プロか漁師か...投手経験半年で150キロ到達の紋別高・池田悠真が悩める胸中を吐露
この春、高校野球の北海道大会に出かけた時のことだ。北海道担当のスカウトや、地元の記者から、「紋別高校のピッチャー、見ました?」「紋別高校のピッチャーが面白い」と言われて、ずっと気になっていた。
紋別高校の池田悠真(3年/185センチ・88キロ/右投右打)。今春の北見支部予選で、150キロをクリアした大型右腕だという。
気になる、気になる......と、ただ悶々としていても始まらない。地元に詳しい記者に、彼の投げている写真を見せてもらって心が決まった。
グラブサイドのこなしがいい。つまり腕を振り始めた瞬間に、投げないほうの左腕が体の左半身の開きを止めるように、ちゃんと機能している。これなら「150キロ」という数字は噂でも、ただ力任せに投げて出したわけでもなさそうだ。なにより、全身の均整のとれたボディバランスがすばらしい。
この春、150キロをマークし一躍注目を集める紋別高校・池田悠真 photo by Osakabe Akira
オホーツク紋別空港。紋別高校から車で20〜30分のところに、東京から1日1便だが、飛行機が飛ぶ空港がある。それを使えば羽田空港から3時間ほどで行けるのだが、"閉所恐怖症"の私は、恥ずかしながら通路が1つだけの小さめの飛行機に乗れない。
そこでまず新千歳空港に飛び、そこから電車、バスを乗り継ぎ、最後はレンタカーで紋別まで、合計約8時間半......さすがにオホーツク海に面した紋別は遠かった。
「去年の秋まで外野手だったんです。エース格で投げていた選手の故障もあって、冬からピッチャーの練習をして、この春の公式戦で150キロが出て......。ほんとのところ、ピッチャーとしてのキャリアはまだ数カ月。中学の時もほとんどキャッチャーをやっていたそうですから」
紋別高の加賀谷実(かがや・まこと)監督は、神奈川県の公立高校で長く野球部の指導をされ、定年を期に2021年から紋別高の監督をつとめている。川崎北高監督の時には、巨人や中日で活躍した河原純一の指導にもあたっていた。
「今は野球勉強中の段階だと思いますけど、体の強さ、身体能力の高さ......伸びしろは抜群なんです」
最初に見たのは守備練習。ライトからの返球の勢いと伸びに驚いた。右中間の深いところから二塁ベースへ、またはライト定位置からホームへ、「ウオッ!」といううなり声とともに、弾丸ライナーのようなダイレクト返球が届く。
体幹の強さは本物。握力だってハンパないはずだ。
「握力ですか......去年の秋ぐらいに測った時は80キロでした」
こっちがひっくり返りそうになるようなことを、サラッと話す。自分の"等身大"が見えていないのが、かえって"大物感"として伝わる。
そして守備練習が終わって、ダグアウトに引き上げていく時のランニングフォームだ。下半身の弾力と大きなストライドでグイグイ進んでいく。腕を大きく振っても頭はまったく動かず、ボディーバランスのすばらしさは一目瞭然。50m走のタイムは6秒1ということだが、今はもう少し速くなっている実感があるという。
「おじさんとおじいちゃんが漁師なんで、子どもの頃からいろいろ手伝っていました。ホタテの稚貝の放流に、毛ガニ漁......タコ漁は、タコの入った箱を海の中から巻き上げる作業がありますし、海から上げた昆布を畳んで背負うと20キロぐらいになりますから」
高校に入る前から、大自然を相手にした生活のなかで鍛えられた屈強な体躯が、すでに構築されていた。
「速い、速いって言われるんですけど、自分としてはそこまで速くないんじゃないかと思っていて。たとえば、北見柏陽の山内(悠生/184センチ・87キロ/左投左打)のほうがずっと速いですから」
同じ北見支部で評判の最速147キロといわれる大型左腕を引き合いに出してきた。この夏、支部予選の決勝で当たることになりそうな地区最強のライバルだ。
「冬から本格的にピッチャーの練習をするようになって、急激にスピードが上がったことには、正直、自分自身がいちばん驚いているんです。それでも自分では、『たいして速くないっしょ』って。ピッチャーとしての自覚が、そこまでじゃないっていうのか......」
おおらかな笑顔で自己分析。
オホーツクの大海を眺め、真冬には流氷がビッシリと海を埋め尽くす大自然に鍛えられて育った18年間。彼のなかの"すごさ"の単位が、我々と違うのかもしれない。
「ほんとは真っすぐより、変化球のほうが得意っていうか......投げやすいんです」
いつの間に覚えたのか、速球以外の持ち球が5種類。パワーカーブ、スライダー、ツーシーム、カットボールにフォークボール。
【三振とれたらラッキー!】守備練習に続いて行なわれたシートバッティング。実戦形式のバッティング練習で、投手・池田はそのすべてを使ってみせた。
「いちばんの武器はスライダーだと思っているんですけど、その日の調子を測るのはフォーク。自分の場合、フォークが決まっている日は、体も開いていないし、リリースも安定しています」
フォークの握りを見せてもらったら、中指と人差し指が70度は開いていた。
「(地球儀にたとえたら)赤道の位置で挟んで、第一関節を立てて、リリースでガッと押し込む感じで。落差もスピードもある本物のフォークを目指してます!」
シートバッティングのおよそ50球。翌日の練習試合でも、先発して中盤まで投げる予定なのに、見たところ力をセーブするでもなく、渾身の奮投でチームメイトのスイングを圧倒していく。目測で、おそらくアベレージ145キロ前後。
強烈な速球が激しく動いた時は、いつもバッテリーを組んでいるレギュラー捕手もミットの芯で捕球できない。右打者の膝元に沈み込むツーシームでも140キロ前後。スライダーの動きも大きく速い。
「マウンドに上がっている時は、バッターをねじ伏せようっていうより、自分の本来のフォームでしっかり投げることを最優先に考えています。自分、もともとコントロール悪かったんですけど、そこを大事にするようになって、こうやってちょっと投げられるようになったんです。三振をとるよりなるべく球数を少なく、打たせるピッチング。『三振とれたらラッキー!』くらいの感覚です」
そして、翌日の士別翔雲高との練習試合。紋別から、野球部バスで片道およそ2時間半。もちろん日帰りのダブルヘッダーである。
「それがこっちの日常ですよ。旭川の試合だと、片道3時間近く。移動ひとつとっても、修練ですな」
真っ黒に陽に焼けた顔で、加賀谷監督が笑う。
士別翔雲高も昨年夏、北北海道大会ベスト4の強豪である。
サイドハンドの高橋京太郎、オーバーハンドの大西絢斗の二枚看板に、捕手・池澤琉生(るい)、二塁手・池澤巴琉(はる)の双子コンビがセンターラインを締める。2年生の強打者・大塚吐夢の故障欠場は残念だったが、代わりに諸岡洸佑がその片鱗を見せてくれた。
【変化球多投が落とし穴に】さあ、池田の立ち上がりだ。長距離移動なんのその、前の日には打者に50球投げているのに、のっけからエネルギッシュに投げまくる。
ベルトよりやや高いゾーンで、速球が唸っている。スイングの上を通過していくホップ成分抜群の剛速球。 観戦にやって来ていたスカウトの方のスピードガンが、初回から「146」を出して、なかばあきれたような表情を浮かべる。
ストレートにカットボールを交え、本人が速球以上に頼りにする変化球を勝負球に快調なペースで投げていたが、その様子に変化が見えたのが、抜けたストレートが右打者のグリップに当たってから。
夏の大会直前の練習試合。大きなケガは一大事になりかねない時期だ。池田のピッチングに変化球が増えた。もともと変化球のほうが投げやすいと話していたが、そこが"落とし穴"になったように見えた。
たしかに球種は豊富だし、うまいことリリースできた時のボールの動きはそれぞれ非凡なのだが、まだコンスタントに制御できるまでには身についていないのかもしれない。いろいろ使うことで、逆にカウントを苦しくしている。
それでも前半をなんとか最少失点に抑えて、後半の入りの6回も145キロ前後のボールを続ける。予定のイニングを超えてもまだ力感は衰えていなかったが、再び同じスパイラルに陥ったのが、やはり死球からだった。
そんなにあれもこれも投げてなくていいんじゃないかなぁ......。コントロールできる変化球なら種類があるに越したことはないが、そんな高校生はなかなかいない。池田のように140キロ中盤のボールをゲーム後半まで投げられる投手なら、その日の自信の持てる球種を3種類、いや2種類で十分だろう。ストライクになりづらい変化球は、かえって自らのピッチングを苦しめる。
結局、9イニング完投して5失点。バックのエラーによる失点もあったが、変化球でカウントを悪くして、揃えにいった速球を狙い打ちされてパッコーン! そっちのほうが明らかに多かった。
【支部予選で負けたらプロはない】練習と実戦の2日間。池田のあふれる才能とこれからの課題を、すべてさらけ出してくれたと思う。
まだ脆さはあるものの、抜群の体躯と身体能力を合わせて考えれば、今年の北海道の右腕でナンバーワンの素質だと評価したい。
「去年の秋頃まで、卒業後の進路は"漁師一択"だったんです。ちょっと肩の強いぐらいの、ふつうの外野手でしたから」
それが、この春の「150キロ」があっという間に伝わって、大学の監督が来る、プロ野球のスカウトが来るで、池田の周辺は一気にざわつき始めた。
「でも、ほんと自信ないんです......」
そりゃ、そうだろう。そもそもが、投手になって、まだ半年。チームも支部予選を勝ち抜いて、北海道大会に出場したこともない。「自分はやれる」と確信できる事実がないのだから、無理もない。
「そこまで自信のない自分なんかが、プロとか言っていいんだろうかって......まだ、漁師っていう道もぜんぜん消してないんです。自分、このへんの田舎が大好きなんで」
学校のある紋別から、海沿いに40キロほど北へ行った雄武(おうむ)という漁業の町で池田は生まれ育った。漁師だって立派な「進路」だ。これだけの体があって、パワーがあって、子どもの頃からの実戦経験と郷土愛があれば、文句なしの即戦力、バリバリのドラフト1位に違いない。
「どっちにしても、支部予選で負けたらプロはないと思っているんで」
その北見支部予選では、池田が「自分より速い」と言う山内擁する北見柏陽高との対決が予想されている。
「全道(北北海道大会)に出られて、そこで納得のいくピッチングができて初めて、プロを目指せるんじゃないですか」
なにも、そうとばかり決めつけなくてもよいだろうが、意志の強さが伝わってくる。
「はい、自分、いろいろ考えたり、迷ったりはするんですけど、いったん『これだ!』と決めたら、そこに全力を尽くす性格なんで」
揺れるだけ揺れて、考えるだけ考えて、時間をかけて心を決めたらいい。時間をかけて自分で決めた「結論」ならば、次のステージでもし何かに突き当たることがあっても、きっと、「よいしょ!」と粘り腰を効かせて踏みとどまれる。
沖縄と並んで、高校野球の「夏」が最初にスタートした北海道。学校のある高台から、はるかオホーツク海を眺めれば、茫々たる大海の向こうは北方領土。そんな土地にも、まだまったく手探りの未来を賭けて、最後の闘いに挑もうとする快男児がいる。