「あの人は自分に比べて人生が楽しそう」「この人に比べれば、自分の人生なんてむなしい」と、つい卑屈になってしまうことは、人間ならだれしもあることです。しかし、長年、高齢者専門の医師として、数多くのシニア世代と接してきた和田秀樹さんは、「60代以降は他人と比べる人生を送っても意味がない」と語ります。

60代からの「人間関係」のコツ

ここでは、『60歳からはやりたい放題[実践編]』(扶桑社刊)の内容を抜粋し、和田さんが提案する60歳からの人生を豊かにする秘訣をご紹介します。

●人間関係で「勝ち負け」を気にしない

60歳からは、“やりたい放題”の人生が始まる。

そんなふうに私が思うのは、60歳以降は「他人と比較する生き方」をしても、あまり意味がないからです。

私たち日本人は、本当に小さい頃から成績や受験、入社試験や出世などの競争にさらされてきました。だから、無意識のうちに、何事も勝ち負けで考える習慣がついています。ただ、60歳になったらもう「勝ち負け」の感覚は捨てて、「比べない人生」を意識してほしいと思います。

●60歳以降は個人差が大きいので、比べても意味がない

なぜなら、60歳以降の人生は同じ年齢であっても、大きく個人差が出てきます。

前までは同じような人生を歩んでいた同級生であっても、60代になってお互いの健康状態だけを比較してみても、元気に現役時代と同じように働いている人もいれば、病気を患っている人、けがをして外出が思うようにできない人、なかにはすでにこの世を去ってしまった人もいるかもしれません。

人によっては仕事で成功し、資産もたくさん蓄え、家族もつくったけれども、病気になって余命があと数年しかないという人もいます。一方、独身のまま生きてきて、家族がいないけれども、体は健康で一人の人生を謳歌している人もいます。

両者を見て「どちらが勝っているか」は、一概には言えません。つまり、人によって状況が大きく異なるなか、「勝ち負け」を気にしても意味がないのです。

●「勝ち負けを気にしすぎる人」の特徴

「勝ち負け」を気にする人が不幸なのは、どんな人にもなんらかの悪い感情を抱いてしまう点です。

学歴が高い人を見たら、「あの人は偉そうにしている」。
お金持ちの人を見たら、「あの人は悪いことをしてお金を儲けているはずだ」。
いつでも友達に囲まれている人を見たら、「あの人は八方美人だからいやだ」。

なにを見ても自分と比べてしまい、「負けている」と思ったら、なにかしらの理由をつけてケチをつけたくて仕方がない。

●「この人はすごい」と素直に受け入れた方が、人生は楽になる

ただ、こうした人は、当然周囲からは当然、嫌われます。若い頃ならまだ「まぁ、若いから仕方ない」と許されたかもしれませんが、60代で同じことをやっていたらあきれられるのは当然です。

さらに、次から次へと優れた人が現れるたびに、常に劣等感にさいなまれるので、精神的にもつらいものがあります。

ならばいっそ、すべての勝ち負けを捨てて、「この人はここがすごい」と素直に受け入れてみてはどうでしょうか。批判をやめてみるだけで、その先の人生はぐっと生きやすくなるはずです。

●肩書を気にしないことが「比べない人生」の大前提

「比べない人生」を送る上で、かなり重要なポイントだと思うのは「肩書をいかに気にしないでいられるか」です。

60代までの人生は、会社組織の癖が抜けず、肩書にとらわれた生き方をする人が多いです。

「課長よりも部長のほうが偉い」「小さな会社よりも、世間的に名前の通った有名な会社で働いているほうが偉い」など、どうしても肩書を持ち出して、他人と自分を比べ、評価してしまいます。

しかし、60代になれば、みんな一緒です。仮に出世競争に勝った人であっても、役職定年を迎えるので大半の人は会社に残れません。私たちのような医者も、仮に有名大学の医学部教授になれたとしても、65歳になって定年を迎えるとその座はなくなります。

なかには、それでも肩書を諦めきれず、会社を離れた後、知り合いの会社などに頼んで「相談役」や「顧問」、「名誉教授」などという役職をもらい、自分でつくった名刺に書きたがる人もいます。

ただ、肩書に固執すると、いつまでたっても「勝ち負け」の思想からは離れられません。
嫌われる60代にならないためにも、「勝ち負け」や「他人との比較」とはきっぱり決別してください。