駒大の総監督、Ggoatのコーチとして指導に励む大八木弘明氏 photo by Sportiva

 1995年に駒澤大学陸上競技部のコーチに就任して以降、助監督、監督として、大学三大駅伝(出雲駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝)で数々の栄光にチームを導いてきた大八木弘明氏。2022年度に史上5校目の同一年度大学駅伝三冠を果たして監督の職を勇退すると、2023年度からは教え子の藤田敦史にチームを託した。そして自身は総監督となり、世界を目指すトップ選手の育成に力を入れている。

 新たな挑戦の2年目を迎えた大八木氏に話を聞いた。

大八木弘明・駒澤大学総監督インタビュー前編

【新たなポジションでの選手強化】

――総監督になって2年目のシーズンを迎えました。現在、陸上競技部への関わり方はどのような形なのでしょうか?

大八木 65歳で定年を迎え(2023年7月)、業務委託で大学のスポーツ部門のフェローに就任しました。講演やいろんなイベントに出て、駒澤大学をアピールするのがフェローとしての役割です。

 陸上部では総監督としてSチームを見ています。それ以外は、駅伝の采配を含めて全部、監督の藤田(敦史)に任せています。陸上部で私が主に面倒を見ているのは、篠原倖太朗(4年)と佐藤圭汰(3年)と桑田駿介(1年)の3人ですね。この子たちが日本選手権などの大会に行く時は、私が引率もしています。そのような形ですね。

――桑田選手は入学して早々にSチームなんですね。

大八木 今はSに入るためのテスト生という位置づけですね。いきなりSではやれないので、最初はAチームで練習はやらせていたんですが、その練習でだんだん余裕度が出てきたので、ちょっと試しにSの篠原や芽吹(鈴木、トヨタ自動車)と一緒に練習をやってみようか、となりました。

 強さというものは、強い選手と一緒に練習をやって体で感じないとわからないものです。まだ全部が全部、Sの練習をできるわけではありませんが、質の高い練習を一緒にやってみて、どの辺できつくなってくるかとかが見えてきました。段階を踏みながらトレーニングをやらせていますが、少しずつSのほうに移行できるかなと思っています。たぶん夏を過ぎたら、Sにくるんじゃないかなと思っています。

――桑田選手は春先から好調です。

大八木 勧誘した時から、ゆくゆくはマラソンランナーにしたいなと思っていました。高校時代にじっくり走っているので、スタミナはありますし、これからでも十分に力をつけていくことはできます。

 一方で、スピードの切り替えはまだ足りていない部分がありました。それを磨こうというのが1年目です。今はマラソンでも、スピードが必要です。5000mのタイムが14分1秒だったので、13分30秒台ぐらいまではいきたい。春先はトラックでスピードをつけていこうと話をしてきました。

 これまでは急激にペースアップした時に、ペースの上げ方がわからなかったんだと思います。それがだんだんわかってきた。スピードが身についてきているし、本人もスピードに対して不安がなくなり始めてきたんじゃないかと思います。今はSチームのなかでいろんなものを教えてもらって、吸収している時じゃないですかね。

――篠原選手も入学時は14分30秒台でしたが、大学に入学して早々に13分台に突入し、1年目から主力に成長しました。重なる部分もあるのでは?

大八木 そうなんです。ちょっと似ているんです。篠原が1年目に力をつけてきた時に、田澤(廉、トヨタ自動車)や芽吹たちは"負けられない"という思いもあって、彼らもさらに強くなりました。

 Sチームでは篠原は下のほうですが、今、桑田が上がってきてくれることで、篠原には田澤や芽吹たちに近づいていってほしい。

――桑田選手がSチームのテスト生なのは、そういう意味合いもあるのですね。

大八木 Sは世界を目指すチームです。篠原はもうちょっと上がってこなければいけません。そういう刺激がほしいっていう点もありますね。

――昨年度の活躍では、山川拓馬選手、伊藤蒼唯選手(ともに3年)が、次にSチームに上がってくるものと思っていました。

大八木 桑田が出てきて、彼らも奮起してくれたと思います。たぶん、このあと、頑張るんじゃないかな。彼らが時々Sの練習に合流して、その練習をやれるようになってくれば、チームのレベルもさらに上がります。今のところ(6月上旬)はまだ(Sに合流する予定は)ないですけど、彼らはSに入ってこないといけない選手たちだと思っています。

【指導者として学ぶ世界トップの陸上競技】

――Sチームに入る基準はあるのでしょうか?

大八木 1万mなら28分そこそこで走れる力があれば、Sチームに入れてやらせてみたいとは考えているんですけどね......。でも、5000mを13分30秒台で走れなかったら、Sに来てもたぶん練習はできないだろうなと思っています。タイムだけでなく、常日頃の練習も見ていますが。

――今年4月からは"Sチーム""大八木塾"と呼ばれていた選抜チームが"Ggoat"(*)というプロジェクトとして新たにスタートしました。

*アメリカのスポーツ界で使用される「goat(=greatest of all time/史上最高)」と自身の名前「goat(やぎ)」にかけて命名。ちなみにプロジェクトの和文キャッチは「史上最強」とうたっている

大八木 もともと定年をひとつの区切りにしようと思っていて、5年ぐらい前から計画をしていたことなんです。田澤が入学した時ですね。その後に芽吹や圭汰も入ってきて、思い描いていた計画は順調に来ています。

――奥様の京子さんも、再び選手に食事を提供するようになりました。

大八木 学生の篠原と圭汰は道環寮(陸上競技部の寮)で食べていますが、田澤と芽吹は私の家で食べています。海外で合宿を行なう時にも、女房が一緒に付いてきてくれて食事を作ってくれています。

 女房からは「定年になったら旅行に行くとばかり思っていた」って言われましたけど。結局、旅行が遠征になっちゃいましたね(笑)。

――Sチームは"世界を目指すチーム"とおっしゃっていました。海外での合宿や国際大会などで世界を見る機会が以前よりも多くなったのではないでしょうか。

大八木 海外にも結構行かせてもらっていますし、選手を海外のクラブチームに送り込んだりもしているので、私自身、学ぶことが多いです。

 日本の実業団や大学と海外のクラブチームを見て、やっぱり違うところはあります。海外のチームの良いところは見習っていきたいですが、日本は日本で良いところがあると思っています。5000m12分台、1万m26分台の選手を抱えている向こうのクラブチームのトレーニング内容も参考にしますが、やっぱり日本人と欧米の選手、アフリカの選手とでは体質や体格も違いますから。そういった点を見極めながら、日本人に合った育成の仕方をしたいなと考えています。それを先駆けて取り組んでおり、今も試行錯誤しています。

 1万mでは太田(智樹、トヨタ自動車)が27分10秒台まで持ってきましたし、田澤も27分20秒台はコンスタントに出せるようになった。佐藤も5000mで、室内ではありますが、13分一ケタ台まできました。日本もようやくトラックで26分台、12分台が見えてきました。

 日本のほかのチームにも海外のクラブチームに勉強をしに行っている選手、コーチがいます。それらを日本に持ち帰って、みんなで鎬(しのぎ)を削って、レベルアップしている最中なんだと思います。彼らは、誰もがいち早く12分台、26分台を出したいと思っていると思います。

【海外から学ぶべき点と自立の大切さ】

――海外のチームを見習って取り入れたいというのは、具体的にどのようなところでしょうか。

大八木 ポイント練習のペースなどトレーニング面もそうなんですけど、一番は生活面ですね。メリハリの付け方です。海外のチームを見ていると、切り替えの仕方にはいろんなやり方がある。トラックシーズンは9月ぐらいで終わるので海外の選手は1月ぐらいまでは自由にしていて、1月から3月ぐらいにかけて徐々に始動していきます。それをどのように日本の選手にアレンジしていくかを考えて、うまくやっていかなければいけません。

 日常のトレーニングも、朝、午前、午後とそれぞれの練習量の配分が違いますし、ウォーミングアップやクーリングダウンにもいろんなやり方がある。自分にどう当てはめていくかが大切ですよね。

――佐藤選手も冬季に単身、海外のクラブチームに参加していました。

大八木 圭汰は2カ月間ぐらい(アメリカへ)行っていました。まだまだ成長期で、やり過ぎてしまったところもあったのかもしれません。それで少しケガをしてしまいましたが、そういった経験から学ぶことも大事だと思いますね。すべてが順調にいくわけではないので。

 圭汰は単身で海外に行っていましたが、自立することは大事です。自立できていないと、自分では考えられなくなって、人に頼ってしまう。ひとりで海外の試合に行くことになれば、何でも自分でやらなければいけませんから。

つづく

【Profile】大八木弘明(おおやぎ・ひろあき)/1958年7月30日生まれ、福島県出身。会津工業高卒業後、家庭の事情で就職したが、終業時間外で練習し競技を継続し、24歳の時に駒澤大学に入学。1年時は5区区間賞、2年、3年時は2区でそれぞれ区間5位、区間賞を獲得した。大学卒業後はコーチ兼選手としてヤクルトに入社。1995年に低迷する母校・駒大から再建を託されコーチに就任すると、2年目の箱根駅伝(1997年・第73回)で復路優勝、3年目の1997年度に出雲駅伝で学生三大駅伝初優勝したのを皮切りに同大を学生トップチームへと引き上げる。2022年度に監督を勇退するまで出雲4回、全日本大学駅伝は3連覇以上3回含む15回、箱根では2002〜2005年の4連覇を含む8回と三大駅伝通算27回の優勝を果たした。2023年度から総監督となる一方、世界大会を目指す選手を育成するGgoatを立ち上げ、個々の指導に当たっている。