日本の物流に今「2024年問題」が直面している(写真:千和 / PIXTA)

大型車の最高速度引き上げへ――。

2023年7月13日に、こんなニュースが報じられた。警察庁が、現在高速道路での最高速度が時速80kmに制限されている大型トラックなどの速度制限を緩和する検討に入ったというのだ。


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高速道路の最高速度は、山岳部や片側交互通行など特定の区間を除いて時速100kmが原則で、近年は新東名や東関東道など一部の区間で、110kmから120kmに引き上げられている。大型車の時速80kmという速度に比べると40kmもの開きがあり、同じ道路で制限速度が大きく異なることによる安全性への懸念が指摘されてきたことも緩和の理由の1つだろう。

さらにその背景にあるのが、いわゆる物流の「2024年問題」だ。2024年4月から、トラックドライバーの長時間労働が規制されることとなっており、今でも深刻なドライバー不足が一層、深まることが懸念されている。そこで、大型車の最高速度を引き上げて「物流の効率化」を目指すというわけだ。

高速道路に依存する物流の今

同じ距離を今までよりも早く走れば、所要時間は短縮される計算になるし、乗用車との走行速度の差も縮まり(あるいは同じとなり)、一見すると良いことのように思われるが、大型車のスピードが増せば当然危険も増えるし、運転手のストレスにもつながる。

実際に、ネット上ではこうした動きに懸念を示す意見も多い。しかし、7月末には検討会も始まり、今年中に結論を出すと報道されている。

いうまでもなく、高速道路は今や我が国の物流の最重要のインフラであり、人間に例えれば、最も重要な「動脈」の役割を果たしているといえる。


大型車の最高速度アップで物流の効率化は図れるか……(写真:takahiro.048 / PIXTA)

物流が止まれば、スーパーマーケットに野菜や魚は届かないし、自宅に届くはずの宅配便も滞る。深夜の東名・新東名を走れば、乗用車よりもはるかに多くのトラックが行き交うのを目の当たりにする。私たちの暮らしが、いかに高速道路に依存しているかがわかるだろう。

しかも、我が国では新幹線の伸長に合わせて在来線が第3セクター化したり、場合によっては廃止となったりして、かつては主流だった鉄道輸送がじり貧になりつつある。

北陸新幹線の開業により、信越線の横川〜軽井沢間が廃止されて、この区間に貨物列車は通れなくなったし、現在建設中の北海道新幹線(新函館北斗〜札幌間)の開通とともに、函館本線の長万部〜小樽間の廃線もほぼ決まった。

こうした中で、2024年問題だけでなく、CO2排出量を抑えるためにも、輸送エネルギー効率の良い鉄道へ戻す動きが各地で見られる。

JA全農と農産物の輸送を手掛ける全農物流は、2023年7月から東北や新潟などのブランド米を専用の貨物列車で関西方面へ輸送する、本格的な実証実験を始めている。

7月2〜3日には、JR貨物が所有する貨物列車を借り上げ、「全農号」として約500トンのコメを積載できるコンテナ100基を使い、青森県八戸市から大阪市まで、1日かけて輸送した。

青森の銘柄米「まっしぐら」だけでなく、宮城・岩手県の「ひとめぼれ」、秋田県の「あきたこまち」、新潟・石川県の「コシヒカリ」などが運ばれ、試算ではコストに加えて、CO2排出量も10分の1程度に抑えられたとしている。

「貨客混載」で効率化を図る

また、コロナ禍で旅客収入が激減したJR各社では、2021年前後に新幹線や在来線の特急を利用した荷物輸送サービスを開始し、少しずつ浸透してきている。JR東日本では、新幹線による荷物の輸送サービスに「はこビュン」という名称をつけ、専用ロゴやポスターなども作成し、PRを図っている。

さらに、JR以外の民間鉄道(私鉄)にも、この動きは広がり始めている。


貨客混載をスタートさせた近鉄アーバンライナー(写真:CHU / PIXTA)

東海、関西に路線網を広げる近畿日本鉄道は、2021年から福山通運と共同で、名古屋と大阪を結ぶ名阪特急「アーバンライナー」の空きスペースに業務用の荷物を積む「貨客混載」をスタート。これまで難しかった、大阪〜名古屋の当日配送を可能にした。

実施後1年を経過した総括では、トラック輸送からの切り替えにより、実施開始から10カ月間で抑制されたCO2排出量は18.7トン相当、ドライバーの運転時間は約980時間が削減されたとしている。

出発地点から目的地までのドア・トゥ・ドアを可能とする自動車やトラックは、人を運ぶにも荷物を運ぶにもすこぶる便利である。

駅から先のアクセスを確保しなければいけない鉄道は、便利さに慣れれば慣れるほど敬遠される。そして、かつては道路交通が苦手としていた高速輸送も、全国に高速道路網が整備されたおかげで十分担えるインフラとなった。

しかし、その結果として、都市部を除いた鉄道は、各地で青息吐息となっている。また、道路のほうも、新たな路線が開通して便利になり渋滞が解消する方向に向かうかというと、さらなるクルマを呼び寄せ、新たな渋滞箇所を発生させる。

渋滞解消の切り札と喧伝されて建設された、首都圏の高速道路を環状に結ぶ外環道や圏央道は、今やそれ自身が渋滞の常態区間になってしまった。

ドライバー不足や地球温暖化は、それ自体も大きな問題であるが、輸送のあり方を見直す「モーダルシフト」につながりつつあるという点で、私たちへの重大な警鐘として受け止めるべきシグナルなのかもしれない。

荷物は「誰か」が運んでいる

かつて日本の鉄道では、大きな荷物を背負った行商人が大都市で商売をするための専用列車が走っていた時期がある。

こうした列車は高度成長期に次第に縮小され、末期には編成の1両だけが行商人たちが乗る専用車に縮小されたが、京成上野駅や当時の国鉄上野駅で降り立つ行商人の姿は、今思えば”貨客混載”であった。

多くは2000年代までに廃止されたが、伊勢方面から大阪へ魚を運ぶ近鉄の「鮮魚列車」は、2020年まで運行され、現在は「伊勢志摩お魚図鑑」という愛称の列車に、1両だけ鮮魚運搬車両が連結されているだけである。


魚のイラストが描かれる伊勢志摩お魚図鑑の車両(写真:のりえもん / PIXTA)

こうしてほぼ消えていった貨客混載のシステムが、ときを経て再び注目されるようになるとは、誰も思わなかったであろう。一方で、高速道路のほうも現在、検討が進められているように、車列を組んで自動運転で大型トラックが連なって走る時代がきそうである。

境港に揚がった新鮮なカニが翌日に大都会で食べられるのも、東京で発刊された本が数日以内に地方の書店に並ぶのも、「誰か」が運んでいるからだ。その「誰か」に思いを巡らし、航空機、鉄道、船舶、そして道路が最適な役割を担い、地球と労働者への優しい環境がくる日を、私たちは迎えることができるだろうか。

(佐滝 剛弘 : 城西国際大学教授)