今夏に予定される公的年金の財政検証結果。今年もまた不毛な年金バッシングが飛び交うのだろうか(写真:poosan/PIXTA)

先日、あるメディアの記者から問い合わせがありました。

保険料の上限が固定され、マクロ経済スライドの仕組みを取っていることから制度は維持されるかと思いますが、給付水準はどうなっていくのか、将来世代が受け取れる年金額はどうなるのか・・・ご意見を伺いたく存じます。まずはお電話にてお話を伺うことはできますでしょうか。

そこで電話で説明。この問い合わせは、ちょうどタイミングがよく、連絡が届いた数日前の第14回社会保障審議会年金部会(2024年4月16日)(以下、年金部会)で次のような話をしていた直後でした。

さて、前回2019年の財政検証の後、私が一番活用したのは、法律で要請された試算や、オプション試算ではなく、「資料4 2019年財政検証関連資料」でした。
あの資料にある「足下(2019年度)の所得代替率を確保するために必要な受給開始時期の選択」は、若い人たちの年金不安を緩和するために不可欠の試算です。
加えて、小野委員もこの会議で触れられていた「多様な世帯類型における所得代替率」は、この国の年金は、世帯類型とは独立したものとして設計されていることを実証する力作でした。

年金報道関係者は重大な資料を読んでいない

小野委員というのは、日本年金学会の前代表幹事の小野正昭さんのことです。いつものことではありますが、年金報道の関係者の間でも、あの資料4はまったくといっていいほどに知られていません。

5年に1度実施される財政検証の結果が今夏に公表される予定の中、これから年金の報道は盛り上がると思いますので、私たち、たぶん人よりも年金を若干詳しく知っている人たちが、前回の財政検証関連資料で最も意味があると評価していた資料の説明を少ししておこうと思います。

先に、「将来世代が受け取れる年金額はどうなるのか」との問い合わせがあったと書きましたが、その質問に対する回答そのものが、年金部会で私が、「『足下(2019年度)の所得代替率を確保するために必要な受給開始時期の選択』は、若い人たちの年金不安を緩和するために不可欠の試算」と話している資料だったわけです。

ここでクイズを1つ。

5年前の前回の財政検証が行われた2019年に20歳だった人が、2019年時に65歳の人たちと同じ年金の給付水準になるためには、いったいいつまで働いて保険料を納めればいいと思いますか?

ほぼ100%が悲観的に間違える

この質問に対しては、ほぼ100%の人たちが間違えてくれます。70歳との答えはマシなほうで、90歳だ100歳だとかそれ以上と答える人も出てきます。ところが、答えは66歳9カ月。それを示したのが、資料4の「足下(2019年度)の所得代替率(61.7%)確保に必要な受給開始時期の選択」でした。


2019年に65歳だった人が、20歳から60歳0カ月まで就労して保険料を納付し、65歳0カ月から年金を受給し始めると、現役時の所得に対する所得代替率61.7%の給付水準の年金を受け取ることができます。

そして、1999年生まれの2019年に20歳だった人が、上と同じく、20歳から保険料を拠出して60歳0カ月まで就労して、65歳0カ月から受給し始めると、マクロ経済スライドの調整もあり、彼/彼女の年金給付水準は所得代替率50.8%になる。表は、そういうことを示しています(詳細は、資料4の10ページをご覧ください)。

しかしですね。所得代替率が50.8%になるその彼/彼女が、2019年に65歳になった人と同じ所得代替率61.7%を得ることができるのは、66歳9カ月まで働いて保険料を拠出すればいいわけです。

2019年に20歳だった人(今は25歳)が今の高齢者たちと同じ給付水準の年金を受け取ることができる66歳9カ月になる未来までには、40年近くあるわけですね。40年先の話なのですから、労働市場をそのように変えるのは、そう無理な話ではないように思えます。

そうしたこともあり、「年金が将来何%下がる」というような話には、そりゃ、金融業界をはじめとした「不安産業」の人たちは喜ぶだろうけど、その言葉にどんな意味があるのだろうかとついつい考えてしまうわけです。

年金の給付水準はいろんな要因の影響を受けます。どうして、それらの変数を固定して将来を語ることができるのだろうか――不思議な人がいるもんだという感じで、いつもそうした人たちを眺めています。

さらに、少し専門的な話になりますが、今話題になっている基礎年金45年加入、65歳以上の在職老齢年金の廃止などの制度改正案が実現すれば、先の66歳9カ月は65歳10カ月までに短縮され、2019年度に65歳だった世代と同じ所得代替率を確保できます。そのことが、5年前の財政検証の資料4で示されていたわけです。

公的年金シミュレーターを使ってみよう!

公的年金というのは、どんなふうに働くか、何歳まで働くか、いつから年金を受け取るかなどの組み合わせを変えていけば、ガラリと給付水準が変わります。つまり、自分が受け取る年金額を選ぶことができるわけです。

そうした具体的な話を教えてくれるのが、公的年金シミュレーターです。

1年に1度お誕生日のときに送られてくるねんきん定期便。もし手元にあるなら、その中にあるQRコードをぜひスマートフォンで読み取ってみてください。持っていなくても大丈夫。将来の自分のライフプランに応じて、自分の年金給付水準にびっくりするような変化が起こることを公的年金シミュレーターは教えてくれます。だまされたと思ってお試しあれ!

今話題にしている5年前の財政検証で作られた資料4の中には、先に小野委員も会議で触れられていた「多様な世帯類型における所得代替率」の資料もあります。これはとても価値あるものです。彼は、第9回年金部会(2023年11月21日)で次の発言をされていました。

2019年財政検証の際に、年金局から財政検証関連資料というのが公表されまして、その中に多様な世帯類型における所得代替率という資料がありました。この資料は、現在の議論に真摯に応えたものだと私は思っていますけれども、ここまでしても社会の理解が得られないのはなぜなのかというのが非常に疑問であります。

「ここまでしても」という資料が、「多様な世帯類型における所得代替率」(資料4の12〜19ページ)という、年金局の力作でした。

これまで、このオンライン記事で何度か論じてきたように、日本の公的年金の負担と給付の根本原則は、賃金水準(1人当たり)が同じであれば、どの世帯類型でも保険料の負担、年金月額、所得代替率は同じというものです。所得代替率や年金月額の違いは、片働き世帯とか共働き世帯というような世帯類型とはまったく関係ないんですね。


ところが、世の中では、「昔は専業主婦世帯が普通だったのに、今は共働き世帯が一般的になってきた。だから、年金を時代に合わせて変えなければならない」という話が、いかにももっともらしく言われていたりしています。でも、これは、完全に間違えている話なわけです。

そこで、年金局は、2019年の財政検証の時に次のような資料を作っていました。


資料4では、賃金水準はいろいろとバリエーションが挙げられているわけですが、例えば今、賃金月額が32.9万円〜54.9万円の夫婦世帯があるとします(『国民生活基礎調査』からのデータに基づいています)。この世帯は、日本の公的年金では、単身または1人分の16.5万円〜27.4万円となる世帯と同等に扱われることになります。

この世帯が、40年間保険料を納めると、受け取る年金は夫婦2人分で、19.8万円〜24.3万円になり、単身または1人分は、夫婦2人の半分9.9万円〜12.1万円になります。

こうした賃金水準、年金の給付水準に属する世帯は、いろいろな世帯類型が考えられます。

同じ共働き世帯でも、ともに正規雇用で就労している人たちもいるでしょうし、共に正規雇用以外で就業している人もいるでしょう。また、この賃金水準に属する人たちには片働き世帯もいます。もちろん、正規雇用で就労している人も入れば、正規雇用以外で就労している人もいます。

世帯類型に関係なく保険料も給付額も平等に設定

そうした世帯類型の人たちは、世帯における1人当たり賃金水準が同じなのであれば、保険料も、年金の給付水準も、そして所得代替率も同じになるわけです。しつこいようですが、年金は、1人当たり賃金が同じならば、世帯類型とは関係なく、負担も給付も同じになるように設計されているからです。

たとえば、年金局が2019年に作った資料4によれば、賃金月額が32.9万円〜54.9万円の夫婦世帯には、共働き世帯・共に正規雇用10%、共に正規雇用以外1%、共働きと正規雇用以外12%、そして片働き世帯・正規雇用で就労74%、正規雇用以外3%との世帯類型の分布があることが示されていました。同様に、単身世帯では男女別に正規雇用、正規雇用以外の割合も示されていました。

この資料は、昔とは異なり共働きの世帯が増えてきたのだから、それに合わせて年金の改革が必要だ、というようなよく聞く話、私の言う「ヒューリスティック年金論」に向けて、それは間違えていますよと言うために作られた力作だと思います。

ところがこの「多様な世帯類型における所得代替率」という資料も、この資料が作られて5年も経つのにみんな知らない。メディアは誰も報道しない。そして、みんなで、年金は不安だ、将来は不安だ、時代に合っていない年金は抜本改革が必要だと相も変わらずの状況が続いてきたわけですね。

私に問い合わせてきた記者の番組も、放映時には最後に「現行の年金制度どう思う?」へのアンケート調査結果として「抜本的に見直す」が54.9%、「廃止すべき」が9.4%もあることを紹介していました。まぁ、仕方がない。それが昔から変わらぬ年金まわりの風景というものです。

そういえば、次のような話もありました。

「ちびまる子ちゃん」の家族で年金を考えてみよう

ある女性誌のインタビュアーからの、マクロ経済スライドによる年金給付の実質価値の減額の意味を教えてほしいとの質問に、次のように答えました。

「マクロ経済スライド」という仕組みがある。社会保障制度に詳しい、慶應義塾大学商学部教授の権丈善一さんが説明する。
「ちびまる子ちゃんの家族を考えてみましょうか。世の中で物価が3%上がったとします。その時、友蔵の年金が3%上がったら、それは実質価値が保障されていると言います。しかし日本の今の年金では、友蔵の年金は2.6パーセントしか上がりません。その差額0.4ポイント分が、実質価値の減額という意味です。その0.4ポイント分はまるちゃんの将来の年金に友蔵から仕送りされ、まるちゃんが受け取る年金が増えることになります。それが2004年に導入された『マクロ経済スライド』です。難しいかもしれないけど、この、孫、曾孫への仕送りの仕組みで日本の年金が、まるちゃんが年をとっても、生活の柱になる給付水準を保障することができるようになりました。」(権丈さん)

女性週刊誌では、この文章がどのように活用されたのか……おもしろかったですよ(笑)。誌面では1カ所、僕が話した「まるちゃん」が「まる子ちゃん」に修正されていましたけど、たまちゃんは、まる子ちゃんと言わないなぁ。

最後に、私が年金部会に提出した2つの資料がある第14回年金部会のホームページ、および第15回年金部会のホームページを紹介して、本日は、このあたりで終えようかと思います。お手隙の方には、両ページにある「権丈委員提出資料」をご笑覧いただければ幸いです。

(権丈 善一 : 慶應義塾大学商学部教授)