学校のテストや資格試験の前に睡眠時間を削って勉強した経験がある人もいるかもしれませんが、近年は睡眠不足が記憶力に悪影響を及ぼして学習効率を下げてしまうため、ぐっすり眠った方がいいと指摘されています。新たにミシガン大学医学部の計算神経科学者であるカルマン・ディバ准教授らの研究チームが行った研究により、睡眠不足のマウスでは記憶形成にとって重要な脳信号が乱れてしまい、その後睡眠を戻しても睡眠十分のマウスと同程度には戻らないことが判明しました。

Sleep loss diminishes hippocampal reactivation and replay | Nature

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07538-2



Sleep deprivation disrupts memory: here’s why

https://www.nature.com/articles/d41586-024-01732-y

Studies uncover the critical role of sleep in the formation of memories | ScienceDaily

https://www.sciencedaily.com/releases/2024/06/240613140906.htm

脳内の神経細胞(ニューロン)は単独で発火することはめったになく、多くの場合は複数のニューロンがリズミカルまたは反復的なパターンで協調して発火しています。

こうした発火パターンのひとつに「sharp-wave ripple(SWR:リップル波)」と呼ばれるものがあり、これはニューロンの大きなグループが極端に同期して発火した後、次に大きなニューロンのグループが特定のテンポで続くというもの。リップル波は記憶形成において重要な役割を果たす海馬という領域で発生し、長期記憶が保存される大脳新皮質とのコミュニケーションを促進していると考えられています。

リップル波は学習後に頻度が上昇することが知られており、過去の出来事で起こった脳活動パターンを加速的に再実行しているのではないかと指摘されています。たとえば、動物がケージ内の特定の場所を通ると海馬のニューロングループが発火し、その場所に関する神経表現が形成されます。後の睡眠において、同じニューロングループの発火がリップル波で再現されることで、経験を記憶として定着させている可能性があるというわけです。



過去の研究では、リップル波が乱されたマウスは記憶力テストで苦労することや、リップル波は覚醒中だけでなく睡眠中にも発生することが知られていました。こうした知見から、睡眠中のリップル波は、短期的な記憶を長期的な記憶に変換する上で特に重要だと考えられているとのこと。

しかし、睡眠時間を直接操作することで、睡眠がリップル波や記憶にどんな影響を及ぼすのかを調べた研究は、これまでほとんどなかったそうです。そこでディバ氏らの研究チームは、7匹のラットに数週間にわたって迷路を探索させ、海馬の活動を記録する実験を行いました。一部のラットには通常通りの睡眠が与えられましたが、一部のラットは定期的に睡眠が妨害されました。この実験の結果、睡眠不足のラットの脳では予想外の反応が起きていることが判明します。

意外なことに、睡眠が妨害されたラットでも通常の睡眠をしたラットと同程度か、それ以上に高い頻度でリップル波が確認されました。しかし、リップル波は比較的弱く、組織化されておらず、以前と同じ発火パターンの繰り返しが著しく減少していることが示されました。

また、睡眠不足になったラットに2日間にわたって通常の睡眠を与えると、リップル波の繰り返しパターンはある程度回復したものの、通常の睡眠をとったラットと同程度までにはならなかったとのことです。



今回の研究結果は、記憶は経験した後も脳内で処理され続けており、経験後の処理が重要であることを示唆しています。ディバ氏らの研究チームは今後、睡眠中の記憶処理の性質や、記憶処理を再活性化する必要性、さらに睡眠圧が記憶に及ぼす影響について解明していきたいとのことです。