上場しても「大金持ち」になれない創業社長の悲哀
上場によって得られるものはさまざまですが、当然デメリットもあります(写真:Luce/PIXTA)
起業家にとってIPO(新規公開株)は、一つの目標です。資金調達しやすくなり、信頼度も上がります。一方、IPOによるデメリットや、気を付けるべき点は意外にも知られていません。本稿では、自身も起業家として数々の辛酸をなめ、経営の伴走者として1000人以上の経営者の苦難を間近で見てきた徳谷智史の著書『経営中毒』より一部抜粋・再構成のうえ、社長にとってのIPOのメリット・デメリットをご紹介します。
上場するスタートアップは、ほんの一握り
ベンチャーキャピタルなどから出資(エクイティ)を受けて、スタートアップを経営していると、意識せざるをえないのが、「イグジット(出口)」です。
人が定着し、事業も軌道に乗ってきて資金も目処が立ちそうだ。それくらいのタイミングで「どうする、イグジットしちゃう?」なんて会話が社内で繰り広げられたりします。
イグジットとは、要は「会社の『出口』をどうするか」ということ。大別すると、イグジットは2つの種類があります。
1つ目はIPO(Initial Public Offering、新規公開株)です。自社の株式をパブリックな証券取引所に上場することで、誰でも株式を売買できるようにすることです。
2つ目はM&A(Mergers and Acquisitions)です。Mergersとは「合併」、Acquisitionsは「買収」を意味します。合併は複数の企業を統合して1つの新しい会社にすること、買収は会社を丸ごと買い取ることですね。丸ごとではなく、一部の事業だけ譲渡する事業譲渡などもあります。
じつは99%以上の会社は、IPOもM&Aもしません。残り1%以下が上場するとして、その中でスタートアップが占める割合はほんの一握り。
それだけ少数ではありますが、エクイティによって資金調達をしたスタートアップは、IPOあるいはM&Aを目指す必要があります。なぜなら、IPOやM&Aをしないと、投資家がリターンを得られないからです。
投資家目線で見ると、投資している企業の「出口」は大きな関心事です。まだ企業が成長するかわからないときにリスクをとって投資をして、株式を保有するわけですが、それだけでは何の利益も出ません。
投資家がスタートアップに対してIPOを求める理由
エンジェル投資家のなかには、「リターンは何年かかってもいいよ」というスタンスの人もいますが、ベンチャーキャピタルやファンドは、金融機関や事業会社、機関投資家などから集めたお金で出資・投資をしているので、そうしたプレイヤーたちにできるだけ早くリターンを返さなければなりません。
出資をした投資家などがリターンを得るためには、出資先の企業価値が上がってから株を売却すればいい。そこで必要になるのが、IPOです。
IPOをすれば、株を自由に売却できるようになるだけでなく、将来を見据えた企業価値がつくので、出資したときよりも高い値段で売却できることが多い。だから、投資家はスタートアップに対してIPOを求めるのです。
また、M&Aであっても、出資したときの値段よりも高い値段で株式を買い取ってもらえれば、収益が出る形で利益を確定できます。最初からM&Aを目指してほしいという投資家は日本では少ないですが、結果的にはM&Aでもいいわけです。
一方デットによる資金調達、たとえば金融機関からの借り入れの場合は、利子をつけて返せば良いので、銀行から「上場してほしい」とは言われません。これがエクイティとデットの大きな違いといえます。
冒頭でイグジットの種類と意義について述べましたが、これらは投資家目線で見たときの話。社長目線で見ると、少し話が変わります。
まず、IPOは社長にとって「出口」ではありません。上場した後も当然ながら経営は続いていきますから、あくまで「新しいスタート」です。上場した瞬間、すべてを投げ出して辞める、ということは基本的にはできません。
上場すると週刊誌に狙われる?
厳密に言うと、上場後に保有している株式を売ることができますが、売れる株は少しだけです。株をたくさん売ると持ち株比率が変わるため、株式市場から「この社長にとって上場がゴールで、経営する気がないな」と判断され、株価(企業価値)が下がってしまうのです。
そもそも、上場前にベンチャーキャピタルなどから出資を受けているはずで、社長の持ち株比率は高くないケースもあります。よく「上場したらめちゃ金持ちでしょ」と言う人がいますが、必ずしもそうでもなかったりします。
むしろ、上場すると注目度が上がるので、社長が週刊誌に狙われることもあります。皆、誰も知らない会社の社長の飲み会には興味がありませんが、有名な会社の社長がちょっとお行儀の悪いことをすると猛烈に叩かれるものです。
一方、M&Aはどうかというと、これは社長にとって出口になりうるケースがあります。会社や事業を手放すのと引き換えに、社長はリターンを得られるからです。
ただし多くの場合、自分の会社や事業をどこかの会社に売却するタイミングで経営から手を引けず、「2年間は引き続き経営に専念してください(=ロックアップ)」といった条項が付きます。ロックアップの期間が終わったら晴れて自由の身となりますが、それまでは本当の意味でのイグジットとは言えないのです。
上場を選択するということは、永遠に成長し続ける道を選択したということです。
ベンチャーキャピタルから投資を受けた時点でそこまで明確にイメージしている社長は少ないですが、事業責任や資本市場への説明責任、組織への責任は重くのしかかるようになります。会社の統治の仕組みを整えるのはもちろん、監査役や社外取締役などさまざまな人の目が注がれることになるのも、大きなプレッシャーです。
すると、自分がビジョンやミッションを大事にして会社を立ち上げたにもかかわらず、事業の成長や、守らなければならないこと、コンプライアンスなどに縛られるようになるので、「自分が立ち上げた会社なのにもう自分のものではない」という感覚に陥ります。人格が分離したような感覚がありながらも、これまで以上の責任があるという立場になるのです。
このような現実にさらされると、「責任は重くなったし、人は抜けてしまったし、自分は株を少ししか売れない。一体なんのために上場したんだろうか」となんとも言えない気持ちになることが多かれ少なかれ出てきます。今まで以上にいろんなことを本音で誰かに相談しづらくなるので、孤立感も深まります。
創業者は上場したらハッピーか?
しかし創業者にとって、自分が立ち上げた会社を上場することは、人生を代表するメモリアルな出来事であることは確かです。
上場とは、世間のなかで大きなインパクトを起こせる会社になったということであり、世界中の投資家からの投資=応援の対象になったということでもあります。
上場した企業はパブリックな存在になりますから、まさしく「社会の公器」です。自分が手塩にかけて生み、育ててきた企業がそのような存在にまで育ったのは誇らしいことでしょう。信用力を活かしたさらなる成長オプションを取ることもできます。
また、上場すると、感謝の気持ちも芽生えます。上場は自分一人ではできず、たくさんの人の応援が形になる出来事だからです。支えてもらった方々には強く感謝するようになるでしょう。
お金を出してくれた投資家や一生懸命働いてくれた仲間たちに経済的に報いることができるのも嬉しいことですし、社長自身もすべて売却できるわけではないですが、個人の資産を形成できるのは大きなメリットです。
社長のなかには、「上場して初めて、社会に向き合うスタートラインに立ったと言える」とおっしゃる方もいます。それくらい上場はインパクトの大きい出来事ではあります。もちろん、上場してからも経営は続いていきます。節目ではあるものの、通過点でしかありません。
このように、上場によって得られるものはさまざまです。上場するかどうかは、社長自身が何を大事にするかで決まると言えるでしょう。
(徳谷 智史 : エッグフォワード 代表取締役)