ビッグモーターの保険金の不正請求疑惑をめぐり、ついに同社が詳細を公表。消費者置き去りの印象が残る内容に、ネットユーザーたちは冷ややかな反応を見せた(編集部撮影)

意図的に自動車に傷を付け、修理費用を保険会社へ水増し請求する──。

中古車販売大手「BIGMOTOR(ビッグモーター)」をめぐる保険金の不正請求疑惑をめぐり、ついに同社が詳細を公表した。あわせて役員の報酬返上も発表されたが、ネットユーザーの反応は冷ややかだ。

「処分として甘すぎる」

「経営陣が一掃されないと解決にならない」

「まずは記者会見を開くべきだ」

「非上場企業とはいえ、全国展開する会社として許されるのか」

消費者置き去りの印象を残している対応

会社側としてはひょっとすると「責任の所在を明確にしているのに、なぜ責められる?」と感じたかもしれないが、長年ネットカルチャーをながめてきた筆者からすると、ネットユーザーたちが冷ややかな反応を見せたのは当然に思える。

昨今では、「なんとなく謝罪した」ように見える対応は、むしろ逆効果になりやすいからだ。

そこで本記事ではネットメディア編集者の視点から、消費者を置き去りにした印象を残している、ビッグモーター不正の「対応」の問題点を考えよう。

そもそもビッグモーターの不正請求疑惑は、1年ほど前から雑誌メディアなどを中心に報じられていた。しかし相次ぐ報道に対して、同社の公式発表は迅速とは言えない、かつ情報不足な印象を覚えるものだった。

ビッグモーターは2022年9月5日、報道を受けて「お客様のご不安を少しでも軽減」しようと、メールと電話での問い合わせ窓口を設置したと発表。2023年1月30日には外部専門家による特別調査委員会を設置したとし、7月5日に「調査報告書を受領」したと報告している。

しかし、この時点では「自動車保険金請求において、不適切な行為があった」として、調査委員会から提言された再発防止策を紹介するのみで、被害件数や規模などについては触れられていなかった。


提言された再発防止策を紹介するのみで、被害件数や規模などについては触れていなかった(出所:ビッグモーター公式サイト)

相次ぐ報道、国土交通相の記者会見後に公式発表

そんな中、複数のメディアから出たのが「報酬返上」の報道だった。共同通信が7月18日12時ごろ「兼重宏行社長の報酬全額を1年間返上とする方針を固めたことが18日、分かった。副社長や専務らも報酬の10〜50%を3カ月返上する」(原文ママ)と最初に報じると、程なくしてほかのメディアもこの件を報道する。

そして遅れること数時間、ビッグモーター側が特別調査委員会による調査報告書を添えつつ、謝罪のリリースを公開。このリリースでは「報酬返上」にも触れており、経営責任を明確にするため、社長が1年間の報酬全額返上、副社長以下も報酬3カ月間(10〜50%)を自主返上すると発表した。

とは言え、実は、報告書をもとにした報道は、公式発表の数日前から行われていた。それでもダンマリを続けていたわけだが、突如として公表に至ったのは、「お上が動いた」ことも一因だろう。発表の数時間前、記者会見で報告書について問われた斉藤鉄夫・国土交通相は、以下のように述べたのだ。

「まだホームページでの公表があっただけで詳しい内容が公表されていません。我々も知らされていません。もしそういうことがあったとしたら言語道断の話だと思います」(7月18日午前の斉藤国交相発言、国交省サイトより引用)

後手後手に回っている印象のビッグモーターだが、ここで話を報酬返上に戻そう。

不祥事の際の経営陣の報酬返上には、責任を明確にする「けじめ」の意味合いがある。たとえば記憶に新しいのは、日野自動車の事案だ。2022年10月、エンジン排ガス不正をめぐって、同社は役員辞任とともに歴代幹部への報酬返納を要請する方針を示した。すでに会社を離れていても関係なく、さかのぼって経営責任を求められる。それほどまでに、経営陣の立場は大きいのだ。

だが一方で、けじめの「内容」以上に大事なのが、そこへ至る「経緯」だろう。

ビッグモーターが公開した報告書によると「サンプルテストにおいては、検証対象とした2717件のうち1198件(検証対象とした案件の約44%)が、何らかの不適切な行為が行われた疑いがある案件として検出された」という。

この時点で膨大に思えるが、氷山の一角である可能性が残っている。というのも、対象となった2717件は「タワー牽引」と呼ばれる作業が含まれる全2万8706件のうちの10%が無作為に抽出されたものであり、しかも全2万8706件は2021年に行われたものだからだ。また、同社はその他にも不正や不祥事を疑われる事案が数多く指摘されている。


(出所:ビッグモーター調査報告書)

つまり、不正・不祥事実態の把握や原因の究明は、まだまだ途中なのだ。しかし、そんな中で、ビッグモーターは会見を一度もすることなく、しかも発表前にリークされる形で、報酬削減を表明した。

これで、人々が納得するはずもない。ネットユーザーたちから「処分として甘すぎる」「経営陣が一掃されないと解決にならない」「まずは記者会見を開くべきだ」「たった1年や数カ月の報酬返上で見合っているのか」「株式を持っている社長には実質的なダメージはあまりないのではないか」など、手厳しい声が相次いだのは、無理もない話だろう。

損保各社への対応は不十分、メディア対応にも後ろ向き

だが、今までのビッグモーターの姿勢を調べると、そうした反応も納得かもしれない。各社報道によると、損保各社に対してですら当初、抜粋された形の報告書しか示されず、損保側が完全版の報告書を公表するよう求めていたという。メディア対応にも後ろ向きで、「取材には応じておらず、不正の詳細も明らかにしていない」(朝日新聞デジタル・7月7日配信)などと伝えられていた。

今回の報告書公表でも「ケムに巻こうとしているのでは」と、うがった見方をしたくなる点は多々ある。たとえば発表文に「再協定」や「タワー牽引」といった、一般消費者には耳慣れない単語が並んでいるのを見ると、「損保業界や霞ヶ関にしか、目が向いていないのでは」と、ネガティブな感想を覚える人も少なくないだろう。もし適切でない請求によって、自動車保険の等級が下がれば、保険料が高くなり、一般顧客が直接被害を被る可能性もあるにもかかわらずだ。

また、公式サイトに掲載された報告書のPDFファイルは、スキャニングしたものなのか、文字なのに画像形式で構成されている。単純にパソコンでの作業に不慣れな社員が多かった……などの可能性もあるので、意図して「ガビガビの報告書」になったのではないのかもしれないが、めざといネットユーザーからしてみると「検索エンジン避け」や「コピー&ペーストでの拡散防止」のような印象を受けてしまう。

ここまで、ビッグモーターの「報酬返上」にネットユーザーたちが納得いかなかった理由を解説してきたが、そもそも「とりあえず謝った」イメージを残してしまうのは、昨今のネットカルチャーからすると、あまり得策ではない。SNSユーザーというのは、「スカッとした、わかりやすい結果」を求めがちだ。だからこそ、示された結果がモヤッとしていると、かえって悪印象を与えてしまうのだ。

直近では、ジャニーズ事務所の対応が思い出される。ジャニー喜多川氏の性加害問題をめぐり、5月14日に現社長の藤島ジュリー景子氏が、動画とともにコメントを発表した。しかし、英BBCの報道から2カ月たっての公式発表とあって、「経緯説明としては遅すぎる」との批判とともに、記者会見を求める声も相次いだ(偶然ながらビッグモーターの報告書が出た7月18日、ジャニーズ事務所は第三者による再発防止特別チームからの提言を受け次第、「今後の対応に関して記者会見を行う予定」だと発表している)。

どちらのケースにも共通するのは、一般消費者に「業界内や行政の顔色ばかり見ていて、こちらに誠意が向けられていない」と感じさせてしまっていることだ。ビッグモーターであれば車の所有者、ジャニーズであればファンや視聴者が、どこか「置いてけぼり」にされたまま、どこか遠くの世界で動いている──。行き着く先は、さらなる疎外感やモヤモヤだ。

「上層部が知らなかった」とするスタンスでも、2つの事例は似ている。ジュリー氏は「知らなかったでは決してすまされない話だと思っておりますが、知りませんでした」(ジャニーズ事務所公式サイトより)とコメントしていた。ビッグモーターも「不適切な行為が行われていたことを全く知らなかったと弁明している」(報告書より)という。

実際に知らなかったかは、本人のみぞ……の世界だが、少なくとも「本当に知らなかったの?」と懐疑的になるのは無理もない。実際、ビッグモーター報告書で、特別調査委員会は「現場の事情に全く気付いていなかったとすれば、そのこと自体、当社の深刻な問題点として指摘される必要がある」と意見している。

SNSでは、感想がまとまれば瞬時に「世論」に

ビッグモーターは、自動車オーナー以外の知名度も高い。ラジオやテレビで「車を売るならビッグモーター」のキャッチフレーズをよく耳にするし、関西在住だったら、かつて存在した「ハナテン(8710)中古車センター」(のちに買収され、BIGMOTORブランドへ転換)のイメージも強いだろう。それだけに、潜在顧客を失うリスクも大きい。

SNS上では、以前放送されていたビッグモーターのテレビCMが、ふたたび注目されている。査定スタッフが乱暴に自動車を扱い、あげくの果てに破壊するというストーリーで、「クルマ売る前に、お店選ばなきゃ」と呼びかける内容だ。あくまでフィクションであるが、十数年の時を超えて、「まるでブーメラン」「おまいう(お前が言うな)」などと話題になっている。何度もネタをこすられないためにも、初動対応はおろそかにできない。

消費者不在の姿勢が透けて見えても、かつては、1人ひとりの「ちょっと気になるなぁ」で収まっていた。しかしSNSの登場によって、個人の「なんとなく」が可視化され、束になって、大きなうねりを生むことが当たり前になった。オピニオンリーダーでもない、一般ユーザーの感想も、まとまれば瞬時に「世論」となりうる。まるで絵本『スイミー』のようなSNS社会において、消費者軽視と感じさせるような対応は、あまり得策と言えないだろう。

(城戸 譲 : ネットメディア研究家・コラムニスト・炎上ウォッチャー)