中国は電気自動車(EV)の量産で世界をリードする(写真:アフロ)

今年5月のG7広島サミットに至るプロセスで特徴的だったのは、気候変動が国際的な安全保障環境にも影響を及ぼすことが認識され、サプライチェーン(供給網)のあり方が議論されたことである。とりわけ、サミットに先立つ4月のG7財務相・中央銀行総裁会議(アメリカ・ワシントン )において「脱炭素時代における強靭なサプライチェーン(供給網)構築」に関する文書が採択されたことは異例と言えよう。

まさに気候変動問題が国際的な勢力図にまで影響を与えることが認識され、従来の枠組みにとらわれない政府横断的な対応が必要となっていることを示している。

こうした影響拡大の根底には、脱炭素化の潮流とクリーン技術への投資競争がいわば「加速のスパイラル」に入っていることがある。本稿では投資競争の状況を俯瞰しつつ、日本のGX(グリーントランスフォーメーション)に問われる課題について考えてみたい。

気候変動問題と地政学的競争

これまでの幾多の報告書に加え、今年3月に気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が公表した第6次評価報告書統合報告書においても、温暖化による損害の拡大を抑えるべく緊急に脱炭素化を加速する必要性が指摘された。

一方で、そのために必要な技術や物資のサプライチェーンが中国1カ国に集中していることは、大きな懸念となっている。例えば、中国は需要が増大する多くの重要鉱物の最大生産国であるほか、中国製ソーラーパネルの世界シェアは8割を超える。

そしてここ数年の間に新型コロナ危機やロシアによるウクライナ侵攻が起き、重要な物資を武器とした威圧のリスクがクローズアップされ、広島サミットでは「デリスキング」(リスクの軽減)がキーワードとなった。

これまでの人類の歴史を見ると、エネルギーシステムの移行に伴って文明は複雑化と拡大を遂げてきた。19世紀には石炭の普及、20世紀には石油の普及が世界の勢力図を書き換えた。

21世紀のクリーン技術に関する競争で先行したのは中国である。今世紀初頭から再生可能エネルギーや電気自動車(EV)導入を進め、市場創出・獲得と供給サイドのスケールメリットにより、太陽光や風力発電の大幅なコストダウンをもたらした。

こうした中国発のコスト低下は、気候分野の国際交渉の新たな展開にもつながった。開発途上国を巻き込みつつ、地球温暖化(地球の平均気温上昇)を1.5度以内に抑えるという野心的な目標を掲げるパリ協定が2015年に実現した。

そして、気候変動問題に関する国際枠組みが京都議定書からパリ協定の時代に入るのと時を同じくして、脱炭素を経済活動のコストととらえるよりも、ビジネスの機会を創り出すことに着目した競争へのシフトが進んだ。次々と主要国で脱炭素が成長戦略の柱となっていくのである。同時に、中国への過度の依存は地政学的リスクともなっていく。


 とりわけ危機感を強めているのがアメリカだ。以前から安価な中国製ソーラーパネルに対抗関税を課すなどしてきたものの、クリーン技術における中国の台頭を長らく食い止めることができなかった。


G7広島サミットに結集した西側先進国の首脳。サプライチェーンリスクに危機感を強める(写真:アフロ)

そうした中、昨年8月に成立した「インフレ削減法」(IRA)は10年間で推計3690億ドル(約50兆円)の政府支援を行う過去に例のないもので、EVなどクリーン技術の導入に補助金を出すことで脱炭素化を推進する。同法はアメリカ国内での生産を補助金の条件としており、世界貿易機関(WTO)の通商ルール上の問題が指摘されるが、雇用創出への期待が支持の拡大につながった。政府の介入が最小限であることをよしとするネオリベラリズムの時代から産業政策の時代に変わり、アメリカの気候対策は新たなフェーズに入ったと言えよう。

アメリカの保護主義に対応を迫られるEU

EU(ヨーロッパ連合)は、フォン・デア・ライエン委員長就任直後の2019年12月に「欧州グリーンディール」を発表し、脱炭素を機会と位置づける成長戦略を打ち出した。そして2020年1月の「欧州グリーンディール投資計画」において、今後10年間で官民合わせて1兆ユーロ(約140兆円)を気候関連分野に振り向けるという目標を掲げた。

新型コロナ危機を受けた経済復興策「次世代のEU」(2020年5月)では、グリーントランジションとデジタルを柱とする7500億ユーロのパッケージを打ち出した。さらに、ロシアのウクライナ侵攻後の昨年5月にはロシア依存脱却に向けて再生可能エネルギー拡大を掲げ、今年2月にはアメリカのIRAを受けて「グリーンディール産業計画」を発表した。

一方、EUでは域内生産が補助金交付の条件となっていない。EUはアメリカに対し国内生産要件の撤廃を求めるとともに、それが実現しない中でアメリカへの生産拠点流出を防ぐために、加盟国による補助金の条件緩和やEUレベルの戦略的プロジェクトへの支援拡大が検討されている。

このように中国、アメリカ、EUの間で脱炭素に向けたクリーン技術を推進する産業政策競争が展開されており、我が国もその中で競うことになる。

しかし現状の厳しさは数字からも一目瞭然だ。

2022年のクリーンエネルギーへの移行のための投資規模は上位から中国(5460億ドル)、アメリカ(1410億ドル)の順で、日本(230億ドル)は相対的に経済規模が小さいドイツ、フランス、イギリスの後塵を拝し6位にとどまる。サプライチェーンにおいて中心的な役割を果たす製造施設への投資では2022年投資額全体(787億ドル)の約9割を中国が占め、その割合は2018〜2021年平均で79%である(出所:BloombergNEF)。これではまるで競争にならない。

中国に集中し過ぎたサプライチェーンの分散化はG7やグローバルサウスの国々と連携して進めることが必要であり、そのためには途上国を含む多くの国に利益となる安定したサプライチェーンに向けた国際協調が不可欠だ。

G7とG20サミットに向けて、筆者の所属する「公益財団法人地球環境戦略研究機関」(IGES)では国際連携するシンクタンクグループ(T7、T20)を通じて「重要鉱物サプライチェーン」に関する政策提言を今年4月と5月に公表した。

そこでは、(1)資源開発や鉱物生産への官民投資の拡大、(2)需要増を抑える新技術・代替素材などのR&D支援、(3)資源採取国における環境・人権保護などのガバナンス欠如に対処する透明性向上や国際基準の普及、(4)重要鉱物のリサイクル拡大による対外依存の低減、(5)G20などの連携枠組みの強化、について提言している。

これらの方向性は今般のG7の採択文書でも確認され、本年秋のG20サミットに向けて連携の具体化が期待される。また今後は、サプライチェーンの信頼性を高めるべく供給国との通商枠組みの強化も検討していくことが有益であろう。

GX投資に踏み出す日本企業

日本政府もGX(グリーントランスフォーメーション)の推進に動き始めている。今後10年間で150兆円超のGX関連投資を引き出すべく、10年間で20兆円規模の先行投資支援を行う。しかし今後は投資規模の確保にとどまらず、競争力を確保できるかが問われる。

日本が実用化した技術でありながら、その量産化・コストダウンが他国で進み、シェアを失った例は、液晶やソーラーパネル、リチウムイオン電池をはじめとして枚挙にいとまがない。過去の敗因としては、世界市場を先読みした集中投資で先を越されたこと、価格競争に陥らないための技術面のリードを守ることができなかったことなどが指摘される。一方で、半導体材料で高い競争力を確保し続ける企業では、最先端を追求する研究開発への投資が続けられている。 勝敗には多くの要素が絡むが、決定的なのはいつ、何に投資するかだ。

脱炭素時代の投資競争における日本勢のパフォーマンスについて、筆者は条件付きながら希望を持っている。理由は2つある。


 第一に、何のための技術に投資するべきか、すなわち「目的」が明確になっていること。この点は過去の事例と決定的に異なる。本稿で見てきたように、今ほど世界の潮流が明確になったことはない。世界で求められるのは、効果的な脱炭素技術だ。

第二に、投資家による「選択」である。日本でもGX移行債による先行投資支援により脱炭素技術への投資が促される。政府が道筋を示すことで投資判断を促し、規制・制度面の見直しを一体として進めることで市場創出が期待される。そのなかで投資家が健全なアニマルスピリッツを発揮し、より大きなリターンが期待できる技術(すなわち世界で求められるより効果的な脱炭素技術)を選択して投資することが、日本の競争力回復に寄与する。

こうしたプロセスが機能する条件として必要なのは、第一に、健全なアニマルスピリッツによる投資選択がなされるために、電力セクターをはじめとして企業間での公正な競争環境が確保されること。第二に、既存産業や従来技術を保護・温存する歪曲的な政策が取られないことだ。産業政策に対する古くからの批判として、政府は有効な投資先を判断する能力を持たないと指摘される。GX移行債による投資支援には一定の条件が課されるであろうが、脱炭素に逆行する歪曲を生じさせないことが重要だ。

効果的な脱炭素技術で積極投資を

例えば政府が今年6月に改定した「水素基本戦略」では、水素の低コスト化のために供給・利用両面で取り組みを進め、日本の技術的強みを生かした世界展開を狙うことは評価できる。しかしながら、水素・アンモニア混焼など火力発電での利用は優位性が明らかでなく、国際的な普及のハードルは高い。水素・アンモニアの活用が既存の火力設備の延命策になるのでは本末転倒だ。

一方で、次世代の太陽光技術として注目されるペロブスカイト太陽電池は脱炭素技術として有望だ。コストダウンに向けた供給と利用両面の道筋を示し、制度面の見直しを行うことにより、民間の投資を促すべきであろう。

EVは先行する中国や欧米市場で普及が加速化し、日本勢は対応が遅れている。現状で優先すべきは世界での市場拡大への対応だ。電池の調達多角化や新技術開発への支援などにより、日本勢の積極的な投資を促していくべきだ。

加速する脱炭素化を通じて形成される各国の競争力は今世紀の地政学的構図を左右し、ひいては我が国の安全保障環境にも影響を与える。効果的な脱炭素技術に焦点を絞った投資戦略を進め、クリーン技術での劣勢を1日も早くはね返さなければならない。

(米谷光司 : 公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)プリンシパル・フェロー)