グループリーグの3巡目を迎えているユーロ2024。一番の混戦はグループEで、2試合を消化した段階でルーマニア、ベルギー、スロバキア、ウクライナの4チームが勝ち点3で並んでいる(各チーム1勝1敗で得失点は表記国順に+1、+1、0、―2)。

 大会前の下馬評で、この組の軸と目されたベルギーが、初戦のスロバキア戦につまずいた(0−1)ことが混戦の引き金になった。2戦目のルーマニア戦に2−0で勝利したベルギー。3戦目はウクライナと6月25日(日本時間26日1時〜)に対戦する。


ルーマニア戦で再三にわたりチャンスを演出したジェレミー・ドク(ベルギー) photo by AP/AFLO

 ベルギーはブックメーカー各社の予想では、8強の一角と目されていた。しかし格付け的にはイタリアと並び7番目で、優勝候補とまでは騒がれていない。ベスト8が妥当な線、ベスト4に進めば上々という評価だ。ベルギーの欧州内での序列は、イングランドを破った2018年ロシアW杯3位決定戦をピークに、下降線を描いているように見える。その時は準々決勝でブラジルも破っていた。

 ベルギーは1986年メキシコW杯でベスト4入りした実績がある。MFエンツォ・シーフォ、FWヤン・クーレマンスを中心とした、これぞ好チームというサッカーを、筆者は現地で実際に何試合か見ている。1986年型と2018年型。それぞれのベルギーを比較するならば、後者のほうが強さという点で勝っていた。好チームというより強チームだった。

 2018年型の前身となる2014年W杯予選に臨むベルギーを観戦取材したとき、"このチームは近い将来、強くなりそうだ"と、その新鮮な魅力に圧倒されたことを思い出す。それから10年経ったいま、よく言えば好チームに戻った印象だ。スケールはひと回り、小さくなった。

 重要なのは、気持ちの持ち方だ。絶対に負けられない戦いか、チャレンジャー精神あふれる戦いか。受けて立つのか、果敢にいくのか。だが、少なくともこのグループEでは一番手の存在だ。そんな自らの立ち位置を認識しないまま、初戦に臨んでしまったようだ。スロバキアに敗れる姿を見て、そんな印象を受けた。

 スロバキア戦に臨んだ先発メンバー(4−2−3−1)は以下のとおりだ(カッコ内は2023−24シーズンの所属)。

【スロバキア戦も交代を機に内容は改善】

 GK/クーン・カステールス(ヴォルフスブルク)、左SB/ヤニック・カラスコ(アル・シャバブ)、CB/ゼノ・デバスト(アンデルレヒト)、バウト・ファエス(レスター)、右SB/ティモシー・カスターニュ(フルハム)、守備的MF/アマドゥ・オナナ(エバートン)、オレル・マンガラ(リヨン)、1トップ下/ケヴィン・デ・ブライネ(マンチェスター・シティ)、左ウイング/レアンドロ・トロサール(アーセナル)、CF/ロメル・ルカク(ローマ)、右ウイング/ジェレミー・ドク(マンチェスター・シティ)。

 開始早々から、誰よりも元気いっぱいにプレーしていたのはドクだ。左も右もできる多機能型ウイングだが、この日は右で先発。攻撃のみならず、守備も頑張っていた。ところがアドレナリンが出まくっていたのか、勢いあまって自陣の深い位置で相手に決定的なプレゼントパスを送ってしまう。これをスロバキアFWイバン・シュランツ(スラビア・プラハ)に決められ、決勝点とされた。

 ベルギーは後半13分、右ウイングにヨハン・バカヨコ(PSV)を投入。ドクを左に回し、左ウイングで先発したトロサールを守備的MFに下げ、同ポジションで先発したマンガラを下げる戦術的交代を行なった。このあたりからベルギーのサッカーは、だいぶよくなっていった。

 トロサールは万能型の選手で、ウイングのスペシャリストではない。両ウイングにドクとバカヨコの専門選手を配置したことで、攻撃は格段にスッキリした。ドクは左に回り、前半以上に活発に動き回った。だが、同点弾は生まれない。

 後半29分には守備的MFに回っていたトロサールに代え、同ポジションにユーリ・ティーレマンス(アストンビラ)を投入。さらに後半39分には右ウイングのドクを下げ、ドディ・ルケバキオ(セビージャ)を投入し、右を務めていたバカヨコを左ウイングに回した。最後は左SBのカラスコを下げ、ロイス・オペンダ(ライプツィヒ)を投入。ルカクと前線で2トップを組ませた。

 結果は出なかった。しかしドメニコ・テデスコ監督の、動かぬ石を動かそうともがく姿には好印象を抱いた。

【これほどエネルギーに満ちた選手を見たことがない】

 鮮明になったのは、ベルギーには優秀なウイングが存在するということだった。ドクはもちろん、ルケバキオ、バカヨコのウイングプレーも高水準にあることが判明した。

 2戦目のルーマニア戦には、4−2−3−1の左ウイングにドク、右ウイングにルケバキオが先発で起用された。敗戦で大会をスタートしたショックは、この試合の開始2分で消えた。ドクが1トップのルカクにボールを預けると、そのポストプレーからティーレマンスがミドル弾を蹴り込み、初戦でウクライナを3−0で倒したルーマニアに先制した。

 デ・ブライネの追加点が決まったのは後半35分。それまで1−0の状態は維持された。しかし、ベルギーファンにとっては楽観的になれる、ルーマニアとの差を感じさせる内容だった。

 主役はこの日もドク。ひとり、圧倒的なパフォーマンスを最後まで見せつけた。試合はまさに「ドク劇場」と化したのである。止めることができないドリブル。ふたりがかりでマークにいっても潰すことができない。縦にもいくし、内にも切れ込む。何度ボールを受け、相手に仕掛けていったことか。1試合でこれほど多く「勝負」する選手を見たことがないと言いたくなるほど、見せ場を多く作った。なかでも、内へ切れ込み、ポスト役であるルカクに預けるコンビネーションが秀逸で、得点の可能性を抱かせるプレーだった。

 さらに驚くべきは、フルタイム出場を果たしたことだ。ドクの馬力はアディショナルタイムを含めて98分維持された。筆者の長い観戦歴のなかで、ここまでエネルギーに満ちあふれた選手を見たことがない。

 左利きの右ウイングのルケバキオも上々だった。ドクが173センチと小柄なウイングであるのに対し、ルケバキオは187センチと大型だ。左足でボールを操作しながら縦に勝負に出るボール操作術は、フランスのウスマン・デンベレ(パリ・サンジェルマン)に似ている。その縦に引っ張る力が攻撃に推進力をもたらしている。

 もっとも、ベルギーが世界に誇る看板選手といえば、ティボー・クルトワ(レアル・マドリード)が離脱しているいま、デ・ブライネになる。スロバキア戦ではいまひとつ元気がなく、敗因のひとつと言ってよかったが、ルーマニア戦では尻上がりに本来のプレーを披露した。得点にも絡んだ。ベルギー浮沈のカギを握る選手であることは間違いない。

 優勝候補と呼ぶにはスケール不足。だが、優勝候補を倒す力は秘めている――。

 初戦に敗れたことで自らの立ち位置を理解したのではないか。フランス、ドイツ、イングランド、スペイン、ポルトガルにとってはいやな存在だろう。繰り返すが、世界広しといえど、いまのドクを止められるSBはいないのである。もちろん、ウクライナ戦で一番の注目選手になる。