RAV4が牽引するモバイルトイレは、車いすのまま利用でき屋外イベントや災害時に活躍する(写真:トヨタ自動車)

トヨタが2024年春頃の発売を目指す「モバイルトイレ」。筆者が実機を初めて見たのは、ジャパンモビリティショー2023の会場内に設置された、未来の東京を実感できる「Tokyo Future Tour」の「EMERGENCY」コーナーだった。

場内が暗転し、いきなり「ゴジラ来襲」という演出。映画『ゴジラ-1.0』とコラボし、来場者に有事の臨場感を体感してもらうことで、有事におけるモビリティのあり方を考えてもらおうという試みである。


ジャパンモビリティショー2023で筆者撮影が見たモバイルトイレ(筆者撮影)

あくまでもエンターテインメントとしての位置付けながら、東日本大震災やコロナ禍といった過去体験から「大規模な災害は自分自身の生活と直結する、決して架空の話ではない」という思いを抱いた来場者は少なくないはずだ。

モバイルトイレの実機を間近で見ると、人が生きていくためには、さまざまなシーンでトイレが必要であることを考えさせられる。

また、モバイルトイレは有事のみならず平時においても、屋外イベントやキャンプ場などで、特に高齢者や障がい者が「もっと楽しく、安心して外出したい」という気持ちの後押しにつながるという発想も理解できる。

RAV4が牽引するモバイルトイレ

展示されたモバイルトイレは、SUVの「RAV4」で牽引する方式だった。側面に横幅約90cmで傾角5度のスロープがあり、中に入ると車いすでも利用しやすいレイアウトで、トイレは水洗式。手洗い場は、新幹線でも導入されている節水効果が高い真空式だ。


モバイルトイレの内部。広さはもちろん導線など使い勝手がよく考えられている(写真:トヨタ自動車)

モバイルトイレの後部空間には、真空ポンプ、エアタンク、そして汚水タンクを装着する。作動させるための電力の確保は、牽引車からの給電機能、発電機、または家庭用コンセントなど、さまざまな方法で可能な仕組みである。

モバイルトイレを開発したトヨタ自動車によれば、健常者向けの災害トレーラー方式の移動トイレは実在するが、車いす利用者や介護者などの使用性を重視した移動式トイレはほとんど普及していないため、トヨタとして新規に設計したという。

設計にあたっては、牽引免許が不要で普通免許で牽引できる総重量750kg以下とし、トイレ内で車いすが転回しやすい空間(直径約150cmで360度の転回が可能)を確保しつつ、モバイルトイレ全体をできるだけ小さなサイズにすることが重視された。

排水については、モバイルトイレを設置する自治体が指定するくみとり業者に依頼する。トイレ約100回の使用で、汚水タンクは満タンとなる。

災害時などでは、下水道に直接排水することも自治体と協議することになるという。トヨタはこれまで、各種の屋外イベントなどで実際にモバイルトイレのプロトタイプを設置し、利用者の声を聞いている。


能登半島地震でもモバイルトイレは活用された(トヨタ自動車の資料より)

現場では、「すべての人にとっての“トイレの必要性”を改めて実感した」という感想が少なくないという。

また、トヨタが2022年に実施したアンケートによれば、モバイルトイレ体験会に参加した人の82%が「モバイルトイレがあれば、今までできなかったことができるようになると思う」と回答している。 

Mobility for Allを具現化する「RB活動」

モバイルトイレは、トヨタが2023年から始めた「RB活動」の一環だ。RBとは、リムービング・バリアのこと。

トヨタは近年、東京2020オリンピック・パラリンピックを含めて、「Mobility for All=すべての人に移動の自由を」という移動に対する企業としての考え方を示している。


国際福祉機器展2023でも「Mobility for All=すべての人に移動の自由を」が掲げられていた(筆者撮影)

RB活動は、Mobility for Allに対する具体的な取り組みだと言えるだろう。移動に対する物理的、また心理的なバリアを取り除こうという試みである。

特に高齢者、障がい者、そして交通の不便な地域の住民などが「安心して一歩外に出てみよう」と思える、仕掛けや仕組みづくりを模索しているところだ。

現時点でRB活動は、モバイルトイレを含む7つの商材を用いている。キーワードは「今すぐやれるとこからまず取り組む」である。

例えば、バスなど交通機関で車いすの位置固定を短時間で行うための「車いすのワンタッチ固定」。この分野は車いす・乗用車・バスメーカーが連携して、車いす固定バーの標準化に向けたコンソーシアムを2022年4月に設立するなど、普及に向けた活動が具体的に始まっているところだ。

また、乗用車の運転席や助手席が左右に回転して乗降しやすくなる「ターンチルトシート」の普及促進や、ステアリング部にアクセルとブレーキのレバーの機能を組み込んだ「NEO Steer・ネオ ステア」をジャパンモビリティショー2023でワールドプレミアしている。


バイクハンドルをベースに、アクセル、ブレーキといった足元の操作系をステアリングホイールに集約したNEO Steer(写真:トヨタ自動車)

そのほか、「福祉タクシー」や自家用有償旅客運送による「地域の足」、そして「C+pod」や「C+walk」などの「小型モビリティ」の社会での活用がある。

本格的なミストサウナを移動式にした「NUKUMARU」

RB活動と並行して、トヨタの各部署ではMobility for Allに向けた興味深い試みがある。その中から今回は、「NUKUMARU:ヌクマル」と「ツギココ」を紹介したい。

「NUKUMARU」は、移動式の本格的なミストサウナ(蒸気浴)だ。現行モデルは、「ハイエース」を改良したもの。すでに長野県飯山市で実証実験を行っている。


長野県飯山市で実際に運行が開始しているハイエースベースのNUKUMARU(筆者撮影)

それにしても、なぜトヨタ本社がこうした発想を具現化したのか?

近年、オートキャンプの流行によって、キャンピングカー専門事業者らがハイエースなどをベースとした各種モデルを販売しており、そうした中にはシャワー設備を持つものがある。また、キャンピングカーショーなどでは、バスタブやサウナを装着するコンセプトモデルが登場することもある。

これらに対して、NUKUMARUは当初、Mobility for Allの観点から介護や介護予防を想定していた。ところが、ジャパンモビリティショー2023ではさらに発想を広げ、美容やレジャーといった分野も視野に入れたプレゼンテーションを行っており、筆者は驚いた。

公開されたプロモーションビデオは、かなりソフトなタッチで仕上げてあって、身体的には元気な高齢者が「社会とのつながり」をより感じる機会をつくるというテイストのシナリオだった。

さらに、若い女性に向けてのミストサウナによる美容効果の提案や、モバイルトイレと同じく災害時での避難施設などでの利用も、NUKUMARU事業として想定することになった。

こうしたNUKUMARUの多様性の追求に対してトヨタの社会貢献推進部は、2018年に登場したトヨタの新交通システム「e-Palette」など、モビリティ・アズ・ア・サービス(MaaS)を検討する中で、「NUKUMARUはMaaSの事業化を検証するコンテンツの1つ」という解釈を示す。

現在のNUKUMARUはハイエースをベースとしたものだが、「ハードウェアありき」ではなく「社会に役立つサービスの価値とは何か?」という事業としての軸足がしっかりあるのだ。

次世代技術を盛り込んだハードウェアではなく、「事業化の観点から、どうすれば社会実装できるか」という、社会におけるモビリティのあり方を深く考えるプロジェクトなのである。

認知症の人のナビアプリ「ツギココ」

続いて、「ツギココ」。これは、認知症の人が道に迷わないように、「次はここ」と家族がやさしく見守るような発想のアプリである。


国際福祉機器展2023に展示されたツギココの実機(筆者撮影)

特徴は、目的地設定が簡単で感覚的にすぐ使えること。例えば、画面上に「病院」「公民館」「コンビニ」「自宅に帰る」という4つのアイコンを設け、歩行中にルートから外れたら音や振動で知らせると同時に、画面上にわかりやすい案内表示を出すなどだ。

ツギココ利用者自身、またはその家族がパソコンなどを使って出発前にルートを設定するのが基本操作。移動中の現在位置は、家族がソフトウェア上で確認できる。

開発したトヨタ先進プロジェクト推進部では、ツギココを「かんたん操作の徒歩ナビ」と表現している。徒歩移動中は画面表示を消すため、いわゆる“歩きスマホ”のような状態にはならない設計としている。

トヨタがツギココの開発を通じてまとめた資料によれば、認知症の人は2020年時点で631万人おり、増加傾向が続く。認知症ほどではないが、記憶や注意力など認知機能が低下した状態である軽度認知障害(MCI)の診断を受ける人もいる。

こうした中、経済産業省では認知症官民協議会 認知症イノベーションアライアンスワーキンググループが、2023年2月に「認知症予防に関する民間サービスの開発・展開にあたっての提言」をまとめた。その中で、国として当事者参画型の開発を進める方針を示している。

トヨタはこのような国の動きを鑑み、経済産業省を通じて福岡市との繋がりを得て、同市内でツギココの実証試験を行うに至ったという。そして、実際に福岡市の利用者からはポジティブな意見が寄せられている。

ただし、ツギココが今後、どのような商流で社会実装されるのか、また保険や補償のあり方をはじめ、どのように事業化していくのかを考えると、トヨタには民間企業のパートナー、国、地方自治体などと連携した、さらに注意深い対応が求められるだろう。

「自分ごと」として捉える姿勢

トヨタのMobility for Allという考え方について、一般的には高齢者や障がい者に対応した、トヨタが言う「ウェルキャブ(福祉車両)」を思い浮かべる人がいるかもしれない。企業の社会貢献といったイメージである。


移動の足として開発されたC+walk。トヨタ会館にて(筆者撮影)

だが、実際にMobility for AllやRB活動に直接携わる、トヨタ関係者の声を聞いていると、企業から社会に対する「貢献」という捉え方ではなく、社会が変化していく中で「社会がこれからどうあってほしいか」という「1人の人間としての意識」をしっかり持っているように感じる。


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今回、紹介した各製品担当部署の皆さんが、一様に「自分ごと」として製品やサービスについて熱く語ってくれたことが印象深い。

Mobility for Allの分野、社会実装に向けたバリアはたくさんある。そうしたバリアを「思い切って突き破る」のではなく、思いやりをもって「丁寧に一つひとつ取り除く」ことが「人にとって」、そして「社会にとって」大事なことだと感じる。

(桃田 健史 : ジャーナリスト)