「世界のベストレストラン50」に、日本から3軒が選ばれた(写真:©David_Holbrook)

「世界のベストレストラン50」――。世界中のレストランの中から、たった50軒を選ぶイベントがある。対象は、世界中の飲食店すべて。今年は、50軒のうち日本から3軒が選ばれた。今年のランキングの話題は何か? それは現代においてどのような意味を持つか?

今年の1位は南米ペルーのレストラン

6月20日、「世界のベストレストラン50」2023年版ランキングがスペイン南東部のバレンシアで発表された。

世界一に選ばれたのは南米ペルーの首都リマにある「セントラル」。ペルー独自の生態系や気候を料理に反映させたレストランだ。欧州とアメリカ以外から世界一が出たのは、2002年にこのランキングが始まって以来初めてのことだ。

「ベスト50(ベストフィフティ)」と呼ばれるこの賞は、各国の飲食店関係者や批評家などおよそ1000名が投票権を持ち、過去18カ月内に訪れた自国とそれ以外の店に合わせて10軒ずつ投票することで順位が決まる。

まずは、今回ランクインした日本の3軒のレストランをご紹介したい。

■傳(東京)21位

料理長の長谷川在佑(はせがわ・ざいゆう)氏は1978年生まれ。母が営む飲食店や都内の料亭で腕を磨き、29歳で神保町に「傳」を開業、2016年に現在地の神宮前へ移転。日本の家庭料理に範を取りながら、紙箱に入った鶏のから揚げ「傳タッキー」などの遊び心あるプレゼンテーションや、楽しさと驚きをゲストに感じさせるもてなしで人気を得ている。

■フロリレージュ(東京)27位

シェフの川手寛康(かわて・ひろやす)氏は1978年生まれ。フランスで修業後「カンテサンス」のスーシェフ(副料理長)を経て、2009年、30歳で外苑前に「フロリレージュ」を開業。日本の食材・生産者に焦点を当て、経産牛を用いるなど、社会的なメッセージ性を料理に込め、独創的な料理を提供している。

■セザン(東京)37位

初めてランクインした「セザン」は「フォーシーズンズホテル丸の内 東京」のダイニング。総料理長のダニエル・カルバート氏は1987年生まれ、英国出身。16歳からロンドンのレストランで働き、シェフとして就任した香港「ベロン」で「ベストレストラン50」アジア版で4位にランクインした。2021年現職に就任、端正なフランス料理を提供している。

世界的な知名度を獲得できる「ベスト50」

「ベスト50」は今年で21回目。イギリスの雑誌社によって2002年に始まり、毎年、50位から1位まで、50軒のレストランが選ばれる。現在は、この「世界のベスト50」から派生した、アジアやラテンアメリカなど地域ごとのランキングや、「ベストペストリー賞」や「最優秀女性シェフ賞」などの個人賞があり、これらも同様に年に1度発表されている。

2022年には地域版として新たに中東・北アフリカ版が創設され、ドバイやカイロなど、これまで美食の地としてはあまり認知されてこなかった地域のレストランが広く注目を集めるきっかけを作った。

「ベスト50」のランキングは、世界的な知名度を得ることに直結している。

現在、レストランを評価する国際的な媒体として「ミシュラン」や「ゴ・エ・ミヨ」などがある。「ベスト50」のそれらとの最も大きな違いは、レストランの立地が世界どこの国であってもかまわないことだ。

知名度では圧倒的なミシュランも、世界全体から見れば国や地域は限られている(世界40エリア以上・約1万6000軒、ミシュランガイド公式サイトによる)。それ以外の地域にあるレストランが顕彰される機会は、「ベスト50」以前はほぼ皆無だった。

「セントラル」は2009年、ペルーの首都リマに開業した。

シェフのヴィルヒリオ・マルティネス氏は「セントラル」のほかに、研究施設「マテル・イニシアティバ」と、アンデス山脈の山中、標高約3500mのモライ遺跡にレストラン「ミル」を開設し、ペルーの自然や生態系について研究・発信してきた。


標高3500mの場所にある「ミル」と併設された研究所。写真中央部のすり鉢状のくぼみはモライ遺跡(写真:セントラル提供)

ペルーは長い海岸線を持ち、アンデス山脈とアマゾンの源流という豊かな自然環境と多様な気候を擁する。マルティネス氏はペルー中を旅し、標高ごとに変わる多彩な食文化から「マーテル・エレベーション(母なる標高)」というコンセプトを生み出した。

ちなみに、「セントラル」は日本に姉妹店がある。2022年7月に開業した東京・永田町の「マス」だ。

ゲストの多くがペルーに馴染みのない東京で、遠く離れたペルーの自然の豊かさを伝える。料理は「セントラル」のコピーではなく、日本食材を用いて、ペルーの生態系を9つの高度ごとに9皿の料理で表現するという野心的な試みが好評を得ている。

シェフはベネズエラ出身のサンティアゴ・フェルナンデス氏。マルティネス氏の右腕として、「セントラル」に6年間勤務していた人物だ。

「セントラル」の世界1位は、昨年、一昨年の結果を見れば、ある程度予想できたことではあった。2021年は世界4位、2022年は2位。今年の1位は順当な結果といえる。にもかかわらず、今回大きな話題となったのはなぜか。

レストランに求められる社会的な役割

理由のひとつは、ラテンアメリカから初の世界1位となったことだ。

これまでの世界1位は「エル・ブリ」(スペイン)、「オステリア・フランチェスカーナ」(イタリア)、「フレンチ・ランドリー」(アメリカ)など、欧州あるいはアメリカの店だった。

そしてそのスタイルも、欧州の伝統的な高級レストランのスタイルに則っていた。「セントラル」はそのようなスタイルを取らない、小さな国の家族経営の独立レストランだ。


「セントラル」内観(写真:セントラル提供)

もう一つの理由としては、レストランとしての「セントラル」のユニークなあり方に共感した投票者が多かったことによるのではないだろうか。

近年のレストランは単に美食を提供するだけでなく、社会的役割を求められる機会が増えている。魚介類をはじめとした食材の持続可能性や食品ロスを意識できているかが問われ、また、シェフが貧困などの社会問題に食を通して関わる例も増え、良い影響をもたらす役割が期待されるようになった。

「評価するのは皿の上だけ」といわれるミシュランガイドでも、数年前から「グリーンスター(持続可能な発展に配慮したレストラン)」というカテゴリーを星とは別に設定、顕彰している。レストランは社会に影響を与えうる存在である、そのことに自覚的かどうかが問われる時代になったのだ。

「エル・ブリ」が1990年代から行った革命ともいうべき新しい調理技術の導入以降、世界の料理界は新しい味を求め続けてきた。その表れがデンマークの「ノーマ」をはじめとする新北欧料理であり、「その次」と目されてきたのが南米だった。

2010年代初頭には、ブラジルの「D.O.M.」(アレックス・アタラ氏)や、ペルーの「アストリッド・イ・ガストン」(ガストン・アクリオ氏)などがすでに注目されていた。

アタラ氏はアマゾンの食材を用いてブラジルのテロワールを表現する料理で世界に名を馳せ、アクリオ氏はテレビ番組や著作などで現代ペルー料理を広め、現地学生のために学費の安い調理師学校を設立するなど、美食の枠をこえて人々に希望や誇りを与えた。

2人とも現地の知名度は非常に高く、アクリオ氏にいたっては、一時は次期大統領候補と目されたほどだ。

そこから10年を経て今回「セントラル」が1位となった背景には、彼らをはじめとするこれまでの南米ガストロノミーの先達たちの実績があった。

異分野の視座を取り込む

「セントラル」の最もユニークな点は、レストランという経済活動と、自国の食文化の調査・保存・伝承の活動を両立させている点にある。

「食と文化に関する知識を管理しながら、その発見を誰もが利用できること」を目的に、国内のさまざまな場所で調査を行い、そこで得られた知識を保存し、伝えている。ここでは、レストランで料理を提供することもその研究や発信の延長上にある。


「マテル・イニシアティバ」でヴィルヒリオ氏(写真右)と地元住民(写真:セントラル提供)

「セントラル」にかつて学術調査のため在籍していた日本人がいる。文化人類学者の藤田周さんだ。藤田さんは「セントラル」や「マテル・イニシアティバ」で、異質な文化・社会を体感的に理解するフィールドワークを2018年から約2年間行ってきた。

古典的な人類学のフィールドワーカーが村に住み込んでその文化を学ぶのと同じように、キッチンで料理人として働く、例えばまかないの野菜を刻むことから新しい料理の試作まで、さまざまな仕事を料理人とともに行うことで、彼らの思考や実践のあり方を探求してきたという。

「私にとって印象的だったのは、アマゾンから持ってきた食材を囲んで、料理人と、マテル・イニシアティバのデザイナー、写真家、人類学者がその食材で何ができるかについて議論をしていたことでした。

そこには、料理の枠組みにとらわれず、異分野の視座を取り込むことでレストランを作っていこうとする『セントラル』の姿勢が、端的に表れていたように思います」

ペルーは、トマトやジャガイモなど、現代の料理で欠かせない多くの食材の発祥の地だ。セントラルでは、地元の人とともにそれらの原種を育て、その収穫物を分かち合っているという。

レストランが、食を通して人々に何かを伝えるために、異分野のアイデアや知識を取り込む。そのスタイルに、今後のレストランのあり方のヒントがあるのかもしれない。

(星野 うずら : レストランジャーナリスト)