2023年10月18日に商用運行を開始したインドネシアのジャカルタ―バンドン高速鉄道。先頭車付近は記念撮影をする人々で黒山の人だかりだ(筆者撮影)

2023年10月2日、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領によって開業が宣言されたインドネシアのジャカルタ―バンドン高速鉄道は、試乗期間を終えて10月18日からついに商用運行がスタートした。

注目の料金は、11月30日までの特別価格として、普通車(プレミアムエコノミー)は15万ルピア(約1440円)と当初予定のほぼ半額となった。1等車(ファースト)と2等車(ビジネス)に割引はなく、それぞれ60万ルピア(約5760円)、45万ルピア(約4320円)で販売されている。ただし、現在は「ソフト開業」という位置づけで、駅前の整備が完了していないカラワンは全列車通過、またパダララン―テガルアール間の区間利用はできず、チケットはジャカルタ(ハリム)―バンドン(パダララン、またはテガルアール)間に限って発売されている。

1カ月足らずで本数倍増

運行は当初7往復でスタートしたものの、無料試乗期間から変わらずのプラチナチケットと化している。最初の土日には朝夕に追加で4往復の臨時列車を走らせたが、それでも座席供給が追い付かず、当日時点でほぼ全列車・全クラスが満席となった。次の土日には2往復を追加で設定して13往復に、さらに11月1日からは全日14往復に、その後も最大4往復の臨時列車が設定されるほどの盛況ぶりである。

これにより、当初日中に存在していた緊急の工事間合いと見られる空白時間がなくなり、終日30分〜1時間ごとの運行となった。


混雑するハリム駅の待合室(筆者撮影)

商用運行開始後10日間の利用者数は8万7000人に達し、平均乗車率は9割を記録している。

事前には閑古鳥が鳴くといわれた平日も高い乗車率を誇っており、そもそも座席数が少ないこともあるが、割引なしのファーストとビジネスがいずれの便もまず満席となっているのも特筆すべき点だ。富裕層がマイカーから高速鉄道に転移していることがわかる。今後、どの程度の利用者数を維持できるのかが注目だ。


改札開始前には行列ができているハリム駅(筆者撮影)

さて、今年の6月に試運転列車の最高速度が時速350kmに達したとき、ブディカルヤ運輸相は「遅くとも10月1日までに運行許可を与える予定、しかし、8月に前倒しになる可能性もある」と発言しており、少なくとも独立記念日(8月17日)後に無料試乗会が始まり、10月1日に商用運行が開始になる算段だったが、その通りにはならなかった。これは7月下旬、検測編成による試運転中、ハリムから69km地点の軌道に軽微な歪みが発見されたことによる。

当該地点は山間部への入り口といえるポイントで、斜面に沿った築堤上を走行しており、走り込み試験を経て、振動等により盛り土が沈み込んだものと思われる。当該区間は軌道をいったん剥がして補強のためのくい打ちを追加で行った。ちなみに同区間は、日本の専門家からもともと補強の必要ありと指摘されていた区間である。補修には1カ月程度を要し、車両基地がテガルアール(バンドン)側にあることから、同地点よりハリム(ジャカルタ)側での走り込み試験も中断されることになった。

中国色排除へ「愛称」をPR

当該地点が開通し、全線での試運転が再開されたのは8月下旬だった。無料試乗会の開始は1カ月遅れたが、事前に不具合を探知し、修繕を待ってから試運転を再開するというのは、従来のインドネシアでの鉄道整備の状況を鑑みれば大きな進歩である。


開業宣言はジョコウィ大統領の公務の都合で1日遅れの10月2日となってしまったものの、インドネシアで新規鉄道が開業する際にしばしば採られる「ソフト開業」や「無料試乗会」という手法が効果的に作用したといえる。

それどころか、商用運行開始のタイミングを中国で開かれた「第3回一帯一路国際協力フォーラム」の会期に当ててきた。フォーラム参加のために中国入りしたジョコウィ大統領は、中国の習近平国家主席と共に商用運行開始式典に出席し、中国・インドネシアの戦略的パートナーシップの成果、そして一帯一路プロジェクトの最大の成功例として高速鉄道を大きくアピールした。


ハリム駅のLRT連絡通路上で準備中の飲食スペース。中国色を極力排除している高速鉄道では、コマーシャルエリアにのみ中国風のデザインが見られる(筆者撮影)


ハリム駅地平コンコースには吉野家も出店している(筆者撮影)

このとき、ハリム駅でも商用運行開始式典が開かれ、運輸相が中国風の銅鑼を打ち鳴らす中、高速鉄道プロジェクトの中国人ダイレクターを筆頭に、多くの中国人関係者が出席した。10月2日の開業宣言では、在インドネシア中国大使が出席する以外、中国色が完全に排除されていたが、この日に限ってはインドネシア側でも中国への相当の配慮が見られた。

一方で、ジャカルタ―バンドン高速鉄道の正式名称、Kereta Cepat Indonesia China(インドネシア中国高速鉄道)は、今のところ駅や車体のロゴにこそ残っているが、それ以外の場面で公式に語られることはなくなった。


中国人運転士と翻訳アプリを使って会話するKCICのパーサー(筆者撮影)

その代わりに導入されたのが、「Whoosh」という愛称である。この愛称、インドネシア語「Waktu hemat」(時間短縮)、「Operasi Optimal, Sistem Hebat」(最適で優れたオペレーションシステム)の頭文字を取って作った造語、かつ、高速鉄道が「シュー」っと走り抜ける擬音に掛けていると公式に紹介されている。今は現地メディアも高速鉄道の表記を、「Kereta Cepat Whoosh」、または単に「Whoosh」表記に統一している。車内放送でもこのように案内されており、「Indonesia China」という言葉を極力消したいという意向が垣間見える。


開業式典に合わせ、新たに描かれた「Whoosh」のロゴ(筆者撮影)

なお、余談ではあるが、この愛称、実際には、建設現場で中国人ダイレクターを中心に好んで使っていた掛け声「ウッス!ウッス!ウッス!イェス!!」から来ていると見られている。日系メディアでは、カタカナ表記で「ウーシュ」と書かれていることがほとんどだが、乗客からの質問に対し、公式のSNSアカウントが読みは「ウッス」であると紹介しており、元ネタは掛け声である可能性が極めて高い。もっとも、仮に「Whoosh」が中国由来の言葉だったとしても、気づく利用客などほとんどいないので問題ないということだろう。

土曜の列車は4日前にすべて満席

筆者は無料試乗期間中にも乗車したが、商用運行開始後の状況を改めて見るべく、10月下旬、再びバンドンへ足を伸ばすこととした。現在、高速鉄道のチケットは、駅の券売機のほか、公式ウェブサイト、アプリなどから1週間先の列車まで予約できる。さすがに14往復もあれば少しは残席があるだろうと高をくくっていたが、土曜日の下り方面は4日前の時点ですでに全クラス満席だった。


ハリム駅の自動券売機。チケット購入のほか、ネットで購入したQRコード式チケットをここで本券に交換することもできる(筆者撮影)

そこで、往路は比較として在来線特急でバンドンへ向かった。特急「アルゴパラヒャンガン」号はジャカルタ―バンドン間の大動脈で、コロナ禍前には1日最大20往復が設定されていたほどの需要があり、現在も定期列車で10往復が設定されている。


高速鉄道の高架をバックに走る在来線特急「アルゴパラヒャンガン」(筆者撮影)

しかし、この特急の一般的な「エグゼクティブクラス」の料金は25万ルピア(約2400円)で、実は高速鉄道よりも高い。もちろん、高速鉄道に割引料金が適用されているから起きている逆転現象であるが、正規料金でも30万ルピア(約2880円)の予定のため差額はわずかだ。

これではほとんどの利用者が高速鉄道に流れそうに思えるが、在来線特急も相変わらずの人気を誇る。さすがに1週間前に全列車満席になることはなくなっていたが、金曜の時点で土曜の下り、日曜の上りはほぼ満席だった。高速鉄道のほうは開業直後のフィーバーともいえる状況であるものの、明らかにジャカルタ―バンドン間の移動需要そのものを喚起していることがわかる。

高速鉄道のメリットを享受する在来線駅

出発日の朝、在来線特急の始発駅ガンビルの駅前ではパレスチナ救済を訴えるデモが行われており、少し到着が遅ければ渋滞に巻き込まれ、列車に間に合わなかったかと思うとヒヤッとした。大統領宮殿に諸官庁、各国大使館などが集まるガンビル周辺ではこのようなことがしばしば発生し、道路が閉鎖される。あまりに規模が大きいときは、特急を近隣のジャティネガラ駅に臨時停車させて利用者への便宜を図っているほどである。高速鉄道の始発駅が郊外のハリムに設けられた意義を改めて感じた。


特急「アルゴパラヒャンガン」号に乗車する乗客たち(筆者撮影)

乗車するガンビル6時30分発の「アルゴパラヒャンガン」38列車は、週末をバンドンで過ごす行楽客でいっぱいで、エグゼクティブ、プレミアムエコノミーいずれも満席である。この列車はもともとジャティネガラにも停車するが、その先はバンドン側のチマヒまで止まらない。チマヒには9時03分、終点バンドンには9時15分の到着である。筆者はチマヒまで乗車した。


特急「アルゴパラヒャンガン」号の車内。高速鉄道が開業しても乗車率に大きな変化は見られない(筆者撮影)

高速鉄道の開業で一番得をした駅はどこか?それは、このチマヒである。チマヒ市は、人口約250万人を誇るバンドン市の西側に位置し、その後背地として発展。バンドン都市圏の一角を占めている。駅周辺は閑静な住宅地であるが、宅地は山のすそ野までずっと張り付くように広がっている。また、すぐ近くには高速道路のインターチェンジもあり、各地への移動の便がよい。


このチマヒが今、熱い。というのも、6月1日のダイヤ改正で、1日10往復の「アルゴパラヒャンガン」号がすべて停車するようになったのみならず、パダラランで高速鉄道に接続するフィーダー快速列車も14往復すべてが停車するためだ。終日、20〜30分間隔でジャカルタ方面と結ばれるようになったことで、今後はバンドン近郊の交通結節点として重要度を増すことが予想される。


高速鉄道開業に合わせリニューアル中のチマヒ駅(筆者撮影)


高速鉄道の高架をバックに走るバンドン行きのフィーダー快速列車。チマヒ駅には全列車が停車する(筆者撮影)

一般的に、新幹線(高速鉄道)が開業すると、それまで在来線特急が停車していたものの新幹線の駅が設置されなかった街は利便性が大きく低下し、街自体が衰退するケースが多い。しかし「アルゴパラヒャンガン」号はもともと、途中にあるカラワン、チカンペック、プルワカルタという一定規模の都市を通過していた。これは、ジャカルタ―バンドン間の直通需要に応えるのに手いっぱいで、途中駅からの利用者を拾う余裕がないことが理由だ。

よって、高速鉄道が本開業した暁には、在来線特急を全廃するのではなく、停車駅を従来よりも増やし、一部の列車を存続するということも検討され始めている。それほどまでにジャカルタ―バンドン間の沿線の移動需要は大きく、高速鉄道開業で得した駅はあれど、損をする駅は発生しないだろう。

終点駅の北側エリアは「新都心」に

筆者は在来線普通列車で、日本の新幹線案で終着駅が建設される予定だったグバグデ駅へと足を進めた。最近、普通列車のオペレーターがインドネシア鉄道(KAI)から、ジャカルタ首都圏の通勤電車と同じKCIに移管されたが、実態は昔ながらの機関車牽引の客車列車である。加減速が非常に悪い割に駅間距離が短いため、最高速度は時速40kmにも満たず約25kmに1時間も要する。ただ、高速鉄道の開業に合わせて政府予算で近代化改良工事が進められており、最終的には電化される見込みである。


グバグデ駅の駅舎。日本案では、ここに新幹線の終着駅を建設する計画だった(筆者撮影)

グバグデ駅は、バンドン中心部から街道沿いに無秩序に広がる旧市街地と、新興開発エリアの境目にある。この新興開発エリアを挟んで対角にあるのが、高速鉄道のテガルアール駅である。旧市街側にあるショッピングモールからはテガルアール駅行きのシャトルバスが発着しており、グバグデ駅も経由する。ただ、たいてい市街地で渋滞に巻き込まれ、途中のバス停の場所も不案内なため、オンライン配車アプリで車を呼んだほうが手っ取り早い。

駅からしばらくは旧市街地の雑多な風景が続くが、突如、整然とした街並みと4車線道路に切り替わる。新興開発エリアだ。華僑系の不動産開発大手、スマレコンが区画整理から道路整備、住宅開発、ショッピングモールや学校建設までを手掛ける約300ヘクタールに及ぶ巨大都市開発で、その名もスマレコン・バンドン。すでに住宅と一部の商業施設などは完成しており、その他は工事の真っ最中である。


グバグデ駅を出てしばらくは、大型車同士がすれ違うのがやっとの2車線道路を進む(筆者撮影)


2車線道路から分岐する形で、突如片側3車線道路に入る。ここからがスマレコンの開発地区である(筆者撮影)

グバグデ駅からテガルアール駅までは車で10分くらいの距離である。駅の周りに何もないといわれるテガルアール駅だが、それは駅の南側のことで、新たに完成したアクセス道路でつながった駅の北側エリアはバンドン新都心として位置づけられている。テガルアール駅の券売機で改めて列車の空席状況を確認したが、唯一残席があったのは、10月末時点での最終便、19時40分発の列車のみだった。

在来線のアクセス列車は超満員

しかし、テガルアール駅から乗車する人は少なく、発車時点での乗車率は2〜3割ほど。残りの乗客は次の在来線接続駅、パダラランからどっと乗車してきて、満席になった。パダラランでの停車時間は1分程度と慌ただしく、とにかく車内に入るようにアナウンスが流れる。


パダララン駅に到着した在来線のフィーダー快速列車。乗客はエスカレーターで高速鉄道改札口まで一気に上がって乗り換える(筆者撮影)


パダララン駅から一気に満席になった車内(筆者撮影)

そもそもパダララン駅は当初、建設計画はなく、後から設置が決まった駅である。中国側としては、まさかパダラランからの利用がこんなに増えるとは思っていなかっただろう。バンドン―パダララン間を結ぶ4両編成のフィーダー快速列車は超満員である。同列車を運行するKAIは追加車両を発注しているとのことで、将来的には8両編成になるものと思われる。

ここからはわずか30分でジャカルタ・ハリムである。到着と同時に、隣のホームからは満席の状態でテガルアール行きが発車していく。筆者の乗車してきた列車も、約30分後に折り返しテガルアール行きとなる。改札前は乗車待ちの人々でいっぱいだ。一方の下車客は、4割くらいが接続路線のLRTに乗り換え、残りは駅に迎えの車が来ているか、タクシーかオンライン配車で、三々五々に散っていった。


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(高木 聡 : アジアン鉄道ライター)