遠藤航選手(リバプール)とかも思い浮かびますけど、アンカーは藤田選手でいいかなと思ったりもしますし......。
いてほしい選手はたくさんいますけど、3人しか呼べないとなったら、後ろ1枚と前2枚かな。後ろは冨安健洋選手(アーセナル)、前は三笘薫選手(ブライトン)。もうひとりは......FWの上田綺世選手(フェイエノールト)か、サイドの伊東純也選手(ランス)か......。いずれにしても、後ろと前に個でいける選手がいたらいいなって、ファン目線で思います」
24年前と比べたとき、U−23世代であっても海外組が増加、いや、激増したことも大きな変化と言えるだろう。明神自身は「当時はほとんど考えたことがなかった」という海外移籍も、今ではキャリアアップのための当たり前の手段となっている。
「僕らの頃は、まだ(海外組は)ヒデさんくらいでしたし、オリンピックで活躍して世界に見てもらえたら(海外移籍できるかもしれない)、というくらいの感じでしたけど、今はもう考えがまったく違うと思います。
海外組の選手は、日常から高いレベルでいろんなタイプのチームや選手と対戦しているので、そこに対しての戸惑いや違和感、もっと言えば劣等感だとか、そういうものがまったくない。
個の力が上がっているのはもちろん、それをチームに還元できるということも含めて、海外組が増えていることのメリットは大きいと思います。
ただ、同時にデメリットもあって、簡単に選手を代表活動に招集できなくなっている。それはもう、たぶん現場だけでどうにかできる話ではないのでしょう。
Jリーグであれば、1クラブごとの招集人数に制限はあっても、どこのクラブも協力してくれると思いますけど、海外のクラブになると、その交渉がどうなるかギリギリまでわからない。OAを誰にするかも含めて、そこは一番大変だと思います」
パリ五輪で男子サッカーのグループリーグ初戦が行なわれるのは、7月24日(現地時間)。24年前と同じく、今大会も開会式に先駆けて競技がスタートする。
日本が56年ぶりのメダル獲得を目指す戦いの火ぶたが切って落とされるまで、あとわずか。明神もまた、若き日本代表の戦いを楽しみにするひとりである。
「オリンピック本番は、とにかくベストなコンディションで臨んでほしい。ちょっとしたケガとかはあると思いますけど、体も心も最善の準備をして、本当に一番いい状態で初戦を迎えてほしいな、と思います。
自分の経験からも、カギとなるのはやっぱり初戦。メダルを獲るにしても、まずグループリーグを突破しないことには始まらないですから。初戦で対戦するパラグアイも力のあるチームだと思いますけど、そこできっちり勝ち点3を取ることが、メダル獲得への第一条件になるでしょう。
その後は、もう総力戦。かなりの暑さのなかで強度の高い試合を続けることになると思うので、交代も含めて18人全員の力が必要になると思います」
(おわり)
明神智和(みょうじん・ともかず)
1978年1月24日生まれ。兵庫県出身。1996年、柏レイソルユースからトップチーム入り。長年、主将としてチームを引っ張る。その後、2006年にガンバ大阪へ移籍。数々のタイトル獲得に貢献した。一方、世代別の代表でも活躍し、1997年ワールドユース(ベスト8)、2000年シドニー五輪(ベスト8)に出場。A代表でも2002年日韓W杯で奮闘した。国際Aマッチ出場26試合、3得点。現在はガンバ大阪ユースコーチを務める。