苦手なものを克服させなくては……と思うより、得意を伸ばしてあげるほうが子は育つといいます(写真:buritora/PIXTA)

親が頑張りすぎないほうが、子どもは伸びる! 

中学受験のプロとして活躍し、教科指導スキルにコーチング技術や心理療法的なアプローチをとりいれた指導方法で灘や東大寺、開成、筑駒、麻布など最難関中学に教え子を多数合格させてきた著者が語る、「本当に頭がいい子の育ち方」。

教育家の小川大介氏は、自身が代表をつとめる個別指導塾で、5000組を超える家庭と面談をしてきました。そんな小川氏の実体験とコーチング・心理学の知見を踏まえ、「のびのびと育てられているのに、頭のいい子」が育つ子育て法を『頭のいい子の親がやっている「見守る」子育て』より一部抜粋・再編してお届けします。

「苦手を克服する」よりも「得意を伸ばす」ほうが将来有利

親はとかく、子どもに「何でもできる子になってほしい」と願うものです。そのため、苦手なことがあると心配になり、できていないことやダメなところを指摘して直そうとします。

しかし、これからの時代に求められるのは「苦手なことを克服させる教育」ではなく、「得意なことを伸ばす教育」です。第1回でもお話ししたように、時代の変化に伴い、「頭のいい子」の定義も変わりつつあるからです。

組織人として無難に働き、年功序列で階段を上がっていけば安泰だった時代は終わり、これからは、ほかの人にはない価値を世の中に提供できる人に仕事が集まる時代になります。みんなと同じでは、「その人をわざわざ選ぶ必要がない」と認識されてしまうのです。

そう考えれば、「その子の強いところ、得意なところをどんどん伸ばす教育が、その子の将来にとっては有利だ」という話も納得していただけるでしょう。

勉強が得意で、スポーツ万能。実技科目もそつなくこなし、何でもできる優等生。もしもわが子がこうならば、親としては安心ですが、そんな子はまれです。何でも一番になりたいタイプの子なら自らその努力ができるかもしれませんが、大多数の子どもは、自分の好きなことだけ頑張ろうとします。それなのに「何でもできること」を求めてしまうと、好きなことに向けられるはずだったエネルギーが分散してしまい、その子の強みが育たなくなります。

何でもまんべんなくほどほどにできる人よりも、不得意なことはからきしダメだけれど、得意なことはとことん得意という、いわば「いびつ」な人こそが、これからの社会で力を発揮しやすいのです。

有名進学校も「いびつ」を勧める

実際、有名進学校の校長先生の多くは、「いびつ」がいいという旨のメッセージを発信しています。

灘中学校の先生は、こんなことを言っていました。

「うちの子たちが素晴らしいのは、全員が『自分の世界』を持っていること。たとえば、電車のことだったらあいつに聞こう、数学はあいつだ、ゲームに関してはあいつに聞けば間違いないというように、それぞれが必ず『この分野は○○だ』という専売特許を持っている。それは社会の縮図のようなもので、彼らは大人になっても、『ITの分野ならばあいつとあいつに聞けば何とかなりそうだな』というネットワークを作っていく。自分の好きな世界をどんどん広げていけばいい」

これは灘中に限った話ではありません。開成中学校の先生も麻布中学校の先生も、進学校、名門校と呼ばれる学校の説明会では、みなさん同じことを言っています。

もちろん、「得意」を伸ばす子育てをしたところで、子どもがその道で一流になるという保証はありません。ならば、「みんなができていることはひと通りできる大人にさせたい」と親御さんが願うのも、もっともです。

ただ、一度立ち止まって考えてみてください。果たしてそれは、本当に子どものためになっているでしょうか。突き詰めていくと実は、「苦手なことがあったら、後々子どもが困るのではないか」という自分の不安を払拭しようとしているだけではないでしょうか。

世の中の価値観は、「苦手なものがある」ことがよくないというものから、「飛び抜けて得意なことがない」ことがよくない、という方向に徐々に転換しつつあります。

ならば子どもを信じ、得意を伸ばす子育てにシフトするのが、本当に子どもの将来を考えた行動だと言えるのです。

「いびつ」の話をすると、こんな相談を受けることがあります。

「『算数は得意だけど国語は苦手』というくらいならば、まだ見守ることができます。ただうちの子は、勉強も運動も嫌いで、ひたすらプラモデルを作ってばかりなんです。心配で仕方がありません」

確かに、勉強にも運動にも興味を示さず、親から見てそれほど価値を感じられない趣味にばかり打ち込む子どもを見ると、不安に思うのもわからなくはありません。その子の将来が「勉強を頑張っていい大学に入学し、いい会社に入る」という、わかりやすい「理想」に当てはめづらいゆえに、不安に感じるのでしょう。

20年もたてば社会は大きく変わる

ここで気をつけていただきたいのは、私たち親が知っている社会は「今現在の社会」であるということです。子どもたちが世に出る「2030年代、2040年代の社会」ではないのです。

私が学生のころ、銀行員がどんどんリストラされる時代がくるとは誰も思っていませんでした。私の通っていた大学でも、複数の業界を吟味したうえで、銀行に就職していった同級生が多数いました。
しかし今や銀行員は、「AIに置き換えられる仕事」の一番手と言われるまでになりました。20年やそこらで、社会はこんなにも変わるのです。

20年後の未来なんて、誰にも読めません。それなのに、子どもが好きで熱中していることに対し「それは将来に結びつかないからやめなさい」「こっちなら将来につながりそうだからやっていいよ」と口を出すのは、親のエゴでしかありません。何度も言いますが、未来なんて誰にもわからないのですから。

過去を振り返ればわかります。20年前、「ユーチューバー」という職業が生まれることを誰が予測していたでしょうか。

今の正解が、子どもたちが社会に出るころにはまったく通用しないかもしれないということを、私たち親は常に心に留めておく必要があります。

実際に中学受験の現場でも、成績上位で楽しくやれている生徒の親御さんほど、子どもの「好き」を伸ばしています。本人の好きなこと・得意なことを伸ばしながら「苦手なことも、できる範囲で頑張ってみよう」という方向に持っていくことで、子どもが力を発揮しやすくなるのです。

逆に、あれもこれもと全部頑張らせようと親御さんのあせりが目立つご家庭は、子どもの成績が伸び悩みがちです。このような子は、自分の「得意ゾーン」を持てていないからです。

このようなご家庭の親御さんに「いびつ」の話をすると、「とはいえ先生、それではテストで点が取れないんですよ。下のクラスに落ちてしまいます。それでは困るんです」とおっしゃる方もいます。

そんなとき、私は次のような提案をします。

「本当にこの子を伸ばしたいのであれば、ひとつ、覚悟をしましょう。これから2カ月間は、割り切って、テスト対策の勉強を捨ててください。そして、本人が好きな科目を、好きなように勉強させてみてください」

結論を言ってしまえば、この方法を実行したところで、テストの点数が大きく下がることはありません。今までは4教科すべてをまんべんなく勉強しようとしていて、結局どれも身についていなかったわけですから、テスト対策を捨ててしまっても結果はあまり変わらないのです。

このようなお子さんには、まず本人が興味を持てる科目、つまり点数を取れる見込みのある科目に時間を割かせます。残りの科目は本人がわかる部分を中心に「これだけはやっておこう」という部分を大人が選んであげます。

すると「時間を割いた算数だけは点が伸びた」というように、「いびつな成績」を取るわけです。ほかの科目は勉強していない分、点数が下がる場合もありますが、意外と変わらないことも少なくありません。

「とにかくひと通りこなす」という方向を見直す

どういうことかというと、とりあえず見込みのある科目だけを勉強させ、ほかの科目は「残り時間が限られているから、できることだけしておこうね」と負担を減らすことで、子どもは「たったこれだけで本当にいいの? じゃあ、やる!」と頑張りやすくなるのです。


そうすると、「ほとんどすべての解答欄を埋めているけれど、×だらけ」という答案から、「解答欄は空白だらけだけれど、解いた問題には○がつく」という答案へと変わっていきます。すると結果的に、全体が底上げされるのです。

目先の2カ月を我慢するのは勇気がいりますが、我慢できれば、子どもの強みが育ちます。確かに私は中学受験指導のプロですから、ある程度うまくいく確証を持ったうえでサポートしています。しかし、プロによるサポートがなくても、取り組むことは同じです。子ども本人が「できると思うこと」を一緒に選んで、力を注がせてあげるのです。やがては子ども自らが「何に注力するか」を選び取れるようになっていきます。

「とにかくひと通りこなす」という方向から、「子ども自身が得意分野を選んで取り組む」方向に発想を転換すると、勉強に限らずあらゆる場面で、子どもが自ら主体的に取り組めるように育っていきます。

(小川 大介 : 中学受験情報局「かしこい塾の使い方」主任相談員)