子どもが「習い事をやめたい」と言ってきたらどうしますか?(写真:Hakase/PIXTA)

子どもの習い事について悩む親御さんは多いようです。中でも多いのが、子どもが「習い事をやめたい」と言ったときの対応についてです。

そこで、私の小学校教師としての経験と教育評論家の仕事の中で見えてきた対応方法について紹介したいと思います。

「習い事をやめたい」と言われたら

以下、ピアノを例に紹介したいと思いますが、他の習い事でも基本は同じです。まず大まかな項目を挙げておきます。

1、子どもの話を共感的に聞く
2、すると子どもはたくさん話せてすっきりする
3、やめたい理由が親にもわかる
4、ピアノは好きだけど、先生が嫌なら?
5、ピアノも先生も好きだけど、同じ時間帯に嫌な子がいるなら?
6、回数が多すぎるなら?
7、宿題として家でやるのが嫌なら?
8、発表会が嫌なら?
9、しばらくお休みして様子を見るのもアリ
10、ピアノが嫌なら?

1、子どもの話を共感的に聞く

とにかく、まずは子どもの話を共感的にたっぷり聞いてあげることが大切です。「そうなんだ。それは嫌だね」「そんなこともあるの?困るね」などの相づちを打ってあげれば、子どもは話しやすくなります。

2、すると子どもはたくさん話せてすっきりする

親が共感的に聞いてくれれば、子どもは自分の中にため込んでいたものを吐き出すことができます。それで気持ちがすっきりして「もうちょっとやってみようかな」と言い出すこともあります(もちろんそうならないことも多いですが、3以降にあるようにやめたい理由がわかってきます)。

また、共感的に聞いてくれて自分の大変さをわかってくれた親への信頼感が非常に高まります。これによって親子関係がよくなりますし、他のことでも困り事や愚痴を親に話せるようになります。

3、やめたい理由が親にもわかる

子どもにたくさん話してもらうことで、親のほうにもたくさんの情報が入ります。それによって、子どもがなぜやめたいのか、何を嫌だと感じているのかなどもわかってきます。すると、自然に対応方法が見えてくることもよくあります。

4、ピアノは好きだけど、先生が嫌なら?

この場合は、ピアノをやめる必要はなくピアノ教室を変えればいいわけです。

5、ピアノも先生も好きだけど、同じ時間帯に嫌な子がいるなら?

この場合は、曜日や時間帯を変えてもらいましょう。

6、回数が多すぎるなら?

ピアノも先生も好きだけど、ピアノ教室に通う回数が多すぎると感じていることもありえます。その場合は回数を減らしましょう。

7、宿題として家でやるのが嫌なら?

「ピアノ教室で練習するのはいいけど、家ではやりたくない」という子もけっこういます。その場合は、先生と交渉してピアノ教室での練習のみにしてもらいましょう。

8、発表会が嫌なら?

「ピアノも好きでピアノ教室に通うのもいいんだけど、発表会に出ることやそれに伴う練習をするのが嫌。自分のペースでやりたい」という子もいます。その場合は、先生と交渉してそれらはナシにしてもらいましょう。それができないならピアノ教室を変えることも検討しましょう。

9、しばらくお休みして様子を見るのもアリ

子ども自身の気持ちが曖昧なこともあると思います。例えば、「続けたい気持ちもないわけではないし、やめてしまうのも寂しい。今までやってきたのにもったいない気もする。だけど今はちょっとピアノと距離を置きたい」などの場合です。こういうときは、しばらくお休みということにして様子を見るのもいいでしょう。

10、ピアノが嫌なら?

そもそもピアノが嫌いとかもうやりたくないなどの場合は、潔くやめたほうがいいと思います。ところが、親には「やめ癖がつくと困る」「将来きっと役に立つ」「困難から逃げる人間にさせたくない」などの思いがあるので、何とか続けさせようとすることが多いです。中には叱りつけたり罰で脅したりして強制する親もいます。

「やめ癖」は迷信

でも、このようにして無理に続けさせると、子どもは不必要に苦しむ可能性があります。嫌な習い事がある場合、子どもの中には前々日くらいから憂鬱になる子もいます。一週間ずっと気に病んでしまう子もいます。

こういう状態が続くと精神衛生の面で大きなリスクがあります。当然ながら幸福度が下がりますし、子どもらしい快活さも失われます。また、ストレスから弱い相手を攻撃したり自傷行為に走ったりする可能性もあります。自己肯定感は当然下がりますし、やめさせてくれない親に対する不信頼も抑えがたくなり親子関係が悪化します。

そもそもやめ癖というのは迷信ですし、終身雇用制の時代に植え付けられた価値観にすぎません。それに、たとえ10個やめても11個目にピッタリなものに出会えばやめません。そういうものに出会うまでのお試しと考えればいいと思います。

ちょっとやってやめたものも、まったくムダということではありません。経験として蓄積されますので、子どもの引き出しが増えたと考えればいいのです。また何年かして、あるいは大人になってから、もしかしたら中年以降になってから、何かのきっかけで再開することもあるわけです。

親が現時点で「将来きっと役に立つ」と思っても、この激動の時代に本当に役に立つかはかなり疑わしいと思います。

「困難から逃げる人間にさせたくない」というのも一面的な価値観にすぎません。世の中を見渡せば、困難からうまく逃げることができずに抜き差しならない状態になっている大人がたくさんいます。ですから、困難からうまく逃げる能力も大事なのです。

つまり、「これは無理だ。このままでは自分は大変なことになる」と思ったらちゃんとSOSを出したりうまく逃げたり拒否したりできる能力です。その能力をつけるためには、子どものときからそういう経験を何度かしておくことも必要なのです。長い人生においては、子どものとき習い事をやめた経験・困難から逃げた経験が自分を救ってくれることもあるでしょう。それこそ将来役に立つ経験といえるのではないでしょうか?

習い事は「心から楽しくやれるもの」を

私が多くの例を見てきて言えるのは、習い事は「今現在本人が好きなことややりたいもの。心から楽しくやれるもの」をやらせてあげることが大事だということです。自分が好きで心から楽しめることをやれていれば、幸福度が上がり生活全体に張り合いが出てきます。自分の気持ちが満たされているので友達や兄弟にも優しく親切にすることができます。好きなことをやらせてくれる親に感謝する気持ちが育ち親子関係もよくなります。

好きなことを楽しんでやっていれば、自然に成果が出て能力も上がります。ほめられることが増え、自己肯定感も上がり、他のことでもがんばれる元気が出てよい循環が始まります。嫌いなことをイヤイヤやっていてもこうはなりません。子どもの貴重な時間とエネルギーが、そして親の大切なお金がムダになるばかりです。


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(親野 智可等 : 教育評論家)