着々と資金集めを進めるトランプ氏(写真・ロイター)

「苦しい戦いだ」――。共和党大統領選候補のロン・デサンティス・フロリダ州知事を支える特別政治活動委員会(スーパーPAC)である「ネバー・バック・ダウン」のスティーブ・コルテス報道官は7月初め、ツイッター上で開催した会合で選挙活動が思惑通りに進んでいないことを認めた。

7月半ば、デサンティス陣営はスタッフを複数解雇し、その苦戦状況を露呈させた。通常、選挙戦が思惑通り進んでいない理由はスタッフではなく、候補者あるいはメッセージに問題がある。アメリカのメディアは相次いで、デサンティス氏の選挙キャンペーンは「リセット」が不可欠と報じている。

最新世論調査によると、デサンティス氏は先頭を走るトランプ前大統領に約30ポイント差までリードを広げられている。早い時期にここまで大きくリードを広げている候補が負けたケースは、1980年大統領選の民主党予備選におけるテッド・ケネディ上院議員のみ。

したがって、トランプ氏がそのまま逃げ切ることも大いにありうる。

出馬表明から2カ月、厳しさは増すばかり

2023年4月、デサンティス氏は訪日した際、世論調査でトランプ氏に劣っている点について報道陣から聞かれ、「私はまだ候補ではない」と回答し、出馬表明後に挽回することを示唆した。

デサンティス氏の出馬表明から2カ月が経過した。だが、連日、ネガティブな報道が続き、情勢はデサンティス氏にとってますます厳しさを増している。デサンティス氏は全国規模で争うには経験や人脈もなく、2028年大統領選まで待つべきといった主張も広まりつつある。

同氏は、カリスマ性や特に予備選の序盤州で求められる有権者と気持ちを通じ合う能力にも欠けるとも指摘されている。党内での支持率は年始あたりをピークに下落傾向にある。

一部の共和党系の専門家はデサンティス氏について、メディアが無理やり仕立て上げたトランプ対抗馬とも分析する。

デサンティス氏は、2016年大統領選で「保守派の期待の星」として目されながら共和党予備選から早期撤退したスコット・ウォーカー前ウィスコンシン州知事の二の舞となるのか。あるいは当初は支持率が伸び悩んでいたものの、大統領選を制したバラク・オバマ元大統領となるのか。

デサンティス氏にはまだ時間が十分残されている。ギャラップ世論調査によると、オバマ氏は予備選開始直後の2008年1月中旬時点でも、ヒラリー・クリントン候補に20ポイント近く下回っていた例もあるからだ。

とはいえ、現在、「トランプ党」と化した共和党でデサンティス氏に勝ち目はないとの見方が有力だ。

「ミニトランプ」よりも本物に支持

共和党予備選で勝利するには、支持基盤であるトランプ支持派の票確保が不可欠。デサンティス氏はポピュリスト政策でトランプ氏以上に強硬姿勢を見せ、同支持層確保を狙っていることから「ミニトランプ」とも称される。

だが、本物のトランプ氏が出馬している中、支持基盤は「ミニトランプ」ではなく、引き続きトランプ氏を支持するとの見解が支配的だ。

わずかとはいえ、デサンティス氏をはじめ、トランプ氏の対抗馬が共和党指名候補となる可能性も残されている。考えられるシナリオは以下の3つだ。

「テフロン・ドン」に対する積み重なる起訴

トランプ氏は、度重なるスキャンダルに直面してもテフロン加工がされているように汚れがこびりつかない、といった意味で「テフロン・ドン」とのあだ名がついた。2回の起訴・逮捕は共和党内で旗下結集効果をもたらし、党内支持率を高めたが、それがいつまで続くかは不透明だ。

7月18日、トランプ氏は3回目となる起訴・逮捕が迫っていることを自身のSNSで公表した。トランプ氏の起訴・逮捕が積み重なることによって、特に無党派層の支持離れが起き、トランプ氏が本選で勝利するのは難しいとの見方が共和党内でも広まる可能性が大いにある。

その場合、トランプ氏に代わる候補としては最有力視されてきたデサンティス氏が浮上する公算が現時点では大きい。

だが、本選でトランプ氏が苦戦すると頭でわかっていても、心はトランプ氏への支持で変わらないかもしれない。つまり、本選で勝てる候補に鞍替えするといった合理的な判断を共和党支持者が下すかは疑問だ。

過去アメリカの有権者は、大統領選の本選に最も強いと思われる候補を必ずしも予備選で選んでこなかった。

序盤戦での勝利

デサンティス氏などトランプ対抗馬の知名度がまだ低いことも、低迷する支持率に影響している。今後、知名度を高める時間は十分ある。

仮にデサンティス氏がアイオワ州やニューハンプシャー州など序盤戦で勝利または上位につけた場合、知名度が高まり、その後、勢いに乗る可能性もある。2008年大統領選の民主党予備選では、オバマ氏は序盤戦で勝利した後、一気に支持率が上昇し、ヒラリー・クリントン候補を追い抜いた。

だが、序盤戦でトランプ対抗馬が苦戦すれば、トランプ氏をトップから引きずり下ろすのは極めて難しくなるであろう。

反トランプ候補の早期絞り込み

デサンティス氏にとって厳しさを増しているのが、直近で多数の候補が出馬表明し、共和党予備選が大混戦となっていることだ。トランプ氏がさまざまな司法問題を抱えている脆弱な先頭走者であることに加え、対抗馬と目されていた2番手のデサンティス氏の支持率が低迷していることが、他の候補の共和党予備選への出馬表明を後押ししたようだ。

8月23日のテレビ討論会の顔ぶれは

今後、デサンティス氏が挽回する最初のチャンスは8月23日のテレビ討論会だ。しかし、トランプ氏は同討論会に欠席する可能性もあり、デサンティス氏の支持拡大につながらないかもしれない。

共和党全国委員会(RNC)が出場資格を厳しくすることで共和党候補を早期に絞ろうとしている点は、共和党予備選で最後まで残るトランプ対抗馬にとってはメリットがあるであろう。だが、今後、支持率が低い共和党候補が早期撤退するかは疑問だ。

各候補は自らの政党勝利を優先し早期撤退するのではなく、支持してくれた有権者に配慮し、自らの資金が残っている限り選挙戦に居続ける可能性も大いにある。

2016年大統領選の共和党予備選のように、トランプ氏に対抗する候補の間で票が分散し、トランプ氏が最終的に「漁夫の利」を得ることもありうる。

新たな有力対抗馬は現れるか

共和党予備選初戦となる2024年1月15日のアイオワ州党員集会は約半年後に迫っている。選挙戦はまだ始まったばかりであり、現時点で予備選を含め大統領選の結果を断定するのは時期尚早だ。

今後の注目は、デサンティス氏失速が続いた場合、共和党主流派などが望むトランプ氏の対抗馬がデサンティス氏から他の候補に切り替わるかどうかだ。選挙資金確保で後れを取ることになるが、まだ今からでも大統領選への出馬は間に合う。

共和党献金者などが改めて注目し始めているのがバージニア州のグレン・ヤンキン知事とジョージア州のブライアン・ケンプ知事。ヤンキン氏は5月に、今年は出馬しない意向を示していた。とはいえ、今後1カ月程度でデサンティス氏の挽回が見られなければ、ヤンキン知事も出馬に踏み切る可能性はあろう。

仮にヤンキン氏とケンプ氏のいずれか、または両方が出馬表明すれば、共和党予備選の勢力図は大幅に変わると思われる。

大統領選では伝統的に現職が有利である。しかし、民主党の現職バイデン氏の支持率が低迷する状況下、次期大統領選は接戦も予想される。

さらには超党派の政治団体「ノー・ラベルズ」の支援などを受け、第三政党の有力候補が出馬した場合、バイデン氏から票を奪い、結果的に共和党候補の当選を助けることもありうる。

(渡辺 亮司 : 米州住友商事会社ワシントン事務所 調査部長)