(写真:metamorworks/PIXTA)

インターネット接続テレビの普及が加速している。インテージの2023年のアンケート調査によると、全国の42%の人々がテレビをインターネットに接続して使用している。

過去の記事では、インターネット経由での動画配信の普及とテレビ受像機の利用形態(「データが証明『YouTubeに食われる放送局』の実態」)や民放の広告ビジネスに与える影響(「データで判明『TV揺るがすサブスクの脅威』の本質」)を考察した。

本稿では、コロナ禍に急成長した有料動画配信サービスに浮かび上がってきた課題や、インターネットにつながるテレビの可能性を、実際の視聴データを基に考える。

テレビ放送を視聴する時間は半分未満に

まず、スマートテレビにおけるテレビ放送と動画配信の最新状況を確認しよう。マーケティング利用の許可を得て収集されたインテージのスマートテレビ視聴データ「Media Gauge(メディアゲージ)」の中で、動画配信も含めて分析可能な約220万台(2023年9月時点)の視聴ログを分析し、スマートテレビ1台あたりの1日の平均視聴時間の推移を示した。


動画配信の視聴時間はコロナ禍が落ち着いてきた2023年以降も上昇し続け、テレビの電源が入っている時間の3割にも達している。対照的に、テレビ放送の視聴時間は2020年にはコロナ禍での在宅時間増加に伴って一時的に上昇したものの、その後は減少トレンドに戻り、テレビの電源が入っている時間の半分を割った。

視聴量が伸び続け、いずれは完全にテレビ放送に置き換わるようにも見える動画配信だが、さらに詳細にデータを見ていくと「成長の壁」も見えてくる。

動画配信の成長の壁を示唆する1つ目のデータが、有料動画配信サービスの視聴時間の頭打ちだ。次の図表では、スマートテレビにおける動画配信の視聴時間を無料のサービスと有料のサービスに分けて直近4年間の推移を示した。


YouTube、TVer、ABEMAを含めた無料広告型のサービスの視聴時間が伸び続けている一方で、NetflixやAmazon Prime Video等を含めた有料配信は2022年に頭打ちとなっている。

コロナ禍での巣ごもり需要の解消に伴って、有料動画配信サービスが伸び悩んでいるのは世界的な傾向だ。「一気見」というオンデマンド視聴ならではの新たな視聴スタイルとともに成長してきた有料配信サービスだが、ドラマや映画のようなまとまった時間を要求するコンテンツに費やせる時間そのものが限界に達してきているようだ。

ほとんど普及しない、朝の動画配信視聴

動画配信の成長の壁を示唆する2つ目のデータは、朝の視聴が普及していないことだ。平休日、時間帯別の放送と配信の平均接触率を示した。2021年と2023年のどちらの年で見ても、配信は夜や休日の接触率が高い一方で、平日の朝の接触率は5%程度と非常に低いままだ。

2021年から2023年にかけての変化に着目しても、平日朝は配信の接触率がほとんど伸びておらず、放送の接触率が比較的高い値で維持されている。結果として、平日についてはテレビ放送が最もよく視聴される時間帯は夜19時から朝7時に変わった。


テレビ視聴ニーズの大部分はニュースやワイドショー

なぜ有料動画配信は伸び悩み、朝の配信視聴は普及しないのだろうか。番組ジャンルの観点からこの問いにアプローチすると、現在の動画配信サービスが満たすことができる視聴者ニーズの狭さが課題として浮かび上がってくる。

次の図表に、テレビ放送の番組ジャンル別の視聴時間構成比を示した。視聴時間の実に74%がバラエティ、ニュース、ワイドショーだ。ドラマ、アニメ、映画といった番組ジャンルは合計しても10%に過ぎない。


ドラマ等が見られやすいタイムシフト視聴を集計に含められていない点に注意が必要だが、タイムシフト視聴は冒頭の図表の「その他」にゲーム機の利用やDVDの視聴とともに含まれており、放送のリアルタイム視聴と比べれば時間が短い。この点を考慮すれば、本稿の論旨への影響は小さいと考えられる。

番組ジャンル別の視聴時間から、視聴者がテレビ画面での視聴に対して持っているニーズを推測できる。ニーズの大部分は、ニュースやワイドショーのような受動的に摂取できる情報であり、バラエティ番組のような気楽に流し見できるエンタメだ。それらと比べて、ドラマや映画をじっくり楽しむのは視聴者ニーズのごく一部でしかない。

当然、番組ジャンル別の視聴時間は、そもそも放送局がどのようなジャンルの番組をどれだけの時間放送するかにも依存する指標だ。しかし、放送局が長い間、視聴率を通してニーズを把握しながら番組編成を行ってきたことを前提にすれば、番組ジャンル別の視聴時間はやはり視聴者のニーズを反映したものだと考えられる。

番組ジャンルの視点で考えれば、有料動画配信の停滞、朝の視聴が普及していない、といった動画配信の成長の壁も理解しやすい。有料動画配信の主力コンテンツであるドラマ、映画、アニメはテレビ視聴に対するニーズの10%でしかない。どこかで視聴量が伸びづらくなるのは当然だ。

また朝に絞れば、テレビ放送の視聴時間の81%がニュースとワイドショーである。朝の情報摂取に対するニーズに動画配信はまだ十分対応できていないことが、朝はまだまだテレビ放送の視聴が圧倒的である理由だろう。現在の動画配信サービスの多くは、テレビ視聴に対するニーズのとても狭い部分しか満たせていないのである。

このような動画配信の提供価値と視聴者ニーズのギャップの要因の1つは、動画配信の成り立ちにあるだろう。動画配信サービスはもともと、パソコンやスマホといった、一人で画面に向き合って利用することを前提としたデバイスで発達してきた。

食事や家事をしながらの「ながら視聴」、家族との「共視聴」、生活リズムをつくる「時計代わり」といったテレビ画面ならではの視聴形態から生まれる視聴者ニーズに、まだ多くの動画配信サービスは対応できていないのではないだろうか。

データから各配信サービスの対応領域を分析

では、これからの動画配信サービスはテレビ画面での視聴に対応してどのような変化が必要だろうか。ヒントとして注目されているのが、アメリカで普及が拡大している“FAST(Free ad-supported streaming television)”と呼ばれる配信形態だ。

従来のテレビ放送のようにチャンネルごとに定められた番組表に沿ってコンテンツが配信されることから、オンデマンド配信とは異なり膨大なコンテンツの中から見たいものを探し出す手間がいらないことがポイントだ。テレビ画面での「ながら視聴」に適していることから普及が拡大し、アメリカでは放送ネットワークや動画配信プラットフォーマー、テレビメーカーがこぞって独自のプラットフォームを提供している。

しかし、従来のテレビ放送と同様のフォーマットに回帰することだけが、動画配信がテレビ画面で視聴者ニーズを満たすための変化だろうか。オンデマンド視聴でありながらもテレビ画面での視聴が拡大し続けているYouTubeのデータを分析すると、変化の方向はもっと多様で、自由であり得ることが見えてくる。

次の図表に、各動画配信サービスの視聴がテレビ放送の視聴に与える影響を回帰分析と呼ばれる統計的な手法で分析した結果を示した。図の値が大きいほど、その動画配信の視聴によってテレビ放送の視聴が減少していること、すなわち視聴者の乗り換えが起こっていることを意味している。


さらに言えば、視聴者の乗り換えは乗り換え元と乗り換え先が共通する視聴者ニーズを満たしていることも意味している。どんなに面白いドラマがあったとしても、ニュースを見たいという視聴者ニーズを満たせなければ、ニュースからドラマへの乗り換えは起こりづらいというようなことだ(詳細な分析手法はYamatsu & Lee (2023)を参照されたい)。

なぜYouTubeの成長は止まらないのか

まず有料動画配信の分析結果に着目すると、チャートが左に偏っていることがわかる。ドラマと映画といったジャンルからの乗り換えが中心で、ニュースやワイドショーといった情報系のコンテンツからの乗り換えは少ないことを示す結果だ。

次にABEMAに目を移すと、バラエティやワイドショーに対するニーズも一定カバーしていることがわかる。扱っているジャンルの幅が広く、かつ番組表に基づいた配信も採用していることの結果だろう。ただし、それでもドラマからの乗り換えが最も大きいのは有料動画配信と共通した結果だ。

対してYouTubeの分析結果が示すのは、対応する視聴者ニーズの広さだ。ドラマではABEMAより低い値だが、バラエティやワイドショーも含めてまんべんなく広いジャンルから視聴者を集めている。テレビ放送の視聴時間の74%がバラエティ、ニュース、ワイドショーであることはすでに見た。

YouTubeは対応する視聴者ニーズが広く、受動的な情報や気軽なエンタメといったテレビに対する大きいニーズも満たせている。有料動画配信が頭打ちしてきた現在でもYouTubeの視聴量が伸び続けている理由はここにあるだろう。

そしてこの分析結果は、動画配信がテレビのバラエティやニュースと同じ視聴者ニーズを満たすための方法は、テレビ放送と同じ(FASTのような)フォーマットを採用することだけではないことも示している。

YouTubeはテレビ放送とは異なるオンデマンド配信であり、番組表は採用していない。また視聴できるコンテンツもテレビ放送とは異なり、短尺中心のユーザー投稿動画だ。

それでも、YouTubeはテレビ放送でバラエティやニュースを見る視聴者のニーズをうまくつかみ、そこからの乗り換えを発生させることができているのだ。動画配信サービスがどのような視聴者ニーズを満たすかは、フォーマットやコンテンツといった外形的な要素だけで決まるわけではなく、それらを統合した視聴体験全体によって決定されることがわかる結果だ。

テレビ視聴体験のイノベーション

視聴者はなぜテレビを見るのだろうか。テレビに何を期待しているのだろうか。そしてインターネットにつながったテレビは、その期待にどのように応えられるだろうか。レコメンド、オンデマンド配信、双方向配信など、テレビで実現できることがインターネットによって飛躍的に拡大した今こそ、視聴者がテレビに期待することの本質を捉えることが必要だ。

本稿で見てきた視聴データ分析の結果は、テレビに対する視聴者の期待に、動画配信がまだ十分応えられていない領域が残されていることを示している。朝のテレビ視聴に、またニュースやワイドショーの視聴に、インターネットはどのようなイノベーションを起こせるだろうか。視聴者の期待を捉えた新しい視聴体験を自由に構想できれば、テレビの可能性はまだまだ高まるはずだ。

(山津 貴之 : インテージ メディアアナリスト)