社会における健康意識の高まりのなか、通販の売り上げが100億円を超え、さらなる成長を目指しているカゴメ。店頭では体験できない「カスタマージャーニー」を提供し、着実にファンを増やしている。DIGIDAY[日本版]のインタビューシリーズ「look inside!―マーケターの思考をのぞく―」では、企業の成長につながった施策や事業を切り口に、そこに秘めたマーケターの想いや思考を追っていく。今回は、デジタルマーケティング領域から通販事業に軸足を移したカゴメの細川和紀氏に、ファン化戦略、事業拡大の秘訣を聞いた。

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DIGIDAY編集部(以下、DD):データドリブンマーケティング推進に尽力されていたとのことですが、2022年に通販事業に異動されて、新たなコミュニケーションに挑戦していると聞きました。細川和紀(以下、細川):2022年の10月に自社通販である「健康直送便」とECの営業部門が統合された組織が新設されました。全社的にも顧客との関係構築や、ファン育成が課題になっていることもあり、今後注力していく領域になります。個人的には、お客さまとの接点が多く、かつ情報が集まる通販でひとつの成功モデルを作りたいという思いがあって異動を希望しました。いままでは通販と店販は分けて考えていたのですが、お客さまにとってはどちらでも同じ「体験設計」ができたらよいのではないかと考えています。

カスタマージャーニー上、もっとも気持ちのいい場所に

DD:通販事業領域ではどんなことをしているのでしょうか。細川:ファン化の推進、商品企画、広告出稿以外での新規顧客の獲得、主にCRMの領域になります。そもそも通販がスタートしたのは1998年で、「夏に畑で採れたトマトをかじったら美味しいよね。これをジュースにしたら絶対お客さまに喜ばれるんじゃないか」といったところからはじまりました。実際にそれを「夏しぼり」というトマトジュースにして販売したところ、想像以上の反響がありました。このときに「大地の恵みに溢れた本物の商品はお客さまに喜ばれる」という手ごたえがありました。いまでは通販の売り上げが100億円を超えましたが、次のステージに行くためには単品リピート型の通販モデルからどう脱却していくかが課題です。

細川 和紀/カゴメ株式会社 営業本部 健康直送事業部 企画グループ 担当課長。2011年にカゴメ株式会社へ入社。トマトケチャップの製造、品質管理部門を4年経験したのち、 広告部門でSNSアカウントを活用したCRM推進、マーケティングシステム基盤構築など社内でのデータドリブンマーケティング推進・定着に従事。2022年10月より自社通販部門で既存会員向けコミュニケーションやSNSを活用した新規顧客獲得企画を担当。得意料理はオムライス。社内資格である「オムライス検定」の受験をきっかけに練習し、いまでは家族のお気に入りメニューに。最近はオムライスを食べ歩きながらさまざまな種類のオムライス(たんぽぽオムライス、ドレス・ド・オムライスなど)作りに挑戦中。

DD:どのような脱却を想定されているのでしょうか。細川:いまは、売り上げのメインが「つぶより野菜」という野菜ジュースの定期購入です。ですが、通販サイトの「健康直送便」自体の認知度は低く、「つぶより野菜」を買うために通販サイトに入り、それ以外の商品は見逃してしまっています。クロスセルをどうつくっていくか取り組んでいるところです。「健康直送便」は国産原料で本物であることにこだわっています。そういった共通メッセージを発信することで、国産野菜に興味関心のあるお客さまにはサイト内の商品の併買の可能性もあると考えています。DD:通販商品企画の社内におけるプレゼンスはいかがでしょうか。細川:売り上げは、まだ店販商品におよばないのですが、社内では重要な事業として扱われている認識です。自社通販は、お客さまを想ってカゴメがこだわって作っている「品質のよい商品を直接お届けできること」に価値があると考えています。カゴメのものづくりのこだわりや、商品開発の技術力を「体験」いただくのに通販商品は最適であると社内でも考えられています。また、野菜や自然の力を食以外の領域へ拡張し、カゴメにとっての提供価値の幅を拡張する急先鋒になるという役割も担っていると考えています。これはいわゆるテストマーケティングの役割です。DD:店頭では購入できない特別なものが買える、ということですよね。コミュニケーションの設計はどのようにされていますか。細川:これは通販の領域に限らないと思いますが、まずはカテゴリーエントリーポイント、つまり想起集合のなかにカゴメの通販事業やサービス、商品が入ってくように意識しています。いまは情報量も多いので、そのなかでいかに思い出されるか、思い出す場所と商品の結びつきが重要で、お客さまの日常生活のなかで、カゴメといちばん結びつきの強いポイントは何か、常に考えています。その上で、私の担当領域がオウンドメディアのため、自社の持っているオウンドメディアが、お客さまのカスタマージャーニー上のどこに配置をすると購入体験上もっとも気持ちがいいのかというところを設計しています。

企業が顧客同士をつないでいくことが重要

DD:前の部署ではデータからいろいろな分析をされていたと思いますが、お客さまのリアルな意見はまったく違う質のものですよね。細川:企業とお客さまという関係は成り立っていると思いますが、今後は「企業がお客さま同士をつないでいくこと」が重要だと考えています。たとえば冬場に収穫される人参をしぼった「冬しぼり」という商品があるのですが、お客さまと実際に畑に行き、収穫体験や工場見学なども行っています。商品をこんなふうにアレンジしている、この部分が好き(自分だけだと思っていたが、ほかのお客さまも支持していてうれしい)といった企業視点では伝えられない商品のよさを伝え合う機会になっています。お客さま同士の会話から新しい発見が見つかったり、互いに共感しあうことで商品をより好きになる機会をつくれることが重要です。しかし拡散力という意味では課題があります。DD:質よりも量を求めることもあると思いますが、そういった施策との融合は可能なのでしょうか。細川:事業部のなかにはマス対応のグループもあり、より多くのお客さまにアプローチする施策はそちらで行っています。我々はお客さまとのつながりを大切にして、ファン化していくことをミッションとしています。お客さまの発話を広告に活かしたり、自社以外のオンラインの売り場でどのような情報発信をすればお客さまが迷わず購入いただけるか、ということを担当部署と共有しながら進めています。DD:デジタルマーケティング時代の経験は、現在の通販事業にどう活用しているのでしょう。細川:単発の施策にするのではなく、継続性のある仕組みをつくること。事業部内のリソースだけでなく、全社のリソースを活用して効果を最大化すること。このあたりは機能部門に所属して長くマーケティングに携わってきていたからこそ、持っている視点だと思っています。これまでの通販事業はある種の出島のような形で個別に動いていた印象を持っています。専門性が必要ですし、ある程度個別に動いた方が効率もよく、成長できていたからです。ですが、今後通販の事業をさらに大きくしていくには、仕組みを作ることや全社のリソースを有効活用することは必須だと思っているので、私の経験を事業の成長に活かしたいと考えています。

LIKEだけどLOVEじゃない

DD:具体的にはどういうことでしょうか。細川:ロイヤリティという点では、年に1回調査を行っています。そこから見えてきたのは、カゴメというブランドは「いいやつだけど仲がよい友達じゃない」という感じなんです。これは、日常の中の接点の問題なのでは、と思っています。日常で必ず使う食品や調味料などと違って、必ずしも接点があるとは限らない。だから「好き」にならないという意味です。カゴメでは、ファンになっていただくために「3つの要素」を大事にしています。「原体験」「商品体験」「企業体験」の3つです。商品体験は購入で企業体験は工場見学などがあがりますが、私が考える商品体験や企業体験は「ライフステージのどのタイミングでカゴメと出会い、記憶に残るか」が重要だと考えています。「商品体験」でわかりやすいのは離乳食です。トマトジュースやピューレーを薄く伸ばして冷凍しておくとそのまま食べさせられて便利なのですが、「何を食べさせればいいかわからない」というときにそういった情報や体験は記憶に残ります。それがポジティブな体験であれば、別のカゴメの商品に出会ったときもポジティブなイメージが湧くと思うんです。DD:原体験の醸成はたとえばどんなことでしょうか。細川:たとえば、子どものころに家で食べたオムライスとカゴメのトマトケチャップが記憶に残っていて、自身が家庭をもった際、昔食べたオムライスを思い出してつくってみようとカゴメのケチャップを購入したというお客さまがいらっしゃいました。その方にとって家庭の味をつくるためにはカゴメのケチャップが必要ということです。DD:その方にとっては、「いいやつ」どころか大親友になったわけですね。細川:そんな風にライフステージに関わることができるのは嬉しいですし、貴重な経験でした。我々の目指すべきは、お客さまのライフステージに寄り添った体験設計をどう作るかです。お客さまの日常で接点を増やすという意味で直近強化しているのが「健康を贈る」というコミュニケーションです。ひとり暮らしの子どもに、母親から野菜ジュースを贈る。あるいは、子どもが初任給で、両親に「これからも元気でいてほしい」とトマトジュースを贈る。そういった体験も増やしていきたいですね。DD:ご自身では、どのようなコミュニケーションに価値があると考えていますか。細川:最近はデジタルテクノロジーの進化で、ターゲティングの精度も上がってきました。でも自分に合った商品しか提供されないのは、便利なようで少し寂しくもあります。何か新しい気づきがあるものや「実はこれが欲しかった」と思えるような機会を作れたら、自分のなかでは価値あるコミュニケーションだと思います。自社通販「健康直送便」でもっとも売れている野菜ジュース「つぶより野菜」Written by 島田ゆかりPhoto by 三浦晃一