イベントは希少価値の高い銘柄が味わえるので台湾の日本酒通にも人気(撮影筆者)

日本の対外輸出の好調な品物の1つに、アルコール飲料がある。中でも日本酒は、台湾で好調な伸びを見せる。2022年には過去最高の輸出額を記録した。こうした日本酒の好調の裏で何が起きているのか。現地からお届けする。

台湾における日本酒は、もはやブームではない。筆者がその予兆を感じた最初は、2020年のことだった。

「今度うちの雑誌で日本酒の特集を組むのですが、座談会に出てもらえませんか」

以前、仕事でお世話になった台湾の雑誌の編集者からそんなオファーが届いた。台湾でコロナが爆発するより前のことだ。残念ながら当時の筆者は日本酒派ではなく、中身は興味があったがお断りした。

一等地に日本酒の専門店

2年後。日台間の観光再開を受け、久しぶりに空港の国際ターミナルを利用した。目についたのは、免税店で売られていた日本酒だ。国際ターミナルに置かれる商品といえば、海外観光客に人気が高い証。人気は継続しているのか、と興味を引かれた。

同じ頃、台北MRTの市政府駅に日本酒専門店がオープンしていた。真新しい店内には、ずらりと各銘柄や専用グラスが並び、店内のカウンターでは試飲ができる。台湾の一等地に日本酒の専門店ができるなんて、と驚いた矢先に、とどめを刺された。

手元に届いたのは、蔵元が直々に来台する日本酒イベントの案内だった。これは単なる一過性のブームなどではない。確実に市場が拡大している。そんな確信を持って、イベント会場に向かった。

イベントは2023年2月初旬に、コワーキングスペースと昼飲み居酒屋が楽しめる「新富町文化市場」で開催された。ここは日本統治時代には、市場だった場所でもある。

この夜、20人ほどの参加者を前に、3時間のイベントが開かれた。まずは前座として、中国語と日本語の2カ国語使用の落語「二人酒」が披露された。お花見を軸にした演目で、ひとしきり笑ったあと、真打ち登場、日本酒の蔵元が舞台にあがった。

1596年創業で神田猿楽町に店を構える豊島屋本店の吉村俊之社長が登壇し、同社の5銘柄を提供しつつ、来し方や、各銘柄の特徴、酒に合う肴など日本酒の楽しみ方を語っていく。


吉村社長自ら、会場に集まった台湾の顧客に語りかけ、会場からの質問にも丁寧に答えていった(撮影筆者)

客は、歴史的な資料などとあわせて、実物を試飲できる。参加者同士であれこれ語り合ううちに、最後には「日本に行ったときに見学したい」という声も出ていた。筆者も参加者の1人として、すっかり魅了された。

台湾で行われる日本酒イベントは、蔵元、つまりは企業単体だけではない。7月には愛媛県が県単位で来台してPR活動していたし、「台北国際酒展」と銘打つフェアもある(2023年は11月17日〜20日の予定)。フェアはワインやウイスキーなどアルコールの合わせ技だが、大きなPRの場に違いはない。とりわけ今年は、コロナ明け本格PRの場となる。

コロナ禍で輸出がさらに拡大

台湾の日本酒輸入は昔からあったが、大きな弾みがついたのは、2002年、台湾がWTO(世界貿易機関)に加盟したことに始まる。ここで民間業者による輸入が解禁され、大きく門戸が開かれた。2005年から5年ごと、さらに直近2年の輸出金額をピックアップすると次のようになる。


リーマンショックが起きた2008年から数年は低調だったが、2013年から上昇に転じ、2020年代に入ると一気に加速。新型コロナ拡大で日本と台湾の往来が途絶えたこともかえって追い風になったのか、さらに輸出が拡大。昨年には20億円の大台を突破。2005年と2022年を比較すると約3.4倍だ。

輸出額で見ると、中国、アメリカ、香港、韓国、シンガポールに次いで台湾は6位。2005年はアメリカの次だったので、他国・地域に押されているものの、依然として人気は高い。

同様に、日本から輸出されるビールは、2005年約10億円、2022年約26億円と伸び率が2.6倍となっていることを見ると、アルコール飲料で台湾への輸出拡大は日本酒に軍配があがる。

数字で見ると、上記のような話なのだが、では実際に台湾の市場はどうなっていたのか。現場で働く人に話を伺った。

「昔、台湾で日本酒というと、カップ酒など普通酒がメインで、吟醸酒などはありませんでした。私がこの業界で働き始めた2008年には代理店は4社のみ。4社とも2002年に台湾がWTOに加盟して参入した代理店です。銘柄は限定的で、代理店の仕入れた銘柄がレストランで提供される状態、つまりレストラン側に選択肢があまりなかったんです」

そう語るのは台湾代理店で働く陳建偉さんだ。国際唎酒師(ききさけし)の試験を日本語で受験して有資格者となり、海外でも日本酒ソムリエとして活動した経験を持つ。


場所は台北にある日本酒バー。手前は陳さんたちが日本の蔵元を取材した台湾向けの日本酒ガイドブック(撮影筆者)

「国際唎酒師」は「外国語で日本酒の提供・販売を行うプロフェッショナル」で、日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(SSI)の公認資格である。海外における日本酒のPRには欠かせない人材だ。

2014年からは台湾現地で試験が実施され、いまや認定校・提携校あわせて10校ある。有資格者は全体で5000人、うち台湾人は20%近くにのぼる。この資格とマーケットの動きを陳さんはこんなふうに説明する。

「国際唎酒師の有資格者となった人たちが、自ら代理店を開業したり、日本酒バーを開店したりして、台湾の日本酒業界は一気に拡大しました。台湾の日本酒輸入金額はこの十数年で3倍になったわけですが、代理店の数は10倍ですね。輸入は個人経営や小規模の会社でもできますからね」

さらに「日本食レストランの増加で日本酒の販売チャネルが増えた」と陳さんは言う。


日本酒バーの店内にある、日本酒の保管庫。各店舗でもきちんと品質管理がなされているのがうれしい(撮影筆者)

JETROの2018年調査では「台湾には日本食レストランが9053軒」とある。これ以降に進出した日本食チェーンを含めれば、軒数はこれを上回るだろう。

出張シェフも日本酒を採用

もう1つ、陳さんが指摘するのは「私厨」と呼ばれる出張シェフの存在だ。

「それまで主流だったレストランでの食事のほかに、コロナを経験したことで出張シェフに料理を作ってもらうサービスが増えてきました。そうした場では、ウイスキーやワインを合わせることが多かったのですが、日本酒が採用されるようになりました」

こうしたサービスを利用するのは、台湾の富裕層だ。もちろん、そのすべてで日本酒の提供があるわけではないが、これら提供場所の拡大が販売増につながっていることは間違いないだろう。

ところで、日本で販売されている日本酒を知る者として気になることがあった。

それは価格差だ。日本なら1000円強で入手できる銘柄が、台湾で買うと1000元(約4500円)する。いくら円安でも、単純計算で4.5倍は手が伸びにくい。

JETRO制作の「日本酒輸出ハンドブック」には、蔵元から商品が出荷されてから、最長「約1カ月」で小売店に届くとある。経路は、蔵元から輸出業者に渡り、コンテナに搭載されて税関を通過、そこから海路で台湾の基隆港に送られ、基隆港で検品されたあと、台湾の輸入業者に渡され、そこから小売店に渡る。これが一般的なルートのようだ。何重にも業者が関わり、それぞれに手数料が加算され、反映された結果が小売価格になる。


陳さんの会社の倉庫。左上には空調設備が見て取れる。日本よりも湿度の高い台湾では必須だ(写真提供:陳建偉)

同ハンドブックは2018年3月制作で、当時の関税は40%だった。実は2019年に関税が20%に下げられた。それにもかかわらず輸出額は伸びたから、台湾の消費力がそれを上回ったといえる。陳さんは「日本の人たちにとっては、日常の飲み物かもしれませんが、台湾人にとっては『嗜好品』ですからね」と言いながら、補足してくれた。

日本酒は品質管理が大変

「台湾で日本酒を販売するにあたっていちばんのコストは、品質管理です」

今、陳さんの会社で扱う銘柄は新潟の白瀧酒造の上善如水、宮城の一之蔵など、日本全国約120社が加入する「日本名門酒会」所属の蔵元で製造された品だ。「昨年だけで600以上の銘柄を扱いました。種類が増えて大変です」と話す。

日本酒の保管には冷蔵設備が不可欠だ。台湾の小売店や居酒屋などの店頭では、冷蔵された日本酒が並ぶ。先述した物流プロセスのすべてで、冷蔵設備があって品質管理が行われるのだから、単純な輸送費だけではなかったのだ。

「工程のどこかで品質管理を怠った場合、それはその工程だけの問題ではなく、結果として『この酒はおいしくない』とブランド全体を毀損します。それは、酒米を生産する農家に始まり、蔵元さんたちが積み重ねてきた努力をすべて無駄にする。われわれ、代理店の責任は非常に重いんです」

ハッとした。こうした熱い思いが市場を拡大してきたのではないか。陳さんは、取材の最後に、こう教えてくれた。

「個人的な意見ですが、高知県の酒は台湾の料理にすごく合うんです。台湾の料理はこってりしているけど、高知県のお酒はそれに負けてない」

台湾の料理に合うなら、日本酒の売り場はぐっと広がる。台湾のレストランで日本酒が広まるのは、そう遠くない気がした。

(田中 美帆 : 台湾ルポライター)