ラグビー日本代表「堀江翔太の後継者」原田衛の奮闘 見せた「超速」の片鱗
「堀江翔太の後継者が誕生した」と言っても、言いすぎではないだろう。
6月22日、東京・国立競技場にて44,029人の大観衆が見守るなか、『超速ラグビー』を掲げるエディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)率いる新生エディージャパンが初陣を迎えた。
対戦相手は2023年ワールドカップで3位に入ったイングランド代表。日本代表は過去0勝11敗と一度も勝てていない相手で、昨年のワールドカップでも12-34で敗れている。
日本は前半20分と後半残り20分、イングランド相手に"超速"の片鱗を見せた。だが、相手のキック戦術とゴール前でのフィジカルに後手を踏み、失点を重ねて17-52と力負けした。
日本代表デビューを果たした25歳のフッカー原田衛 photo by Saito Kenji
それでも、明るい話題はある。先発から5人、控えから3人の日本代表初キャップが誕生し、強豪相手に大きな経験を積めたのは間違いない。なかでもこの試合で大きな存在感を示したのは、2番を背負って後半9分までプレーしたHO原田衛(ブレイブルーパス東京)だ。
※ポジションの略称=HO(フッカー)、PR(プロップ)、LO(ロック)、FL(フランカー)、No.8(ナンバーエイト)、SH(スクラムハーフ)、SO(スタンドオフ)、CTB(センター)、WTB(ウイング)、FB(フルバック)
原田はクラブ関係者に「24時間、ラグビーのことしか考えていない」と評される25歳。試合後に話を聞くと、「日本代表を目標にやってきたので、初キャップは本当にうれしい。ただ、イングランドに勝とうとしていたので、勝てなくて悔しかった」と唇を噛んだ。
続いて、超速ラグビーはできたかと聞くと、「最初の20分をどう制するかをテーマに、はじめは僕らのアタックが通用して、いい形でラグビーが進んでプレッシャーをかけられた。ただ、相手陣22メートルに入って(トライが)取りきれず、その後も超速ラグビーを80分やり続けようとしたが、体が追いついてなかった」と語った。
【堀江翔太や坂手淳史と違うフッカー像】昨年のワールドカップメンバーでは「セットプレーの要」となる2番に、今季で引退したレジェンド堀江(埼玉ワイルドナイツ)、坂手淳史(埼玉ワイルドナイツ)、堀越康介(東京サンゴリアス)の3人が選出。そして今回、6月から本格的な活動を始めた新生・日本代表には41キャップの坂手に加えて、ノンキャップの原田と佐藤健次(早稲田大4年)が選ばれた。
初陣となるイングランド代表戦では、3人のなかから誰を選ぶのか。選手時代にフッカーだったジョーンズHCのファーストチョイスは、原田だった。
原田は兵庫県伊丹市出身。5歳からラグビーを始め、桐蔭学園では高校1年から花園決勝の舞台を踏み、2年・3年もベスト4進出に貢献。慶應義塾大に進学後も1年から試合に出場し続けて、4年時は主将も務めた。卒業後はブレイブルーパスに入団。「東芝はアットホームな雰囲気があり、強くなると思った」と意気込みを語り、社会人2年目にはプロ選手となった。
今季はFLリーチ マイケル主将のもと、原田は副将を務めてプレーオフを含む18試合に出場(17試合で先発)し、14シーズンぶりのブレイブルーパス優勝に貢献。得意のボールキャリーだけでなく、セットプレーでも成長を見せて「ベスト15」に輝くなど、飛躍の1年となった。
一躍リーグワンを代表するHOとなった原田は、当然、日本代表にも名を連ねた。
「堀江さん、坂手さんのふたりにないようなフッカー像を目指していきたい。ふたりをマネしていても同じところにしかいけないので、違った強みを代表でも見つけていきたい」
6月から始まった宮崎合宿でジョーンズHCは、5月まで現役選手だった元オールブラックスの名PRオーウェン・フランクス、南アフリカを代表するLOヴィクター・マットフィールドをコーチに招聘。強力なふたりの指導のもと、FW陣はスクラムやラインアウトといったセットプレーの強化に努めた。
【名将エディーも手放しで若きFW陣を賞賛】FWの前5人のキャップ数を比較すると、イングランド代表の300に対し、日本代表はわずかに16。セットプレーが強いイングランド相手に大苦戦は予想された。
しかしフタを空けてみれば、マイボールラインアウト15回、スクラム5回、ともに100パーセント成功。もちろん原田ひとりの力だけではないが、スクラムでは相手を押し込んでペナルティを誘う場面もあった。
原田を含めた若きFW陣の奮闘ぶりについて、ジョーンズHCは日本語も交えて手放しで褒め称えた。
「スバラシイ。ホント、スバラシイ。今日のスクラムは本当によかったと思います。圧倒的に強いイングランド代表相手に、若い選手たちとっては信じられないようないい経験になったんじゃないでしょうか。私たちがパワフルなスクラムをできないわけがないし、ラインアウトも全体的によかった。それらが超速ラグビーをプレーするための土台になる。スゴイ!」
セットプレーの要となった原田も、試合後は安堵の表情を見せた。
「相手のキャップ数のほうが多かったですが、最初のスクラムではあまり重さを感じなかったので、いい感じで組めました。ラインアウトは(ブレイブルーパスのチームメイト)ワーナー(・ディアンズ)に投げ慣れているし、(山なりのようなスローは)ヴィクター(コーチ)の指導のおかげ。セットプレーを安定させることができたのは、フッカーの第一歩なのでよかった」
ただ、常にラグビーのことを考えている"ラグビーの虫"は、反省することも忘れていない。
「アタックはブレイブルーパスと日本代表で全然違うので、慣れないといけない。モールもいい形で組めていなかったし、(相手ボールのスクラムでは)僕らが前に出たと思ったけど崩してしまって反則を取られた。経験値があまりなかったのかな。もう少し(スクラムを)高く組んでも勝てたなと思うので、次の試合では全部押したい」
【ラグビーのために趣味のゴルフもやめた】試合後はすぐ、リーチや原田といったリーダー8人が集まって円陣を組んだ。
「前半20分まではよかったが、前半残り20分から後半最初の20分にかけて得点が動いたので、そこを修正するのが重要だと話しました。まだ10日間しか練習していないので(超速ラグビーの出来は)1割くらい。通用する部分もあったので、エディーさんを信じてやっていくしかない」
3年後のワールドカップへの想いを聞くと、原田は「さすがにそれはまだ......。次の試合に向けて準備したい」と気持ちを切り替えていた。好きな言葉は『継続は力なり』。趣味だったゴルフも「ラグビーにはあまりよくない」と聞くとやめたという徹底ぶりだ。リーグワンのプレーオフ期間中も、菅平で行なわれていた日本代表の強化合宿の練習をビデオで見ていたという。
「日本代表が世界トップ4に入るためには、2027年ワールドカップまでに各ポジションで3人、能力の高い選手を用意しなければならない。それは必須だ。今、そのプロセスを始めている」(ジョーンズHC)
指揮官が話すように、原田は世界的なHOになるための階段を上り始めた。