一部業務停止に踏み切れず、弱腰の姿勢に批判が高まっている金融庁(記者撮影)

中古車販売大手ビッグモーターによる保険金不正請求問題をめぐって、金融庁は1月25日、損害保険ジャパンと親会社のSOMPOホールディングスに対して、保険業法に基づく業務改善命令を出す方針だ。

金融庁は当初、保険会社が不正請求の隠蔽に加担するという悪質性などを踏まえ、損保ジャパンに対して一部業務停止の命令を加えることを視野に入れていた。改善命令に業務停止が加われば、行政処分としてはより重くなる。

ところが、4カ月間に及ぶ立ち入り検査を経て出した結論は、比較的軽い処分にとどめるというものだった。

金融庁のOBからは「腰砕け」「怠慢」などと批判的な声が相次いでいる。いったいなぜ金融庁は一部業務停止に踏み切れなかったのか。その舞台裏を探った。

実質1営業日で処分を決定

そもそも今回の行政処分をめぐって、金融庁が処分内容について議論を尽くしたとはお世辞にも言えない。

金融庁が立ち入り検査を実質的に終えたのは1月18日、検査結果と処分内容を通知したのは同22日だ。通常は、検査終了後3週間前後の期間を経て処分を決めるが、今回はそれが実質1営業日。検査終了前から、処分の方向性を早々に固めていたとしか思えない。

「ビッグモーターの経営がすでに立ち行かなくなっている状況で、新たな不正請求が生じるリスクはもはやない。であれば、不正請求防止のために、損保ジャパンの業務を一部停止するという理屈が立たない。ペナルティや見せしめとして停止するというのも、おかしな話だ」

金融庁のある幹部は、一部業務停止の判断に至らなかった経緯についてそう解説する。一見もっともらしい理由だが、これはあくまで建前とみられる。

別の幹部によると、その本音は「ビッグモーターに限らず、業界の中では不正請求が蔓延している。その多くを黙認しているという構造問題にまで切り込みたくない、先送りしたいという思いがあるからだ」という。

事実、トヨタ自動車系列の販売店(ディーラー)では、事故車の修理に伴う保険金の水増し請求が多発している。そうした不適切行為を未然防止できるように牽制機能を強力に働かせ、是正できる管理体制を構築できるまでは、損保ジャパンの一部業務を停止し、新たな不正請求の発生リスクを最小化すべきだろう。業務停止とする理屈も十分に立つはずだ。

「スーパーマンでもない限りとても手に負えない」


業務停止を免れた損保ジャパンからは「危なかった。セーフ(笑)」と安堵する声が漏れる(記者撮影)

一方で金融庁は、損保ジャパンをはじめ大手損保による保険料カルテル問題にも直面しており、その調査と対応に足元で忙殺されている。

その状況で、不正請求の黙認という業界に深く根差した構造問題にも切り込めば、「自動車整備などを所管する国土交通省との綿密な調整も必要になる。スーパーマンでもない限りとても手に負えない」(金融庁OB)という現実もある。

そもそも金融庁は当初から、ビッグモーターによる不正請求問題に正面から向き合おうとしてこなかった。

今から1年半前の2022年7月、金融庁はこの問題について損保ジャパンから任意報告を受けた。その報告は、工場長の指示に関する証言シートの改ざんについての事実を隠したものだった。「虚偽報告」だったことから、重大な不正事案と認識できなかったという言い訳が金融庁から聞こえてきそうだが、それは通用しない。

なぜなら、東京海上日動火災保険と三井住友海上火災保険の2社が同じ時期に金融庁へ、損保ジャパンが不正請求を黙認し単独で入庫再開している状況を逐一報告し、対応を働きかけていたからだ。

2社の報告を受けて、金融庁が早期に損保ジャパンに改めてヒアリングし、調査などの対応に乗り出していれば、ここまで問題が長引くことはなかった。ましてや、カルテル問題と同時並行での対応を迫られることもなかったはずだ。

業務停止にしない理屈付けより先にすべきこと

保険会社が虚偽報告をしようが、不正請求の隠蔽に加担しようが、業務停止にはしないという前例をつくってしまった金融庁。上層部からはマスコミ対策として、「業務停止をしない理屈をしっかりと考えておけ」と指示が飛んでいるという。

だが、理屈付けに頭をひねっている暇があるのであれば、手始めに水増し請求をした自動車ディーラーにヒアリング調査し、いかに深く根差した構造問題であるか実態を見てみてはどうだろうか。

(中村 正毅 : 東洋経済 記者)