(写真:Luce/PIXTA)

地方移住の課題の1つとして挙げられるのが医療の問題です。「地方ではいいお医者さんにかかるのが難しいのではないか」との懸念から、地方移住を躊躇する人もいるかもしれません。そこで、地方移住した2人の話を通じて、はたして地方に移住すると医療サービスを受けることが難しくなるのか、多面的な視点で検証したいと思います。

がん治療専念のため単身で福岡に移住

「2015年に悪性リンパ腫で脾臓、胃などを摘出し、2カ月間入院しました」というKさん(69歳、2021年当時)は、4年前にがん治療のために福岡へ単身移住しました。奥さんと娘さんは千葉県柏市に暮らしています。

「手術後に抗がん剤による治療を続け、途中でアスペルギルス肺炎に罹患したことで予定以上に治療期間が長くなった」こともあり、2016年6月まで治療に専念し、12月に退職、そして2017年2月に福岡市へ単身で移住。取材当時、スキップフロア付き1Kの賃貸アパートに暮らしていました。

単身で移住した理由は、自活するため。抗がん剤治療中とその後の経過観察などの時期は「家族と一緒にいると甘えてしまう」と考え、大学時代まで住んだ故郷の福岡市にUターンして、単身で自分の生活を律し、がんと向き合おうと決意されたといいます。

5年の経過期間も無事終えて、今では自転車を乗り回す日々を送っています。

福岡市の不便なところは「区役所の出張所がないこと。その点では行政サービスに課題があると思う」と指摘する一方で、病院のサービスは素晴らしいとの評価でした。

がんの治療や検査のため、東京でも福岡でも何度も病院を利用した経験から、「東京で半日かかる通院が、福岡では1時間半で済む」と語る実体験は説得力を持っていました。検査や治療というよりも、治療、会計のための待ち時間が短いことが大きいようです。

がん治療のように、その後の倦怠感などを考慮すると、半日かかる通院は結局1日会社を休むことになりますが、通院が1時間半なら半日で済むというわけです。医療サービスというのは、単に医者の数や病院における高度な治療といったものだけでなく、その周辺のサービスも含めて医療サービスなのだとつくづく感じるエピソードでした。

「地方には医者が足りない」は本当か

地方にまつわる懸念の1つとして医者不足が挙げられることがありますが、はたして本当でしょうか。

厚生労働省による2020年の「医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」によると、10万人当たりの医者数は全国平均で269.2人でした。これを都道府県別にランキングにしてみると、第1位は徳島県の356.7人、第2位が京都府の355.1人、第3位が東京都の342.2人です。

4位以下の都市を順番に挙げると、鳥取県、長崎県、高知県、岡山県、福岡県、和歌山県、島根県、熊本県、石川県、香川県、佐賀県で、ここまでが10万人当たり300人以上の医者がいる都府県です。想像とは違って、三大都市圏ではないところが上位にランクインしていることがわかります。また比較的西日本に医者が多いとも感じます。

もちろん医療は量だけでみるものではなく、質も大切です。質のデータはなかなか見つかりませんが、フィンウェル研究所が行った「60代6000人の声」調査(2023年、人口30万人以上で都道府県庁が所在する34都市対象)では、居住している都市のいい点、課題点を複数回答可で挙げてもらっています。そのなかでいい点として「医療体制が意外に充実していること」、課題点として「医療体制が十分でないこと」を挙げた人の比率を取ってみました。

回答者6503人全体でみると、いい点として医療体制を挙げた人の比率は39.0%、課題点として挙げた人の比率は11.2%でした。対象の都市別に、この数値を見たのがグラフですが、いい点として医療体制を挙げた人の比率が40%を超えているのは、東京23区や名古屋市など、7都市。課題点として20%以上の人が挙げた都市は、秋田市、松山市、高知市でした。

(図表入れる)

移住後、新型コロナ→間質性肺炎に

もう1人、地方で病気療養した人を紹介しましょう。

高松でインタビューをしたのはファイナンシャル・アドバイザーのUさん。この仕事を始めてすでに38年になるベテランです。実家のある高松に東京からUターン移住をしたのが2021年3月。教師をしていた父が、新型コロナ禍で妙に弱気になったことをきっかけに移住を決めました。

ところが、2021年夏にご自身が新型コロナに罹患。しかも救急車で運ばれ、緊急入院する事態に。医師には厳しい宣告を受けたのですが、何とか望みをつなぎ、11月には退院できるまでに回復しました。素晴らしい回復力なのですが、その力のもとは若いころから愛用しているサプリメントの力ではないか、といいます。

ただ、退院できたとはいえ、医師からは「間質性肺炎」と診断されました。障害者の認定を受け、生涯にわたって酸素ボンベを離せない生活になると宣告を受けます。実際、ネット検索をすると、特発性間質性肺炎は「指定難病85」と記載されています。治療薬はあるようですが、進行抑制が現実的な目標になると書かれており、Uさんもこれを読んだことでしょうから、かなり落ち込んだはずです。

しかし、Uさんは「難病指定ということは、医者にかかっても治らないということだ」と考え、検索を続けたところ、ミトコンドリア増強サプリメントと波動パッチを見つけ、それを試したそうです。

高価ではあったものの、退院後の回復力も驚異的で、今では酸素ボンベがいらない生活に戻ることができたとのこと。実際、インタビューはホテルの喫茶店で行ったのですが、そこへ酸素ボンベなしで登場し、最初の印象は66歳には見えない、若々しいものでした。

「新型コロナに罹患して高松より東京のほうがよかったと思いましたか」と尋ねると、Uさんは「間質性肺炎によって損傷した肺細胞を再生できるのは幹細胞だけ。その幹細胞点滴治療を行っているクリニックは香川県にはなく、一番近くて岡山県だけ。しかし2時間しか持たない酸素ボンベでは通院するのは物理的に無理でした」と振り返っていました。

そして、「幹細胞点滴治療を受けられたとしても毎回10万円を超えるコストがかかります。近くでその治療が受けられたら安易に幹細胞点滴治療を受けていたかもしれません」と考えています。何か幸いなのかはわかりません。

ただ、「今でも肺の2割は損傷しているはず」で、まだ走ったり階段を駆け上がったりは不可能だそうです。でも2022年の秋くらいからゆっくりと仕事の再開に動きだしています。

異業種交流会に少しずつ参加し、子ども向けの無料スクールの開催などから始めて高松でのネットワークを構築することからスタートです。ファイナンシャル・アドバイザーの仕事は何よりも信頼されることが大切ですから、じっくり基盤を作っていくつもりとのことです。

「十分な治療」意外に必要な視点

2人の方のインタビューの後、自分なりに考えたのは医療サービスとは何かということでした。確かに病気になるのは嫌ですし、十分な治療が受けられないことで症状が悪化するのも避けたいものです。

ただ、それだけが医療なのか、治療中・治療後の生活の質(QOL)まで考えてみると、答えは1つではないように思います。現役時代の目線だけで考えないことが大切ではないでしょうか。


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(野尻 哲史 : 合同会社フィンウェル研究所 代表)