J2のヴァンフォーレ甲府が、昨年天皇杯で見事な優勝を果たし、9月19日からスタートした今季のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)に出場している。地方のスモールクラブにとって晴れ舞台となる国際大会だが、そこには過酷な海外への移動やかかる経費の大きさ、国立競技場でのホームゲーム開催などなど、未知なる世界と苦労が待っていた。

【晴れ舞台のACLは未知の世界】

 試合前日の18時半に成田を出発し、香港経由で向かった先はオーストラリアのメルボルン。乗継時間を加えると、実に片道16時間もかかったことになる。

 旅の目的は、ヴァンフォーレ甲府が初めて戦うAFCチャンピオンズリーグ(ACL)。J1の強豪チームが毎シーズン必死になってその出場権を争うような公式国際大会に、天皇杯王者として、そしてJ2のクラブとして、ヴァンフォーレが初めて立つ晴れの舞台である。


ヴァンフォーレ甲府はACL初戦でアウェーのメルボルン・シティ戦を戦った

 サッカーには夢がある。それを文字通り現実のものとしたヴァンフォーレの雄姿は、絶対に見逃すわけにはいかない。

 そんな期待値マックスの状態でトラムに乗車し、キックオフ約1時間前にスタジアム最寄りの停留所に到着してみると、「ん? スタジアムを間違えたか?」と、一瞬不安になるほど、周辺は静けさに包まれていた。

 その夜、スタジアムに集まった観衆は3,245人。遠路はるばる山梨からやって来たサポーターたちも、「これがACLなの?」と、少し拍子抜けしたかもしれないが、これも大会に参加しなければわからなかったこと。悪くない経験だ。

 選手たちは、シティ・フットボール・グループ傘下のメルボルン・シティ相手に健闘し、いくつかの決定機を作った。例によってシュートは決まらなかったが、初のACLで、アウェー戦でのゴールレスドローは合格点。勝ち点1ポイントは悪くない結果だ。

 しかもその日のヴァンフォーレは、ヨーロッパサッカー風に恰好よく言えば、ターンオーバー制を採用。多くのレギュラーメンバー不在のなかでの戦いだった。指揮を執る地元出身の篠田善之監督も、試合後の会見でメンバー編成の難しさを語っていた。

「非常に難しいです。どの選手を連れてくるのかは、クラブに言って、ギリギリまで考えさせてもらいました」

 考えてみれば、ACL出場は監督や選手のみならず、チームスタッフにとっても未知なる世界。ギリギリまでメンバーが決まらないとなると、誰がメルボルン行きの飛行機に乗るのかが直前までわからないということになる。

 航空券の予約はどのように手配したのか。そもそも、空港のない山梨県からメルボルンまでの遠征は、どのような旅程だったのか。

【ビジネス航空券の値段を聞いて無理だと諦めた】

 試合後、そんなことばかりが気になったので、帰国後に競技運営部の植松史敏副部長に聞いてみると、想像通りの答えが返ってきた。

「基本的には旅行代理店の提案を見て判断するわけですが、こちらは何もかもが初めてのことなので、とにかく大変でした。お恥ずかしい話ですが、名前を入れないと航空券の予約ができないとか、航空業界のルールも理解していませんでしたし、初戦がメルボルンに決まったのも直前のことだったので、迷っている余裕もありませんでした」

 植松さんは、選手とスタッフのACL登録手続きから、試合の運営面に関するすべての窓口業務をこなしながら、トラベルマネージャー的な仕事も兼務する。普通は2〜3人で担当するような仕事をひとりで受け持つところも、地方のスモールクラブならではだ。

 右も左もわからなかった植松さんは、何をどうすればいいのか、ACLに慣れているJ1クラブの担当者にいろいろなことを事前に聞いたそうだ。

「ただ、聞いてみましたが、そもそも悩みの種が僕らとは違っていたんですよね(笑)」

 通常、ACLに出場するようなクラブでは、航空券は人数分のビジネスクラスを予約する。ビジネス予約なら、直前に搭乗者を変更できるからだ。もちろん航空券代は高くつくが、それが可能な年間予算でクラブが運営されている。植松さんが担当者と話してわかったのは、彼らの悩みはいかに必要な人数分のビジネス席を確保できるか、という悩みだった。

 しかし、ヴァンフォーレは事情が違う。悩みの種は、いつも予算との兼ね合いだ。

「代理店の人にメルボルン往復のビジネス航空券の値段を聞いた瞬間に、それは無理だと諦めました。本当に大丈夫ですかと心配されましたが、事情を説明して、それならばとエコノミーの団体券45席を確保できるという提案をもらったので、それを予約することにしました。それと、ACL登録選手は計35人で、スタッフ15〜16人を想定していたので、あと5席必要ということで、団体よりも10万円ほど高くなりますが、個人航空券を5人分プラスしておさえました。

 結局、直前に遠征メンバーが20選手に絞られ、15人分はキャンセルすることになってひとり2〜3万円のキャンセル料が発生しました。でも、座席を確保しておかないと、メンバーに入った選手を遠征に連れていけない可能性も出てくるので、そういう意味では、できる範囲のなかではベストの選択ができたのではないかと思います」

【甲府からメルボルンまで24時間超の移動】

 最終的に植松さんが手配した旅の行程は、次のようなものだった。

 まず、羽田空港に向かうべく選手がバスで甲府を出発したのが9月17日(日)14時。羽田21時発のフライトで、約10時間かけてブリスベンに到着したのが18日(月)朝7時。ブリスベンで入国手続きを済ませ、4時間後には国内線に乗り継いで、夕方16時にメルボルンのホテルに到着。甲府からメルボルンまで、実に24時間を超える過酷な旅だった。

 それを考えれば、エコノミーの長距離移動でガチガチに固まった体を2日でほぐし、あれだけのパフォーマンスを披露した選手たちは称賛に値する。

 ただ、メルボルン遠征を終えた植松さんのなかには、悔しさも残っているそうだ。

「たまたま帰国便で(ピーター・)ウタカ選手の隣に座ったんですが、大きな身体を小さくしてエコノミー席に座って、エコノミー用の機内食を食べているウタカさんを見て、金銭的な事情があるにせよ、選手たちには申し訳ないなって......。

 チームの勝利のために何ができるかを考えた時、そこに悔しさは残りました」

 万全の状態でプレーさせてあげたいという植松さんの気持ちが、ひしひしと伝わってきた。確かに、この旅程でアウェーの国際試合を戦うのは相当にハードだ。かと言って、ない袖は振れないというクラブの台所事情もある。実に悩ましい問題だ。

 しかもヴァンフォーレの場合は、ホームゲームを小瀬(JIT リサイクルインク スタジアム)で開催できないという、これまた特殊な事情もある。

「ACLの規定を満たしていない点は主に3つありました。ひとつは、背もたれ付きの独立シートが5000席以上必要になりますが、それがないこと。それと、1800ルクス以上の照明設備がなく、VIPラウンジもない。そこで甲府での開催を諦め、静岡のエコパ、東京の味の素スタジアム、国立競技場を候補として協議した結果、金銭的なところでは最も高額になりますが、クラブのロマンを追求しようということで、国立開催を決めました」

 いやはや、J2の地方クラブがACLを戦うのは、想像以上に大変だ。そんなハンデを乗り越えて、ヴァンフォーレは初めてのアジアの戦いに挑んでいるのだ。

 果たして、国立競技場の使用料は小瀬と比べてどれくらい高額なのだろうか。単純に考えても、それなりに集客できなければ、せっかくACLに出場できても収支的には大赤字になりかねない。そんな事態になれば、ACL出場の価値も薄れてしまう。

 そもそも、ヴァンフォーレにとってACLは金銭的にプラスになるのか、マイナスになるのか。そこで、最も気になるお金の話をクラブの経理担当者に聞くことにした。

(後編「ACLにはどれくらいのお金がかかるのか」へつづく>>)